二章『取り上げられた力』
1
翌日。
早朝からネクにも起きてもらい、向かったのは昨日限界一歩手前のところまで戦い続けたばかりの森の奥地。
「昨日の今日なのに、手厚く歓迎してくれそうだなぁ」
甲高い鳴きが聞こえる周囲の木々を見上げると、こちらを見下ろす複数の影が樹上に見えた。
昨日あれだけボコボコにされた体はネクの回復魔法が優れていたのか。
今朝は少しの疲労感すら残ってないほど快調で、頭上から無数の視線に晒された森の中でも心置きなく、この体の調整と更なるレベルアップを狙えそうだった。
そんな異様に強くなっている低級モンスターとの再戦を初めて、数十分。
「ネク、危ない!」
オレは今まさにネクに飛びかかろうとしていた宙を舞う猿のモンスター、バトルモンキーの顔面に回転蹴りを喰らわせてふっと飛ばす。
「ありがとうございます。助けてくれて」
「う、うん。怪我がないなら何よりだよ」
ネクは礼を言うと、そそくさとオレの後ろから少し離れた場所に移動してまたすぐに祈り始める。
その姿をオレは違和感と一緒に眺めていた。
今、モンスターとの間に割り込んだ時。ネクは瞬時に立ち位置を入れ替えて、すぐにオレの背後に回っていた。
おそらく、オレが助けなくとも奴の奇襲に気付いて攻撃を避けれたんじゃないか?
もしかすると戦えないからわざとオレに押し付ける形で避けたのなら判断としては正しい。
けど、あの身のこなしをただのシスターができるものかと、言われると素直に頷くことはできなかった。
視線が合うと、ネクは気にした風もなく笑いかけてくる。
その笑顔にオレは疑問を抱きながらも、今は目の前の敵を倒すことに集中するのが優先だと思い。
痛みに悶えて顔を押さえがながら地を転がるバトルモンキーに向き直る。
「ウキャアキャー!?」
「ほんと何なんだ、これ」
オレは足元の周りに倒れる奴の仲間の骸に目を向ける。
ここに着いてから、もうすでに七体。
昨日の戦闘で相手に慣れたからなのか。一匹ずつ、数体一気にでも、今日はなんとか危なげなく対処できている。
けど、敵に慣れたことでそれとは別の問題が自分のの体に起こっていることに気づいた。
「ヴヴヴヴ、ウキャー!」
「くっ!」
起き上がり殺気を放って飛びかかってきたバトルモンキーが、オレが咄嗟に構えた剣を掴む。
“また”反応が遅れた!?
敵の動きは決して、目で追えないほど早くも複雑でもない。なのに昨日から、なぜかそんな単純動きにさえ反応が遅れてしまっている。
(しまった!)
力では向こうに分があるため、バトルモンキーに掴まれた剣から奴の手を振り解くことできず。
唯一の長所を封じられたオレに、モンスターが威嚇の甲高い鳴き声で叫んだ。
「ウキャー!」
刃を挟んだ至近距離で、歯茎を剥き出しにした口から唾が飛ぶ。
顔にかかる不快な大玉の雫に顔をしかめて、オレは唾のお返しに敵の腹を蹴り上げる。
「調子に、乗るなよ!」
「ヴッ!?」
腹につま先が突き刺さったバトルモンキーが目を剥いて体を浮かした。
チャンスは、ここだ!
剣から手を離し、地から足を浮かしたバトルモンキーへ、オレは両手で握った剣を振り下ろす!!
