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第10話 虹色スライムの逆襲?! ~盗賊団ヌルヌルパニック~


「ヒャッハー! 金目のものと、そこの別嬪さんとチビっ子は置いていってもらおうか!」

盗賊リーダーの下卑た声が、薄暗い森に響き渡る。完全に悪役のテンプレ台詞だ。

バルガスとリリアナさんが即座に戦闘態勢に入る中、俺――ユートにしがみついたポヨンちゃん(ニジカ)の体はブルブルと小刻みに震え、その小さな体からは淡い虹色の光がオーラのように漏れ始めていた。

「な、なんだぁこの光は!? 小娘、てめぇ一体何者だ!?」

盗賊の一人が動揺した声を上げる。無理もない。幼女がいきなり発光し始めたら誰だってビビる。

ポヨンちゃんは恐怖のあまり顔を俺の胸にうずめ、「いやぁぁぁ!怖いよぉぉぉ!あっち行ってぇぇぇ!」と甲高い声で泣き叫んだ。

その叫びがトリガーになったのだろうか。

ポヨンちゃんの体から、シャボン玉のように無数の虹色の粘液球がポポポポンッと生まれ、フワフワと盗賊たちに向かって飛んでいったのだ!

「うわっ!なんだこりゃ!?」

「ね、ネバネバする!」

粘液球は盗賊たちの顔や手に持った武器にベチャリと張り付き、視界を塞いだり、武器を取り落させたりする。さらに、ポヨンちゃんの足元からは、まるで意思を持っているかのように虹色の粘液がじわじわと広がり始め、あっという間に盗賊たちの足元をヌルヌルのトラップゾーンに変えてしまった!

『対象ニジカ、自己防衛本能による特殊能力の発動を確認。広範囲への指向性粘液球散布、及び高粘性トラップ領域形成。スライムとしての特性を最大限に利用した、極めて効果的な戦術と言える。素晴らしい!』

S.A.G.E.が興奮気味に解説する。お前、いつからそんなバトル解説AIになったんだ。

「ヒャッハー! 床がヌルヌルで面白いことになってるじゃねえか! 足元に気をつけな、野郎ども!」

バルガスはヌルヌル地帯をものともせず(むしろ楽しんでいるように見える)、滑って転びそうになる盗賊たちを巨大な斧で次々となぎ倒していく。

「勇者様、ポヨンちゃん、ご無事ですか!? はあっ!」

リリアナさんも、足場の悪さを感じさせない華麗な剣技で、的確に盗賊たちを無力化していく。

その時、盗賊の一人がヤケクソになったのか、ヌルヌル地帯を強引に突破し、俺とポヨンちゃんめがけて剣を振りかざしてきた!

「うわっ!『安全第一でお願いします!(棒読み)』!!」

俺はポヨンちゃんを庇うように抱きしめ、反射的に叫びながら身を捩った。

『ユニークスキル「絶対安全拒否」発動。直接的危機に対する回避に成功。副次効果:対象の攻撃ベクトル変更、及び近接物体の強制射出』

S.A.G.E.のアナウンスと同時に、盗賊の剣は俺の肩を掠める寸前で不自然に逸れ、あらぬ方向へ飛んでいく。そして、その勢いで俺が腰に提げていた水筒(ポヨンちゃんが先ほどまで甘い果実水を飲んでいたもの)が弾き飛ばされ、放物線を描いて盗賊リーダーの顔面にクリーンヒット!

バシャーーーン!!

