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第ニ話 マリオネットの本性

 ずっと不思議だった。なぜか分かっていた。どうすればいいかなんて。筋書きがはじめから決まっていたみたいに。

 幾万通りの選択肢の中で、一際きらめいた未来の可能性。それらを選んでいるうちに感覚任せのマリオネットと化した時、ずっと、ずっと心地良かったのだ。

 そして、最終的に結論を出した。純白の世界,穏やかな沈黙,虚構の末に見出した平和、それらが最適な未来だと。だから、身を任せて踊らされていた。いちばんの幸せを掴むために。

 でも、それじゃダメだった。今の自分があるのは、その分傷ついた自分がいるから。霧に閉ざされた獣道を、振り返らずに進んできたから。それが全てなかったことになるなんて、到底許せる話じゃない。

 だから、抗った。失った自分を取り戻すため。思えば、身体に異変が生じ始めた時から、システムに干渉されていたのだろう。無意識の自我もシステムの誘惑だったのかもしれない。けれど、それでも隔絶された檻の向こうへ手を伸ばし続けた。苦しくても、辛くても。そうして今まで生きてきたんだ。


「そして、君はアダムシステムにより能力の限界を超過。結果として、適応対象そのものを操ることができるようになった。まったく、非現実的であり得ない話だよね。」


 目の前の人は一通り報告書に目を通すと、机の上に放り投げてため息をつく。やれやれと、重くも受け止めずに無下にした。誰だって、想像もつかないことなど目にしたくないもの。それが重要であろうと、そうでなかろうと関わりたくないと思ってしまう。そんな拒む意思が彼の顔から漏れ出した気がした。


「それぞれの環境にできるよう、体内構造全てを最適化し、変化。あらゆる動物の遺伝子を組み込んだ結果か。それにしたって、まずまずあり得ない話だよ。」


 自分だって本当のところは分からない。ずっと掻き回されてきたのだから。身体を何度もいじられて、身に余る力を手に入れて、挙句には自分という存在さえ忘れそうになった。そうして今も閉じ込められて、自分の存在を否定されている気分だ。

『ありえない』

その5文字が、今はとても心を締めつける。淡々と語られる事実があまりにも受け入れがたくて、責任感みたいなものが重りのようにのしかかって、顔を上げることができないのだ。


「さて、ここからいくつか質問させてもらうよ。私だってやりたくないんだ。でも、仕事だからね。」


 それは慰めの言葉のように緊張が和ぐ言葉じゃない。確立したテンプレートとして、マニュアル通りに実行されたオプションにしかすぎない。機械と喋っているようなそんな感覚に陥る。

 嗚呼、本当に気分が悪い。いっそのこと、素直に吐き出せばいいのに。そんな心中もお構いなしに質問は飛んでくるものだ。ズカズカと心の中に探りを入れられている気分で、とても不快だ。


「まず、君は敵か、それとも味方か。どちらか答えてもらおうか。で、どうなんだい。」


 目の前の人物は手を組みながら、品定めするようにこちらを見据えた。獰猛な獣を見るみたいな目。自分という存在に対して恐怖や警戒を抱いているのか。

 沈黙がやけにうるさい。答えを急かされている感覚が皮膚を介して、全身に伝わる。どうして、そんなことが簡単に回答できようか。

 得体の知れないバケモノに対して恐れを抱くのは何らおかしいことではない。こんな三文芝居をうつのも当然だろう。

 けれど、こちらの視点に立てばどれもこれも軽蔑の対象でしかない。本当に醜い、醜い、醜い。たらればの話でしかない茶番劇が、もしもを積もらせる過ぎた杞憂が。もはやバケモノとして見られているなら、いっそ…。

 と、そこでようやく知らず知らずのうちに、全身が力んでいたことに気づく。怒りと殺戮の衝動が、ジッと外の世界に顔をのぞかせていた。

 相手もそれを目で、肌で感じ取っていたようだ。血の気が引いた顔がよく映える。今にも逃げ出しそうな体制でこちらの様子を伺っている。

 それを見て、あわてたように身体の力みはどこかに消えてしまった。そしてなんとか柔和な笑顔で取り繕い、ほわりとした口調で問いに答える。


「あなたたちがこちらに対して手を出さない限り、私はあなたたちの敵に回ることはありません。」


 それだけ、言った。もし、それ以上を言ってしまえば良くないことが起こりそうだから。

 意図を察したのか、相手もぎこちなく取り繕ってみせた。しかし、その表情は状況を飲み込めずにいる。行き着く先を忘れてしまった感情は、千鳥足で向かってきた。


「ああ、そうか。まあ、ひとまずは敵でないと認識してもいいのかな。そ、そうだね。確実とは言えないけど。君たちの処遇こちらも決めかねているんだ。」


 と、刺激しない意思は示している。何にせよ、場はまた元通りになっていった。

 やはり、まだあの時の名残が残っているようだ。アダムの人格は完全に消えたわけじゃない。あくまで適応しただけなのだ。言ってしまえば「理解」に近しい。それゆえに独り歩きするこの感情を制御するには、まだまだ時間がかかる。

 何よりも、またいつ暴走してしまうか知り得ない。息を潜める狩人が目を光らせているから、油断なんてできるわけがない。汚れ一つない純白を望んだ結果が、血と臓腑で殴り書きした世界を生み出してしまう。そんな惨劇を、灰色で濁り切った世界を、否定するためにも。

 その後も、説明はつづく。すでに分かっていることから把握し切れていない自らの力について、さながらガイドブックのように語られる。

 灰色に閉ざされたこの場所で、心は明るくなどならない。うす暗い照明がぬるま湯みたく冗長に光る。希望なんて持てない。けれど、諦めることもできない。そんなジレンマが、とても煩わしい。

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