表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/7

ep.4 〜ふたたびのしろいたぬき〜

この草原の空は暗く、空には星が瞬いていた。

草原の中にぽつん、とある家からは柔らかいオレンジ色の灯りが漏れていた。

「おばぁちゃ~ん!たぬきさんのおはなしして〜!」

老婆の横たわるベッドに、小さい女の子が飛び込む。

「おやおや…ふふ。またあの話をして欲しいのかい?…さぁ、隣へおいで」

ベッドの端をあけ、かけられた布団をまくると、女の子はするりと潜り込んだ。

「ふふーん。たぬきさんのおはなし、たのしいの〜!」

にこやかに話す女の子に、老婆も顔を綻ばせた。

「そうね…今日はどんな話をしようかねぇ…」

少し悩むように呟く。

「さいしょにあったはなし、ききたい!」

「あぁ…その話かい?あれはねぇ………」


ーーーーーーーーーー


「そっかぁ…。あ、じゃあ…あのねこさんが…?」

女の子が指をさした小さい机には、茶色の猫の写真が飾られていた。

「あぁ、そうだよ。そう言えばうまれる前だったねぇ…みぃくんがいた頃は、毎晩のように会いに行っていたよ」

懐かしむような遠い目で写真を見る老婆は、どこか寂しそうだった。

「いまは…あいにいかないの?」

「そうだねぇ…。行きたいけれど…もう行き方を忘れちゃったんだよ…。覚えているのは…」

そう言って老婆はベッドから出る。部屋の壁一面の本棚に並べられている本を眺めて。

「あぁ、あった。…ほら。これじゃよ」

女の子に差し出された本は、ところどころが(かす)れていた。

「ひとり…ぐらし……?」

「おぉ、読めるのかい…?お婆ちゃんにはね、もう読むことは出来ないんだよ。開けてごらん?」

言われて、女の子は本を開く。

「んん……よくわかんない、けど…んん…?」

少し難しい本のようで、女の子は首をかしげながら本を眺めている。

しばらく読もうとしていたけれど。

「ふぁ……ふみゅ…」

どうやら限界のようだった。目をこすりながらも読もうとする女の子に。

「ふふ、今夜はおしまいにしようね。さぁ…。本は枕元に置いておいて、明日また読むことにしようね」

「んん…んーんー……」

寝ぼけながらも本を離そうとしない女の子に、老婆は軽くため息を吐く。

「わかったよ…ほら、そのまま持ってて良いから、横におなり?」

言われて、女の子は倒れ込むように枕に沈む。すぐに寝息が聞こえてきた。

「ふふ…しかし懐かしいねぇ…」

老婆は力の抜けた女の子の手から本を取り、パラパラとめくっていく。

「やっぱり今の私には…読めないねぇ…。何が書いてあったのかな…?」

諦めるように本を閉じ、女の子の枕もとに置く。老婆もベッドに潜る。

「それにしても…」

老婆は女の子の寝顔を眺めながら、思う。

長い金色の髪、空のような青色の瞳。本を手放そうとしないところもまた…。

「ふふ…。なんてね…」

少し笑みをこぼしながら、女の子に布団をかけなおす。

「おやすみ…。よき夢を」


ーーーーーーーーーー


「……ちゃん…。…おばぁちゃん…!」

体を揺すられる感覚に、老婆は目を開けた。

「おばぁちゃん…!ねぇ…ここどこぉ…?」

見ると、涙目の女の子が胸元にしがみついている。

「おやおや…大丈夫かい?」

頭を撫でながら、体を起こす。辺りを見渡すと…。

「ここは…森…?」

星空が瞬き、辺りを木々で覆われた草原。

「まさか……」

女の子と一緒に立ち上がり、また辺りを見渡す。

「おばぁちゃん…いっしょにおへやにいたよね…?」

不安そうに見上げる女の子の頭を優しく撫でながら。

「そうだねぇ…。でも、私は少し懐かしい場所に来たような気がするよ」

きっと、この先に。そう言って、女の子の手を引いた。女の子は、片手で本を抱きしめるようにかかえている。

しばらく歩くと、森が開ける。満天の星空には、月はなかった。

「あぁ………やっぱり……」

老婆は小さく呟いた。

「おばぁちゃん、あそこ!なんかいる!」

女の子が指をさした先には、小さくあかりが灯っていた。

「あぁ、そうだね…。行ってみようねぇ…」

胸の高鳴りを感じながら、それでもゆっくりと歩いていく。本当にあの場所なのだろうか。もしそうでも、忘れられていたら…なんて。

ある程度近付いて、老婆はふと立ち止まる。

「あぁ……あぁ……」

視線の先には、かがり火が燃えている。その周りには丸太が横たわり、そこに座るモノたちの影がゆらゆらと揺れていた。

「あっ…!あのひと…!」

女の子はそう叫ぶと、突然老婆の手を振りほどき走り出した。

「えっ…あ、待って……!」

老婆も早足で追いかける。徐々に近付いていくにつれ、影がより鮮明に見えるようになっていった。

女の子は丸太に座るモノと話しているようだ。ふと振り返り、老婆を指をさす。

「おばぁちゃ~ん!このひとだよね〜?」

遠くから叫ぶ女の子の声に、老婆の心臓が跳ねる。

老婆は不安になったようで、動けないでいた。

すると、女の子と話していた影がすっと手を挙げ、手招きをした。

その手に導かれるように歩き出し、近付いていく老婆。


女の子のそばに座る彼女は、あの時の記憶のまま。月のような白い髪。たぬきの耳としっぽ。

星空の様な瞳と、空のような青色の瞳が合う。彼女の目は少し細められて、口元には笑みが浮かぶ。老婆もまた笑みを浮かべたけれど、目にはひとすじ、流れるものがあった。

ふたりは少しうつむき、ふふっ…と声をこぼす。

そしてまた、顔を上げたふたりは。


「「ちゎ。ひさしぶりだね」」


そう言って、互いの手を握った。

「本当にひさしぶり。…大きくなったね」

「えぇ、本当にひさしぶり。たぬきさんはかわらないね」

「ふゃ〜ん!成長してないってこと〜!?」

「違うってばぁ!あの頃と同じくらい素敵だよってこと!」

「ふぇ…?えへへ、うれしーっ」

時を感じさせない軽口を交わしていると、女の子が老婆の袖を引いた。

「おばぁちゃん。このひとね、わたしをおばぁちゃんかなっていったの!」

そう言われたたぬきは少しギョッとしたように。

「アッアッアッ、それはぁ…、それはぁ…!えっと…その…そっくりだったんだもん…」

少し苦笑いを返した老婆。

「アハハ…確かに似てるわよねぇ…」

「わたしおばぁちゃんじゃないもーん!」

「ははっ、そうだよねぇ〜」

なんて、そんな風に笑い合いながら。



この夜は、きっとまだまだ続いていく。

久しぶりでも、あの場所へ行ったなら。

白いたぬきは、今宵もあの場所で笑う。


よき夜と、よき夢を祈りながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