「おらあ!!」
「ウギャッ!!」
上段からの一撃を受けて、地に伏して黒いモヤを立ちのぼらせるモンスターの死体を見下ろし。
「はあはあ……」
冒険者にとって逆境でも試練でもない戦いの末、オレは息を切らして立っていた。
不調はまだ残っているけど、慣れてきたのもあってこれくらいの戦闘では体の疲労も昨日ほどひどいことにはなっていない。
「おつかれさまです。さすがに疲れましたよね」
「ああ、疲れた。久しぶりにヘトヘトに疲れたよ」
肩で息をするオレに、ネクが一応労いの言葉をかけてくれる。
戦闘中は協力も心配もせずに背後でずっと何かに祈っていただけだったのに。
「でしょうね」
まあシスターに戦闘の手助けとか期待してなかったからいいんだけど。
それより……
「もしかしたら、とは思っていたんだ」
この光景を分かりきっていたような笑顔で眺めていたシスターに、
「オレはレベルがリセットされているんだな?」
オレは昨日からずっとある戦闘中の違和感の正体を口にした。
「ええ、正解です。そして当然です──レオくんは一度、死んでるんですから」
「本当、言われてみればその通りだね」
逆に死んで生き返って、どうしてオレは自分が生前の強さのままなんて思い込んでいたんだろう。
「そうか、じゃあ今までの経験値は死んだ時に失ったってわけか」
昨日の戦闘で、遥かに格下の敵が異常に強く感じた辺りからおかしいとは思っていた。
そして今日。戦う内に敵の動きは予測できるのに、反応と体が追いついていないのに気がつき。
自分が弱くなった線を疑った。
「ええ。なのでレオくんがここに来てから倒したモンスターの経験値で勇者魂を満たした回数は……」
たしか、オレがこの森で戦い始めた昨日と今日の戦闘中に勇者魂が黒いモヤ──経験値を吸収して光った回数は……
「二回、でしょうか」
「ってこと、レベル3か」
つまりバトルモンキーの討伐推薦レベルと同じ。
だからさっきの戦闘、最後の方は余裕が出てきてたんだな。相手との力の差がなくなったから。
「そうすると、だいぶ弱くなっちゃったな」
生前の勇者パーティーのメンバーは、オレを含めて全員がレベル43。
つまり現在のオレはレベルを40も失っていた。
「ちなみにギルド調べでは冒険者の最高到達レベルはレベル43だそうです」
「自惚じゃないけど、オレたちはあの魔王に辿り着いた最初の冒険者だったから驚きはしないよ」
「はい。現魔王の居る魔王城に辿り着いた唯一のパーティーですからね」
「なっ!?」
ネクの言葉を聞いて、オレはむしろそっちの言葉に驚いていた。
「え、待ってくれ。じゃあ魔王を倒すには……」
勇者パーティーが死んでから三年。この世界には現魔王と戦った冒険者すらいないっていうのか。
「だからレオくんには“大変な準備“と仲間が必要と言ったじゃないですか」
「その準備がまさか自分の事だなんて思わないよ」
仲間を集めても、魔王城に行くには多少なりとも仲間たちに強くなってもらわなければとは考えていたけど……
一番の足手まといがまさか自分だったとは。
「まあレベルダウンのことを知らなったんですから仕方ないですね」
「レベルダウンなんて言葉、初めて聞いたよ」
「今わたしが作りましたからね。それにレオくんはわたしの中ではいつでも一番ですよ!」
「え、あ、そう。聞いてないけど……」
ということは、これから魔王を倒すのに必要なのはネクの説得と仲間の召集。
そして自分自身の多大なレベルアップ……
あの日敗北した自分を超えるには、あと40以上のレベルアップが必要で、正直少しばかり無茶もしなくちゃ厳しいとは思う。
「生き返って最初の課題がレベリングとはね」
「課題? そんな生やさしいものじゃないと思いますよ」
「なんだよ、急に真面目になって」
「だって、もしもレオくんが元の自分を目指すというなら、それは過酷を通り越して地獄の試練だと思いますよ」
軽い調子で喋っていたオレに、ネクはめずらしく真剣な面持ちで指摘をする。
いつも通りやるべきことをやるだけだと重く捉えていなかったオレは、そこまで言われて少し焦り始めた。
「え、そんなに?」
「分かりやすく言うと、今から大陸の全冒険者より強くなるってことなんですが、簡単そうですか?」
「あ〜」
そうだった。
オレが死んだ後の三年間。他の誰も辿り着けていない魔王に挑むというのは。
それをオレが倒そうということは。
ここから他の誰よりも強くならなければいけないってことなんだ。
現実に直面して、オレは思わず吹き出してしまう。
「ククッ」
「レオくん? 絶望でおかしくなっちゃったんですか」
ネクが心配そうにこちらを見ているが、オレは込み上げる笑いを抑えることができない。
「ククク……アハハハハハハハハハハハハ!」
「ちょっとレオくん!? 突然おかしくなるのはやめてください! おかしな言動はわたしの役割なんですよ!」
堪えきれずに天を仰いで笑い出すオレを見て、さすがのネクも本気で動揺している。
「はぁ〜いやわるいわるい。ここにきて自分の限界に挑めると思うと、ちょっと楽しみでさ」
まだ少し余韻が続いている笑顔を向けると、ネクは若干引きながら苦笑いをしていた。
「レオくんって戦闘狂の気があったんですね」
「いや違うから! そんな変態的な理由で笑ってたわけじゃないから!」
