ep.2 〜しろいたぬきとまたこのばしょで〜
女の子は、女の人の笑顔に見惚れ、動けなくなってしまいます。すると。
「よかったらこっちで、みんなで一緒にお話しよ?」
と、女の人が手招きをしてくれます。おずおずと近付く女の子。
女の子は、本を抱きしめたまま、彼女の正面の丸太に座ります。
「あ、あの…おねぇちゃん、ここは…?」
女の子は、少しビクビクしながら、お姉さんに尋ねます。
「ふふ、ここはね。たぬきの夢の世界、だよ」
お姉さんは、星空を見上げながら、そう言いました。
「おねぇちゃんの…せかい?」
女の子は、不思議そうに尋ねます。
「うん、そうだよ。ここはね、たぬきが話したいことを話せる場所。それと、ここに来てくれたみんなと、お話しができる場所なの」
空を見上げるお姉さんは、笑っているようです。もふもふの大きなしっぽが、ゆらゆらと揺れています。
「んぇ…よく、わかんない」
女の子は、下を向いてしまいます。そんな彼女へと、顔を向けるお姉さん。
「ふふ、そうかなぁ…?周りを見てみて?」
女の子は、お姉さんにそう言われて、周りを見てみます。
「あれぇ…?わんちゃんだぁ…いっぱいいる…」
お姉さんの周りには、たくさんの、白い子犬が座っています。そして、女の子の隣にはいつの間にか、さっきいなくなった茶色の猫も座っていました。
「あ、ねこさん!」
「…んなぁ」
女の子が撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細めて、しっぽを立てます。お姉さんはそれを見て、ふふ、と微笑みながら続けます。
「そう、このちわわちゃんたちはね、みんなの『夢』の姿なの。たぬきの世界に来た人は、誰でもこの姿になれるんだよ?」
「んん…わかんない……」
お姉さんにそう言われても、女の子は少し信じられませんでした。
お姉さんは少し悩むような顔をします。
「ふゃ〜ん……どうしたら信じてもらえるかなぁ…。あ、そうだぁ!」
お姉さんはそう言って、ポケットから白いものを取り出します。
「わたげ…?」
「そうだよ〜。これを…こうして…っと」
お姉さんは、女の子の頭に白いわたげを乗せました。それは金色の髪に光る髪飾りのようでした。すると。
ポンッ、と音がして、女の子の頭に小さな犬の耳があらわれます。
「ほょ…?おみみがはえたぁ…?あれ、しっぽも…」
耳と同じ真っ白なしっぽは、女の子のお尻でゆらゆらと揺れています。
「かわいい……」
女の子は、キラキラと目を輝かせます。
「ふふ、かわいいでしょ〜」
お姉さんが女の子の耳をさわると、
「へへ、くすぐったいよぉ」
小さな耳がぴこぴこと動きます。
「ふふ、ねこさんにもあげるね」
お姉さんは、猫の頭にもわたげをのせました。
「なぁん…なぉ」
わたげをのせられた猫も嬉しそうに鳴きました。
「これであなたもねこさんも、ちわわちゃんの仲間、だよ。ちわわちゃんたち、なかよくしてね〜!」
お姉さんがそう言うと、周りの子犬たちも嬉しそうにしっぽを振りながら、女の子と猫に集まっていきました。
「ほんとぉ?えへへ、みんな、よろしくね!」
女の子は、集まってきた子犬たちを撫でました。たくさん集まってきた子犬は、女の子をもみくちゃにするように。
「んなぁ…なぁぉ…ふにゃっ!…ふぉぉ……」
猫も、子犬たちに、もみくちゃにされています。ひとりといっぴきは、とても歓迎されているようです。
「ふふふ、よかったぁ。みんな嬉しそうだね」
お姉さんはそれを見て、笑顔になりました。
みんなで楽しく話しながら、満天の空の夜は、更けていきます。
◆ ◆ ◆
「…ゃ〜ん…もう終わりの時間、かぁ……」
お姉さんは空を見上げながら、寂しそうに呟きました。いつの間にか、空は少しずつ明るくなり始めていました。
「え…?おわり…」
女の子は、寂しそうな顔で、お姉さんを見ています。
「うん…もうすぐ夜が終わっちゃうの。この世界は、夜だけ、なの。でもね…」
と、お姉さんは立ち上がって、女の子と猫、子犬たちを抱きしめます。
「…また夜になったら、会おう、ね?」
女の子は、お姉さんを抱きしめ返します。
「また…あえるの…?」
「うん…そうだよ、また会える。このわたげと一緒に、また夜に」
お姉さんは、女の子のわたげに触りました。
「うん…。わかった…」
女の子は、精いっぱいの笑顔でお姉さんに言います。
「またね、おねぇちゃん」
お姉さんは、大きなしっぽを揺らしながら、草原へと歩きます。振り返ると、それは月のように輝く笑顔で。
「うんっ!みんな、またね!よき夜を!」
草原は、白い光に包まれたのでした。
◆ ◆ ◆
「……………なぁぉ…にゃぁぅ…」
朝日のさす部屋に、鳴き声がしています。
「……ん…むにゅ…?」
女の子は、その声に寝ぼけながらにぼんやりと目をひらきます。
「……んにゃっ」
とん、と彼女の頬に足が触れます。
「…むにゅ……ふゅ…。あ…」
見ると、それは茶色の猫でした。
「……にゃぅにゃぁ〜」
起きて、と言うように…猫はポフポフと女の子の頬を叩きます。
「ん……おはよ…みぃくん……」
「…んなぁぉ~」
女の子は目をこすり、猫を撫でながら、からだを起こします。
「……ゆめ…だったのかな…」
「んなぁ~?」
おはよう、というように、猫が鳴きます。猫はぴょんっと、ベッドの隣に置いてある、小さな机に飛び乗りました。
「…あれ?」
その頭には、白いわたげがのっています。
「ゆめ…じゃなかったの…?」
そう呟くと、猫は前脚で、とん、と机を叩きます。そこには…。
「あ…!へへ…ゆめじゃなかった…」
女の子は、嬉しそうに笑います。
「なぁぉ…にゃぁ~」
猫もまた、嬉しそうに。
女の子は、部屋を出ます。
「まま〜!おはよ〜!あのね!………」
机に置かれていたのは、あの時につけてもらった白いわたげと、小さな四つ葉のクローバーでした。
〜よき夜を…よき夢を。また、この場所で…。〜
白いたぬきは、この世界でまた、月のように輝く笑顔で、あなたの訪れを待っているようです。