「ぐえっ! あ、甘ったりぃぃ! 前が! 前が見えねぇぇぇ!」

盗賊リーダーが顔中をベタベタにしながらパニックに陥ったところへ、バルガスの渾身の一撃が炸裂した。勝負あり。

リーダーを失い、仲間も次々と倒され、さらには足元も覚束ない盗賊団はあっけなく戦意を喪失。何人かは捕縛し、残りは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

激しい戦いが終わると、ポヨンちゃんは安心したのか、あるいは力を使い果たしたのか、俺の腕の中でスヤスヤと小さな寝息を立て始めていた。体から放たれていた虹色の光も、いつの間にか消えている。

「ポヨンちゃん…! まさか、これほどの御力を秘めていたとは…!」

リリアナさんは、眠るポヨンちゃんの頬を優しく撫でながら、感嘆の声を漏らす。

「勇者様、この子はやはりただのお子ではありませんね! もしかして、勇者様の新たな『守護精霊』か、あるいは使役されているのでしょうか!?」

「あのヌルヌル攻撃、敵に回したら厄介極まりねえが、味方だとこんなに頼もしいとはな! さすが勇者様の仕込んだ秘密兵器ってやつか! ガハハ!」

バルガスも豪快に笑っている。

「(だから、俺は何も仕込んでないし、何もしてないんだってば…! 今回は完全にポヨンちゃんのお手柄だっての!)」

俺の心の叫びは、やはり誰にも届かない。

捕縛した盗賊たちを近くの関所(幸いにもそう遠くなかった)の衛兵に引き渡し、俺たちは銀貨数枚の謝礼金を受け取った。S.A.G.E.によれば、ポヨンちゃんの粘液は特殊な物質で構成されており、洗浄が困難なため、盗賊たちはしばらく臭くてベタベタのまま過ごすことになるらしい。少しだけスカッとした。

一行は再びクリスタリアへの旅路についた。眠ってしまったポヨンちゃんは、意外なほど軽かったので俺が背負うことになった。スヤスヤと眠るその寝顔は、先ほどの騒動が嘘のように無邪気だ。

「クリスタリアの賢者様なら、ポヨンちゃんのこの不思議な力のことも、何かご存知かもしれませんわね」

リリアナさんが期待を込めて言う。

「おう! そしたら俺たちの戦い方も、もっと面白くなるかもしれねえな!」

バルガスも何やら楽しそうだ。

『対象ニジカの潜在能力は依然として未知数。今回の戦闘データに基づけば、成長次第では魔王討伐のキーパーソンとなる可能性も…0.12%程度まで上昇した。マスター、今後の育成方針が重要となるだろう』

「(だから俺はブリーダーでもスライム使いでもないんだって…でも、確かにあの子の力は凄まじいものがあるかもしれない…いやいや、でもやっぱりこれ以上面倒事が増えるのは…)」

俺の心は千々に乱れる。

それから数日後。

旅は比較的順調に進み、一行の目の前には、遠くに聳え立つ水晶のように輝く幾つもの塔が見えてきた。陽光を反射してキラキラと輝くその姿は、まさしく魔法都市と呼ぶにふさわしい壮麗な光景だ。あれが、クリスタリアか。

街道の脇には、いつからか、焦げ付いた金属片や用途不明の奇妙な歯車、割れたガラス管などが時折落ちているのに気づく。まるで何かの実験が失敗した跡のようだ。

ポヨンちゃん(いつの間にか起きて元気に歩き回っていた)が、その中の一つ、奇妙な紋様がびっしりと刻まれた焦げ茶色の金属板を拾い上げ、不思議そうに首を傾げた。

その時だった。

クリスタリアの方向から、ドーーーーーン!! という、腹の底に響くような大きな爆発音と共に、一筋の黒い煙がモクモクと空高く昇っていくのが見えた。

「今の爆発音は!?」リリアナさんが鋭く叫ぶ。

「おー、なんだなんだ? 派手な祭りでもやってんのか? 花火か?」バルガスは相変わらず呑気だ。

俺はといえば、

「(絶対違うだろ…どう考えてもトラブル発生の音じゃないか…! 俺たちの行く先には、なんでこうも律儀に厄介事がスタンバってるんだよ…!)」

クリスタリア到着前から、すでに不穏な空気が満ち満ちている。ポンコツ勇者一行の明日は、果たしてどっちだ。胃薬の残りが心許なくなってきた。


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