第12話 ラジオ体操の次は二人羽織?! ~マッドな仲間がまた増えた~
カクン。
先ほどまで猛威を振るっていたゴーレムのラジオ体操が、きっちり最後の深呼吸を終えて、ピタリと停止した。一瞬の静寂。
「…終わった…のか?」俺が安堵の息を漏らそうとした、その瞬間だった。
ゴゴゴゴゴッ!
ゴーレムの赤いカメラアイが再び妖しい光を宿し、先ほどよりも数段荒々しい雄叫びを上げて、その鉄の巨腕を振り上げたのだ!
「まずい! 強制ルーチンが解けて、完全に制御不能モードに入ったぞ! 今度こそ本気で破壊しに来る!」
クルトが叫ぶ。いや、さっきも十分本気だったと思うんですけど!
「勇者様!体操してる間に、さっさとコアを破壊するとか、何かできなかったんですか!?」
俺は悲鳴に近い声でクルトに詰め寄るが、当の本人はどこ吹く風。
「ふむ、あのラジオ体操の動き、関節部の負荷データとして非常に興味深い。次の改良に活かせるな…いや、今はそれどころじゃない! あのゴーレムの動力源は胸部中央の『魔動コア』だ!そこを集中攻撃すれば…いや待てよ、コアに過度な衝撃を与えると暴走して周囲半径500メートルを巻き込む大爆発を起こす可能性がある…!やはり最も安全策なのは、背面に設置された『外部制御パネル』をこじ開け、内部回路を強制的にショートさせることだが…あのパネルは魔力帯びた特殊合金製で、並大抵の攻撃では…」
クルトは一人でブツブツと早口で分析と対策(という名の願望)を呟いている。
「ややこしいことは分かんねぇ! とにかくあの鉄クズをぶっ壊せばいいんだろ!」
バルガスは我慢しきれないとばかりに、斧を振りかざしてゴーレムに突撃する。リリアナさんも剣を構え、バルガスの援護に回った。
「ポヨンちゃん、危ないからこっちに!」
俺はポヨンちゃん(ニジカ)の手を引こうとしたが、当のポヨンちゃんはゴーレムの巨体に興味津々。「おっきーい!かっこいー!」などと呑気なことを言いながら、あろうことかゴーレムの足元にトコトコと近づき、その金属製の足にペタペタと虹色の粘液を塗りたくり始めた!まるでマーキングでもするかのように。
「こら!ポヨンちゃん、危ない!」
俺が慌てて駆け寄ろうとした瞬間、ゴーレムがその巨大な足でポヨンちゃんを踏み潰そうと振り下ろした!
「うわああああっ!」
俺は咄嗟に、工房の壁際に散乱していた得体の知れない薬品A(ラベルにはドクロマークと共に『超強力万能溶解液(試作品・効果不安定につき取扱注意)』と書かれていた気がする)の入ったガラス瓶を掴み、ゴーレムの足めがけて力任せに投げつけた!
バリーン!
ガラス瓶はゴーレムの足元で砕け散り、中の薬品が飛び散る。
『ユニークスキル「絶対安全拒否」は不発。ただし、マスターの行動が予期せぬ結果を誘発…』
S.A.G.E.のアナウンスが不穏だ。
ギギギギギ…ゴゴ…!?
次の瞬間、ゴーレムの動きが明らかに鈍くなった。関節部から奇妙な軋み音が聞こえ、まるで錆びついた機械人形のように動きがぎこちなくなる。
薬品が飛び散った箇所が、まるで瞬間接着剤で固められたかのように、ゴーレムの関節の動きを阻害しているようだ!
「ああっ!僕の試作万能溶解液プロトタイプVer.3が!あれはあらゆる金属を溶かすはずの…ん?動きが鈍った?まさか…あの溶解液、特定の魔導金属に対しては逆に超硬化作用を及ぼすというのか!?なんという世紀の大発見だこれは!」
クルトが、またもや目を輝かせて叫んでいる。あんたの薬品、説明書きと効果が真逆なんですけど!
