ログアウト不能! ~これはクソゲー(リアル)の始まりですか?~
「よし、よし、よし! ついにこの日が来たぜぇぇぇ!」
新田祐樹、22歳、フリーター。人生の輝かしい瞬間など、ソシャゲのガチャで限定SSRを単発引きしたことくらいしかない彼が、今日ほど胸を高鳴らせた日はなかった。
目の前には、本日到着したばかりの最新型フルダイブVRギア『ニューロ・リンカーX』と、その対応ソフトである超大型MMORPG『ミクストピア・サーガ ~勇者たちの転生譚~』のパッケージ。
「抽選倍率500倍のクローズドベータテスト! 選ばれし者の権利、とくと味わわせてもらうぜ!」
鼻息荒くVRギアを装着し、説明書通りにセットアップを済ませる。心臓の音がやけに大きく聞こえる。
深呼吸一つ。そして、ユウキは震える指で起動ボタンを押した。
視界が光に満たされ、やがて荘厳なファンファーレと共にゲームのロゴが浮かび上がる。
『ミクストピア・サーガ ~勇者たちの転生譚~』
「キタ――(゜∀゜)――!!」
まずはキャラクターメイクだ。
「どうせベータだし、データ引き継ぎもないだろうしな。ここはひとつ、ネタに走るか!」
名前は本名をもじって「ユート」。職業は…色々あるな。「剣士」「魔法使い」「僧侶」…無難なところか。
「んー、『勇者(見習い)』…? なんか初期装備だけはマシそうだな。よし、これで行こう!」
理由は至極不純である。
次にスキル選択。このゲームでは、初期にユニークスキルがランダムで2つ付与されるらしい。ルーレットが回り、止まったスキル名は…
『ユニークスキル1:絶対安全拒否』
『ユニークスキル2:誤変換』
「…は? なんだこのふざけたスキル名! 『絶対安全拒否』って、安全を拒否ってどういうことだよ! 『誤変換』って、チャットで誤字る呪いでもかけられんのか?」
思わず吹き出すユウキ。説明文を読むと、『絶対安全拒否』は「自身への直接的な危機を確率で回避するが、回避した余波は周囲に影響を与える可能性がある」、『誤変換』は「魔法や古代語などの詠唱・解読時に、意図しない効果や意味に変換されることがある」。
「アハハ! なんだこれ、完全にネタスキルじゃん! 最高! これでいこう、これで!」
クローズドベータのお祭り気分も手伝って、ユウキは愉快そうにそれらのスキルを確定させた。
壮大なオープニングムービーが流れ、ユートは最初の街「エルドラド王国の城下町」の広場に降り立った。石畳の道、中世ヨーロッパ風の建物、行き交う人々(NPCだろうが、やけにリアルだ)。五感がフルに刺激される。
「おお…すげぇ…本当にゲームの中にいるみたいだ…」
感動も束の間、目の前に半透明の愛らしい妖精型NPCがポップアップした。胸には「案内妖精ティリア」とネームプレートが付いている。
「ようこそ、勇者ユート様! あなたの輝かしい冒険が、今、始ま…ザザ…ピガガッ…」
突然、ティリアの映像が激しく乱れ、甲高いノイズが響く。
『警告:不明なシステムエラーが発生しました。』
『ワールドパラメータとの同期に失敗…ピー…強制リブートシークェン…ガガガッ!』
「え、ちょ、何? バグ? いきなりかよ!」
その瞬間、現実世界のユウキの部屋の窓がピカッと光り、遅れて轟音が響き渡った。雷だ。
「うわっ、雷!? まさかこのタイミングで停電とかはやめ…」
そこで、ユウキの意識はブツリと途切れた。
◇
「…………ん…」
どれくらい時間が経ったのだろうか。
ユウキがゆっくりと目を開けると、そこは先ほどまでゲーム内でいたはずの、エルドラド王国の城下町の広場だった。
柔らかな陽光、肌を撫でる風、遠くで聞こえる市場の喧騒。
「…あれ? 俺、気絶してたのか? にしても、このVRギア、性能良すぎだろ…気絶してもゲーム続行とか…」
頭を掻きながら起き上がろうとして、自分の手を見て固まった。