「いいんですよ。ボディタッチを受け入れてくれたみたいにわたしも受け入れますから、ね」
「理解があるみたいな笑顔やめてね! それにオレ別に受け入れてないから、無理やりだったから!?」
「え、まだ抵抗の意思があるんです? ならもっと作戦を練らないとですね……」
「だから違うんだって、いや抵抗はするけど……」
「えー」
そこにはちゃんと不満の声を上げたネク。
オレはそんな彼女の誤解を解くために説明する。
「生きていた頃は死に物狂いでモンスターや悪人を倒してただけだから、今度は純粋な努力ができると思うと楽しくてしょうがないんだよ。それだけ」
「あ、すみません。辛いことを思い出させてしまいましたか……」
「いやいやそんな申し訳そうな顔をしなくても大丈夫だって、勇者パーティーは守りたい世界の為に戦ってたんだからさ」
目に見えて猛省するネクにギョッとして、急いでフォローする。
勇者パーティーが負けたのは、オレが弱かったからであってこの世界の人々には何の罪もないんだから。
「だから謝ったんですけどね……」
「?」
けど、それを聞いてなおネクの表情は少しだけ暗かった。
「いえ、なんでもないです」
「そっか。ならいいんだけど」
気まずい話が終わり一息つこうとするオレに、今度はネクが自分の胸に手を当てて問いかける。
「えっと、レオくんはわたしのこと問い詰めたりしないんですか?」
「え、なんで?」
「なんでって……わたし、怪しくないですか?」
「まあ怪しいけど、ネクだってオレの知らないことくらいあるだろ?」
「あんまりないと思いますけど……」
「お、おう。そっか」
そこは嘘でもあるって言ってほしかったんだけどなぁ。
「うーん。けど君はオレが強くなることに協力してくれてるじゃないか」
「え?」
「だって、元々この森に来た理由ってオレが自分が弱くなったのを気づかせる為だろ」
「それはそうですけど……」
「なのに何の用もないのに村に着いて一番に森に行こうなんて、少なくてもネクが良い奴って証拠だよ」
まあ変な人なのも揺るがないけど。
「わたしはただ……」
「どうした急にモジモジして、トイレか? 見張っておくぞ」
「違います! わたしはただレオくんに喜んでほしかったって言いたかったんですぅ!」
「お、おう……それはありがとうございます?」
「お礼なんて……」
ネクは慎ましい乙女の様に胸に両手を当て、
「ずっと一緒に居てくれるだけで良いですよっ!」
「えぇ……」
ぜんぜん謙虚じゃない欲望丸出しの要求をしてきた。
いやまあオレが生きた死体として動けてるかぎりはずっと一緒だから、拒否権とか最初から無いんだけどな。
「ウキャー」
「おっ、そろそろ話は終わりかな?」
近くの木の枝が揺れ、頭上で殺気立った猿たちの鳴き声が耳に届く。
「〈ヒール〉」
「おっ!」
「さすがにその体で、またこの数を相手にするのは危ないので回復魔法をかけておきました」
「助かる!」
「え、じゃあご褒美とかもらえますか?」
「それはないね」
「ないんですか!?」
「ないよ! 回復の度にそんなんあったらオレの心臓がもたないだろ!」
年頃の女の子が何言ってんだ! もっと慎みを持て。
「むぅ〜じゃあ次からの回復一回に付き一ハグにします」
「だからぁ!」
法外な対価に文句を言おうとして、今はやめた。
「……まあいいか。今日はもうその術の出番はなさそうだし」
頭上から見下ろす敵の数はさっきと同じ。
そこから襲いかかるバトルモンキーの群れを、オレは七撃の内に倒してみせた。
戦いの後。
更なる強敵が現れぬよう全冒険者が使用できる特殊魔法〈冒険者の種火〉でモンスターの死体を焼く。
燃え上がる炎を見つめるオレに、ネクがパチパチと小さく拍手をする。
「ご苦労様です」
「結局、最後の奴らではレベルアップできなかったな」
「推薦レベルが同じ敵ではそんなものですよ。それより陽も落ちてきた様ですし、今日はここまでにしましょう」
「だな」
ネクの回復魔法があれば、彼女のマナが尽きぬかぎり戦い続けることは可能だ。
しかし傷や疲労は癒やされても、回復魔法で精神の疲れや思考力の低下を止めることはできない。
焦る気持ちもあるが引き際の判断力までは衰えてはいないと信じたいので、今日のところは村に戻って続きはまた明日にするとしよう。
日が暮れていく森から帰る道でも、少なからずモンスターに遭遇したがなんなく倒して進み。
オレたちは一時間もかからない内に街道に出て、光の灯る村の方へと歩を進めた。
登場人物紹介①
レオ・ウィング。16歳(7/23)
職業、元超級冒険者の剣士。今は傭兵。
身長、約165㎝。
容姿、無造作な焦茶色の髪に引き締まった筋肉質な体躯。
装備、武器は刀身に教会で祈りの込められた古代語が刻まれている、柄に金装飾の施された片手直剣(本人は古代語は読めない)
防具は胸と右肩、膝の辺りに鉄のプレートが付けられた最高級革の軽装備(三年前基準)
レベル43Die↓↓↓レベル1→3。
ネク・セイント(教会に所属している者は皆セイント姓)16歳(9/1)
職業、元教会のシスターで元魔王軍幹部のネクロマンサー。今は全てを捨てて想い人を蘇らせた死霊術師
身長、約170㎝。
容姿、金髪碧眼。一つにまとめた三つ編みを肩からの垂らしている。上半身の一箇所がとてもおおきい。
装備、シスター服と冒険用の革のブーツ。