「今だ!ゴーレムの動きが鈍っているうちに、背面の制御パネルをこじ開けるぞ!リリアナ君、バルガス君、援護を頼む!」
クルトはどこからか取り出した特殊なドライバーセットのような工具を手に、ゴーレムの背面に回り込もうとする。
しかし、足元に飛び散った薬品(もとい硬化剤)で自身の足が滑り、バランスを崩してゴーレムの背中に激突しそうになる。
「危ねぇ!」
俺はとっさにクルトの白衣を掴んで引き留めようとしたが、勢い余って俺まで前のめりになり、結果、クルトと俺は二人羽織のような非常に情けない格好で、ゴーレムの背中にしがみつく羽目になった。
「うおお!勇者様とメガネの兄ちゃんが合体したぞ!?」
バルガスが間の抜けた声を上げる。
ポヨンちゃんは、俺たちがゴーレムに食べられそうになっていると勘違いしたのか、「ユートお兄ちゃん、助けるー!」と叫び、その小さな体をびよーんと伸ばし、スライム能力でゴーレムの赤いカメラアイにベチャリと張り付いて視界を完全に塞いだ!ナイスアシスト、ポヨンちゃん!
『マスター、対象クルトとのシンクロ率55%。即席合体技「マッドサイエンティストとポンコツ勇者の二人羽織・制御パネル解体アタック」を一時的に習得。なお、その姿は傍から見れば、極めて滑稽かつ無様であると報告しておく』
S.A.G.E.、お前あとで絶対初期化してやるからな。
視界を奪われ、体の動きも鈍くなったゴーレムは、その場で意味もなく腕を振り回すだけだ。
「よし!今だ、勇者君!僕の指示通りに工具を…そこじゃない!右だ、右の赤いコードを切れ!…いや、やっぱり青い方を先に…ああもう、貸しなさい!」
クルトは俺の肩越しに工具を操り、制御パネルをバチンバチンとショートさせていく。
やがて、ゴーレムの体から力が抜け、完全に沈黙した。
「ふぅ…やった…やったぞ!君たちの協力、そして何より勇者君の予測不可能な行動パターンと、そこのお嬢ちゃん(ポヨンちゃんを指す)の未知なるエーテル親和性!これらは僕の研究を飛躍的に、いや、爆発的に進展させる可能性を秘めている!ぜひとも、僕の助手として、いや、生涯の研究パートナーとしてこのクリスタリアに残って協力してほしい!」
クルトは興奮冷めやらぬ様子で、俺の手をガシッと掴んで一方的にまくし立ててくる。
「全力でお断りします! あんたの助手になったら、俺の命がいくつあっても足りません!」
「クルト殿、まずは賢者エルミナ様にお会いし、ご指示を仰ぐのが筋ではないでしょうか」
リリアナさんが冷静に仲裁に入る。
「ああ、そうだね!先生にも君たちのこの素晴らしい活躍と、貴重なサンプル…いや、特異な能力について早く報告しなければ!よし、決めた!僕が先生のところまで特別に案内してあげよう!僕の研究材料…ゲフンゲフン、もとい、勇者一行のその類稀なる個性は、先生もきっと深い興味を示すはずだからね!」
こうして、天才魔導技師(自称)にしてトラブルメーカー(他称)のクルト・クロノギアが、半ば強引に俺たちの仲間に加わることになった。
パーティの平均知能指数は間違いなく爆上がりしたが、それ以上にトラブル遭遇率と俺の胃への負担、そして生命の危険度が天元突破した気がしてならない。
クルトは工房を(さらに物を派手に壊しながら)大雑把に片付けると、賢者エルミナが現在調査中だという「クリスタリア地下大空洞」について語り始めた。
「そこはね、先史文明の超技術で造られた巨大な地下都市遺跡が丸ごと眠っている場所なんだ。先生はその最深部で、世界の成り立ちや『真理の扉』に繋がる何かを見つけようと日夜研究に励んでいる。ただ、最近はその遺跡内部の古代魔導機械が不安定な活動を始めていてね、調査もかなり難航しているらしいんだ」
バルガスは「地下遺跡! お宝とか強え魔物とかワンサカいそうだな!」と目を輝かせ、ポヨンちゃんは「キラキラ、いっぱいあるかなー?」と無邪気に首を傾げている。
俺だけが、「(世界の真理とか、地下都市遺跡とか、もう絶対ロクなことにならなさそうなフラグしか立ってないんですけど…)」と、遠い目をして天を仰いだ。
「さあ、準備はいいかい? 僕の完璧な案内で、クリスタリア地下大迷宮の最深部、エルミナ先生のもとへと出発だ! あ、そうだ、途中で僕が開発中の新しい発明品のフィールドテストにも、ぜひ付き合ってもらいたいと思っているんだ!きっと君たちなら素晴らしい実験結果を出してくれるはずだからね!」
クルトは邪気のない(だからこそタチの悪い)笑顔で言い放つ。
俺の胃は、ついに限界を迎え、キリキリという悲鳴すら聞こえなくなり始めていた。
ポンコツ勇者の明日はどっちだ。というか、今日を無事に生き延びられるのだろうか。