第16話 バーサーカーと鎮魂歌?! ~ポンコツ勇者、世界の法則を書き換える(物理)~
アークガーディアンの変貌は、絶望という言葉ですら生ぬるいものだった。
黒いオーラをまとったその巨体は一回り大きくなったように見え、両腕のエネルギー砲はさらに禍々しい形状に変化。そして、赤い単眼カメラは、まるで血に飢えた獣のように、憎悪と破壊衝動に満ちた光を爛々と放っている。
「グォォォォォ…デストロイ…デストロイ…オール…!!」
機械合成音声とは思えぬ、地の底から響くような声でそう呟くと、アークガーディアン・バーサーカーモード(俺が勝手に命名)は、先ほどとは比較にならない圧倒的なスピードとパワーで俺たちに襲いかかってきた!
「くっ…!なんて速さと重さだ!」
バルガスが渾身の力で振り下ろした斧の一撃は、バーサーカーの腕の一振りでいとも簡単に弾き返され、逆にバルガス自身が数メートルも吹き飛ばされる。
「バルガス殿!…きゃあっ!」
リリアナさんも、その素早い動きに翻弄され、剣で防御するのがやっとだ。クルトに至っては、早々に自作の小型ドローン群を破壊され、エルミナが展開した魔法障壁の背後で解析装置を構えながら「まずい!エネルギー出力が計測不能なレベルまで跳ね上がっている!このままでは障壁も…!」と顔面蒼白で叫んでいる。
エルミナの魔法障壁も、バーサーカーの猛攻の前にバチバチと激しい火花を散らし、今にも砕け散りそうだ。
ポヨンちゃん(ニジカ)は、あまりの恐怖に完全にスライム形態に戻り、俺の足元でブルブルと震えている。時折、小さな虹色の粘液を飛ばしてバーサーカーの足元を滑らせようと健気な抵抗を見せてはいるが、焼け石に水だ。
「もうダメだ…勝てるわけないよ、こんなの…!」
俺は腰を抜かし、その場にへたり込みそうになる。
『S.A.G.E.より警告:現在の生存確率、0.0001%未満。これは、100万回サイコロを振って特定の目が1回だけ出る確率よりも低い。マスター、遺言があるのであれば早めにどうぞ。なお、当AIに録音機能及びメッセージ送信機能は搭載されていないため、心の中で念じる形式となる』
「そういうリアルな数字出すのやめろぉぉぉ!!」
バーサーカーの赤いカメラアイが、的確に俺を捉えた。ターゲット認識完了、とでも言いたげに、その巨大な腕が俺めがけて振り下ろされる!
「うわあああああああっ!!」
俺は咄嗟に目を固く瞑り、衝撃に備えた。だが、予想された痛みはいつまで経ってもやってこない。
『ユニークスキル「絶対安全拒否」連続発動。対象の攻撃ベクトルを強制的に変更。変更先:祭壇の構造物(壁面、床、天井の巨大クリスタル群)』
恐る恐る目を開けると、俺は無傷だった。しかし、周囲の状況は悲惨なことになっていた。俺を狙ったバーサーカーの攻撃が、ことごとく逸れて祭壇のあちこちを破壊し、壁は崩れ、床はひび割れ、そして…天井から吊り下がっていた巨大な水晶の一つが、グラグラと大きく揺れ始めている!
「きゃあああ!」「まずい、遺跡が崩落するぞ!」
リリアナさんとクルトの悲鳴が上がる。
「天井のメインクリスタルが!あれが落下したら、この区画全体が押し潰されるぞ!」
クルトの言葉通り、俺が避けたバーサーカーの最後の一撃が、天井でひときわ大きく輝いていたメインクリスタルを支える部分にクリーンヒット。メキメキと嫌な音を立てながら、その巨大なクリスタル塊が、ゆっくりと、しかし確実に、真下にいるアークガーディアンの頭上めがけて落下し始めた!
「「「危ないっ!!!」」」
全員の絶叫がこだまする。あの巨体と質量、直撃すればアークガーディアンとて無事では済むまい。いや、俺たちも巻き添えでペシャンコだ!
