二章『取り上げられた力』②
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「お風呂に行きましょう!」
村に帰ってくるなりネクが振り返って、そう言った。
「今日は疲れたし時間も遅いから風呂は明日でもいいんじゃないか?」
村の住人たちはみんな家の中でくつろぎ暖を取っていて、道を歩く者はオレとネク以外見当たらない。
こんな時間から風呂とか正気なんだろうか。
「女の子に一日中ずっと体と髪を洗わずに床につけと?」
「それは昨日も入ってないんだから一緒なんじゃ……」
昨夜も遅くまで森の奥でモンスターと戦っていたため、宿屋の部屋に戻った後、ベッドに横になってネクに回復魔法をかけてもらってるうちに寝てしまっていた。
というか生前のオレが魔王軍侵略域で旅していた時なんて、三日は入ってなくてもパーティーの誰も何も言わなかったけどなぁ。
三日以上経つとルナが烈火の如くキレはじめるから、そこからは男三人で街か水場を必死に探したけど。
「だーかーらーでーす! 戦っていないとはいえわたしも汗をかいているんですよ! こんな体でレオくんの側に居るなんてもう一分一秒も耐えられませんっ!」
「大丈夫だよ。オレ、ネクが臭くても特に気にしないから」
「臭い!? わたし臭うんですか! いつからですかどれくらいですか不快に思われてますか!?」
取り乱して身を乗り出す勢いで聞いてくるネクに驚いて、オレはすぐに自分の発言を訂正する。
「いや違う違う、例えばの話! ここまで一緒に居てそう感じたことはないよ!」
「……本当ですか? この場合気を使われていたとしても、後から本当は不快に思っていたけどかわいそうだから我慢していたとか言われたら、わたし余計に傷ついてしばらくは立ち直れないと思いますが、本当ですか?」
「あ、ああ……誓って本当に思ってないから」
思ってないよ。今の君を、ちょっと怖いとしか……
「はぁぁぁぁ、よかったですぅ。じゃあわたしの匂いでレオくんが不快に思っていたことはないんですね」
「うん、ないよ」
「心の底から安心しました。もうあんなイジワルは言わないでくださいね」
「え、オレのせい? ……まあわかったよ。今度から気をつける」
「はい、お願いします!」
今のは完全にネクの早とちりだった気がするんだけど……もうこの場が収まるんならなんでもいいか!
「ネクって変のところで余裕がないんだなぁ」
「何言ってるんですか、乙女にとってはこれが王道ですよ!」
「そ、そうなんだ……」
腕を振って抗議してくるネクに、オレはとりあえず頷いた。
な、なにを言っているのか全然分からねえ……
「ですから今がどんなに夜遅くとも、今日これからお風呂に入るのは決定事項なんです!」
「え〜」
正直オレはもう立ってるのも気怠いくらいで、早くベッドに飛び込みたいのに。
「それでも嫌だと言うのなら、わたしを倒してから宿に向かってください!」
「いや倒してもネクから離れたら、宿までたどり着けないよ」
「じゃあわたしの勝ちですねっ。さあこの汚れた身を清める為にお風呂に行きましょう!」
「汚れたって、ネクは言うほどでもないでしょ」
死霊術を使ったとはいえ、生きる死体のオレに比べれば。
「ほら行きますよ! 早くしないと本当にお風呂に入れなくなってしまいます!」
「はいはい。オレはさっさと体を洗って寝たいよ、ふぁぁぁぁ」
意気揚々とどんどん前進して離れていくネクの背中に──村の中で死体になるわけにもいかず──オレはあくびを噛み締めながら仕方なくついて行くしかなかった。