さっきキャラメイクしたアバター「ユート」の手だ。簡素な革鎧に、腰には安っぽい剣。
「…ん? VRギアは?」
頭や顔に触れてみるが、ヘルメットもゴーグルもない。
「え、どういうこと? まさか、エラーで外れた? でもゲーム画面はそのままって…」
試しに、自分の頬を思いっきりつねってみた。
「いっっったぁぁぁぁ!!!?」
鋭い痛みが脳天を直撃する。涙目になるほどのリアルな痛み。
「痛い…? なんで? ゲームだろ? 痛覚オフ設定は…いや、そもそもそんな設定あったか?」
混乱しながら、ゲームの癖で「ステータス」と念じてみる。すると、目の前に半透明のウィンドウがホログラムのように浮かび上がった。
名前:ユート
職業:勇者(見習い) Lv.1
HP:30/30
MP:10/10
スキル:
絶対安全拒否
誤変換
剣術(初級)
装備:
初心者の剣
初心者の革鎧
初心者のブーツ
所持金:100 G
「うお、ステータスは出るのか…って、これマジでゲーム画面と同じだ。じゃあ、ログアウトは…」
ウィンドウの隅に目をやるが、いつもそこにあるはずの「ログアウト」や「メニュー終了」といったボタンが、どこにも見当たらない。グレーアウトしているわけでもなく、そもそも項目自体が存在しないのだ。
その時、ぐぅぅぅ~、と腹の虫が盛大に鳴いた。
「…腹、減った…? マジかよ…」
額に脂汗が滲む。これは、もしかして、とんでもない事態に巻き込まれているのではないか?
そんな絶望的な予感に打ちひしがれていると、背後から凛とした声がかけられた。
「おお! あなた様が、新たに来られた勇者ユート様ですね! お待ちしておりました!」
振り返ると、そこには金髪をポニーテールにした、美しい女騎士が立っていた。銀色の鎧に青いマント。腰には立派な長剣。ゲームのティザーサイトで何度も見た、エルドラド王国の姫騎士リリアナ・フォン・エルドラドその人だ。
「(NPCだ…メインヒロイン候補の…)あ、はい、たぶんユートですけど…」
「まあ! なんと謙虚なお方! 予言に謳われた通り、まさに今、この地に降り立たれたのですね!」
リリアナは感動したように瞳をキラキラさせ、ユートの手を両手でがっしと掴んだ。
「(え、何この圧? AIの挙動、ベータテストだからってリアルすぎないか…?)」
ユウキは戸惑いを隠せない。ゲームなら選択肢が出て会話が進むはずだが、そんな気配はない。
「ささ、勇者様! まずは王宮へ! 国王陛下が首を長くしてお待ちかねですわ!」
ぐいぐいと手を引かれ、ユウキはなすすべもなく引きずられていく。
「ちょ、ちょっ、待って! 王宮とかどうでもいいから! これ、どういう状況!? 俺、ログアウトしたいんですけど! 現実世界に帰れるの!?」
必死の問いかけに、リリアナはきょとんとした顔で首を傾げた。
「お帰りになる? 何を仰います、勇者様! あなた様が、この世界ミクストピアを、邪悪なる魔王の脅威からお救いくださるのでしょう? それが、勇者様の使命なのですから!」
その言葉は、ゲームのオープニングで語られるシナリオそのものだった。だが、リリアナの瞳には、一片の疑いも、演技めいたものも感じられない。ただ、ひたすらに純粋な期待と信頼が込められている。
「(使命…? いやいやいや、俺が選んだのはクローズドベータテストであって、リアル異世界サバイバルじゃないんですけどぉぉぉ!)」
ユウキの内心の絶叫は、しかし声にはならなかった。
「俺のVRMMOライフ、始まる前から終わってたどころか、ガチの異世界にジョブチェンジしてやがるぅぅぅ! しかも、ログアウト不能のクソゲー(リアル)だなんて、誰が望んだよこんな展開!!!」
姫騎士リリアナの輝く笑顔とは対照的に、勇者ユートの顔面は蒼白を通り越して土気色に変わり果てていた。
ポンコツ勇者の、前途多難すぎる(そして本人が全く望んでいない)冒険の幕が、今、強制的に上がってしまったのだった。