ep.3 〜しろいたぬきとあめのよるに〜
白いたぬきとちゎわたちは、今日も、夢の世界に集います。
でも、今夜は強い雨。いつもの草原には、屋根なんてありません。
仕方なく、たぬきとちゎわたちはたぬきの家で雨宿りをしようと、傘をさして歩いています。
たぬきの肩には、ピンク色の毛玉のようなちゎわが。足元には紫色の子犬のような妖精が、うちわを背負って歩いています。
たぬきと手を繋いで歩くのは、金色の髪の女の子。女の子の側には、あの茶色の猫もいます。その後ろに控えるように、メイド服を着た少女が歩いています。
「もう少しだからね、気を付けるんだよ?」
「ん…ありがと、おねぇちゃん」
たぬきの言葉に頷く女の子は、少し後ろを振り返りながら。
「ねね…おねぇちゃん。あのおねぇちゃんは、おねぇちゃんのいもうと?」
その言葉に、メイドは笑いながら。
「ふふふ…。いや違うよ。私はあなたと同じ、ここではただのちゎわだよ。ね?ママ」
メイドはたぬきの肩に目を向けました。
「っきゅ〜♪」
その声に、ピンク色の毛玉がぽんぽんっと楽しそうに跳ねてみせます。たぬきはくすぐったそうに笑っています。
「そっかぁ〜。ここはたぬきさんとちゎわさんしかいないんだねっ」
女の子も笑顔でたぬきの手を握り直しました。
「ふゃ〜ん。そういうわけでもないんだよねぇ…。あなたも最初は迷いながら来てくれたでしょう?」
そんなふうに話しながら進んでいると…。
「あ、たぬきさん…あれ!」
メイドが森の先を指差します。たぬきも目を凝らして指の先を見つめます。何か、白い塊のような物が地面にありました。
「んん?…おや、なんかあるね…なんだろ?」
「ふむ、俺が見てきてやろう」
そう言って、紫色のちゎわが駆け寄っていきました。離れた所で待つたぬきとちゎわたち。
「おぉい、生き物だ!大丈夫だ、こっちへ来るといい」
言われて近寄ると、白い毛並みの狐でした。
「わぁっ!きつねさんだぁ!まっしろ!」
女の子は不思議そうに狐を見つめています。
「濡れて弱っているようですね…。たぬきさんいかがでしょう、この狐さんも連れて行かれては…?」
メイドがたぬきにそう言うと、彼女は頷きました。
「そうだね、連れて行ってあげよう!メイドさん、お願いできる?」
「えぇ、仰せのままに、たぬきさん。狐さん、寒いでしょうから、これを」
メイドは着ていたエプロンを狐に巻いてあげ、抱きかかえました。
みんなは急いで、たぬきの家へと向かいます。
◆ ◆ ◆
暖かい…これは…布団か…?と、目を開けてみる。
「……ここは…?」
知らない天井、知らない畳のにおい…どこなのだ、ここは。
「あ、きつねさん!おきたの?」
声のする方に目を向けると、金色の髪の女の子がのぞき込んできた。
「あぁ、君が助けてくれたのか…済まないな」
そう言って体を起こした。
「あ…だめだよ…!ゆっくりしてぇ…」
わたわたと手を振りながら私を寝かせようとする女の子の手を遮り、立ち上がろうと力を入れた。
「あ!目が覚めたんだね!動けそうかなぁ?」
その声とともに襖が開いた。
「……ッ!貴様…たぬきか…!!…なっ…!?!?」
本能から攻撃をしようとした瞬間、首元に金属が当たる感覚がした。体は紫色のナニカとピンク色の毛玉が帯のようなモノで縛っていた。両手を広げた女の子が、たぬきの前に立ちはだかっていた。
「だめ!たぬきさんはこわくないの!」
女の子が叫ぶ。首元に金属を当てた少女が、耳元で言う。
「そうですよ。ここはたぬきさんの世界。…あなたはここに迷い込んだのですよ?」
そう言われ、少し息を整える。異物はこちらの方か…。
「……離せ」
低い声でそう言うと、少女が言う。
「…落ち着いていただけましたか?」
「あぁ……」
帯と首元のスパナが離れ、自由になる。
「済まなかった…」
頭を下げると、たぬきは優しい声で言う。
「うぅん、良いの。それだけ動ければ安心だね」
しかし…。とたぬきを眺める。白い耳と尻尾でたぬきと分かるが、それさえなければニンゲンの様に見える。
「あなたは…完璧に人に化けられるのか…?」
そう聞くと、たぬきは耳と尻尾を仕舞った。
「うん!できるよぉ?あなたは?」
「いや、化けられぬのだ…。どうやらセンスというものが無いらしい」
そう言うとたぬきは、しばらく悩むような仕草をした。
「ふゃ…。どうかなぁ…?あなたも、ちゎわになってみる…?」
「ちゎわ…?なんだそれは。犬か?」
思わず少し機嫌の悪い声を出してしまった。たぬきは言う。
「うぅん?ちゎわちゃんは今いるこの世界の姿だよ。メイドさんも、女の子も、毛玉ちゃんも子犬ちゃんもみんながちゎわなの〜!」
そう言われて、周りに目を向ける。
「ふむ…確かにそうらしいな。色々な種族がいるようだ」
「そうでしょう〜?」
楽しそうな声で笑う姿に、こちらもつい笑ってしまう。
「そうだな…いいだろう。私もこの世界の住人となろう。よろしく頼む、たぬき殿。そして、ちゎわの皆よ」
そう言うと、みんなの顔がパッと明るくなった。…どうやら歓迎されているらしい。
「ふふ、じゃあ狐さんにも、これをあげるね〜」
そう言って、たぬきは頭にふわりとしたわたげをのせてきた。…たぬきの力を感じる。
「…ありがとう」
そう言って、なりたい姿を想像する。
「…ありゃ?化けきれてないねぇ…?」
狐の頭はそのままに、長い白髪の姿になった。白い尾もそのままに。
「ふむ…今はこの姿で良い。いずれ自分で化けられるようになるまでは、な」
そう言って、彼女らに背を向ける。
戸を開けると、雨上がりの空に満天の星が瞬いている。
「あの、あの。きつねさん!また、あおうね…?」
金色の髪の女の子は、おずおずと近寄って、右手を差し出していた。
「ふ…。そうだな。またいずれ」
彼女の手を握り返し、左手で頭を撫でた。気持ちよさそうに目を細めて、彼女は笑った。
「それではな、邪魔をした」
裸足のまま、外へ出る。今は夜風が心地良い。
「狐さぁん!またねぇ〜!」
手を振るたぬきを背に、この夜の森を歩く。
この新たな出会いに、心のざわめきを感じながら。