「うわああああ!『クリスタルクラッシュでジ・エンドだ!(昔やった格ゲーの超必殺技名を適当にもじって)』!!!」
もはやこれまでか、と諦め半分、ヤケクソ半分で、俺は意味不明なフレーズを絶叫した!
『ユニークスキル「誤変換」発動。入力:「クリスタルクラッシュでジ・エンドだ!」。変換結果:対象「落下する巨大メインクリスタル」の持つ位置エネルギー及び運動エネルギーを、指向性の極めて高い「鎮静・調和の波動エネルギー」へと強制変換し、広範囲に放射。対象アークガーディアンの「バーサーカーモード」強制解除及び全機能の緊急停止シークェンス起動』
次の瞬間、信じられない光景が広がった。
アークガーディアンの頭上に落下する寸前だった巨大クリスタルが、まるで無重力空間に浮かぶかのように、フワリと空中で静止したのだ。そして、次の瞬間、そのクリスタル全体が眩いばかりの七色の光を放ち始めた。その光は、暖かく、そしてどこか懐かしいような、優しい波動となって祭壇全体を包み込んでいく。
「グ…ォ…シス…テム…エラー…シャット…ダウン…シークェンス…カイシ…」
七色の光を浴びたアークガーディアンの禍々しい黒いオーラが、まるで浄化されるかのように霧散し、赤いカメラアイの光も急速に弱まっていく。やがて、その巨体は完全に動きを止め、ただの鉄の塊としてその場に静止した。
巨大クリスタルも、その役目を終えたかのようにゆっくりと降下し、祭壇の床に音もなく(なぜか衝撃なく)軟着陸した。
祭壇に、しばしの静寂が訪れる。
俺たちは、何が起こったのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くすばかりだった。
「…止まった…?アークガーディアンが…本当に、完全に沈黙したというのですか…?」
最初に口を開いたのは、エルミナだった。その美しい顔には、驚愕と信じられないという表情が浮かんでいる。
「あの巨大クリスタルが…鎮静の波動を放った…? そんな現象、古代のいかなる文献にも記録されていない…勇者君、君は一体、何をしたというんだ…?」
クルトも、解析装置を落としそうになりながら、わなわなと震えている。
「よく分かんねえが…とにかく、あの鉄クズは大人しくなったみてえだな!助かったぜ!」
バルガスは、ようやく安堵の息をついてその場に座り込んだ。
「ユート様…あなた様は、やはり我々の想像を、いえ、この世界の理すらも超えた御方なのですね…」
リリアナさんは、もはや神を見るような目で俺を見つめている。やめて、そんな目で見ないで。
ポヨンちゃんは、いつの間にか俺の足元でスライム形態のまま、すーすーと気持ちよさそうに眠っていた。この状況で眠れるとは、大物なのか、ただの危機感ゼロなのか。
「(俺…また何か、とんでもないことやっちゃいました…? なんでクリスタルが歌いだすんだよ、前回はバースデーソングだったけど、今回は鎮魂歌か何かなのかよ…っていうか、もう俺のスキル、本当に何でもアリだな…怖いわ!)」
俺は、自分のポンコツスキルがもたらす予測不能な結果に、もはや恐怖すら感じ始めていた。
エルミナが、ゆっくりと俺に近づいてくる。その紫色の瞳には、先ほどまでの疑念や警戒の色は消え、代わりに何かを探るような、あるいは畏怖にも似た、複雑な光が宿っていた。
「…あなたという存在、そしてその不可解な力が、この世界の『律動』そのものに、何らかの形で干渉しているのかもしれませんわね…。約束通り、情報は提供いたしましょう。そして…もしお許しいただけるなら、もう少しだけ、あなたとこの世界の関わりを、このエルミナの目で見届けさせていただきたいのですけれど」
その申し出が、俺にとって吉と出るか凶と出るか。
元の世界へ帰る手がかりは? 魔王ザルヴァークの秘密とは? そして、美しき賢者エルミナの真の目的とは一体何なのか?
ポンコツ勇者ユートの運命の歯車は、本人の意思などお構いなしに、さらに大きな、そして厄介な渦の中へと、猛スピードで巻き込まれていくのだった。




