一章『命の恩人+ストーカー=好感度振り出しに戻る』⑥
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しばらく歩いて到着した森の奥地。主に猿系モンスターが多く生息しているこの森で。
オレはネクに見守られるなかで、
「ウキャア!」
猿系の低級モンスター、バトルモンキーに遭遇していた。
目の前には一匹。木々の上からは仲間の鳴き声が聞こえてくる。
けど、この程度の敵なら何十と居てもさして脅威にはならないだろう。
「もし危なくなったら助けに入るので、全力で体を動かしていいですよー」
「? いやさすがになるわけないって」
ネクの冗談に、オレは軽く笑った。
バトルモンキーの討伐推薦レベルは3。オレのレベルとは40もの差がある。
とはいえ、どれだけ弱くても相手はモンスターだ。どんなイレギュラーがあるか、最後まで分からない。
どれだけ弱かろうと全力で斬る!
「ウキャキャー!」
「こい!」
飛び掛かろうと跳躍するモンスターに、オレは剣を抜いて構える。
すぐさま振り下ろされた鋭い爪の生えた腕を剣で弾く。
(なっ!?)
その際、想像以上に重すぎる一撃に目を剥いた。
なんだこの一撃!? これが討伐レベル3の攻撃なのか?
予想外の事態に、オレは咄嗟にここに招いた張本人の方に振り返る。
オレの後方。戦闘に巻き込めれないように死霊術の効果範囲内で出来るかぎり離れたネクは、目を閉じて何かに祈りを捧げていた。
「神に祈ってないでこの状況の説明をしてくれ!」
「ウキャ!」
「っ!」
ネクの返事を待つ暇もなく、異様な強さのバトルモンキーが目を離していたオレに腕を伸ばす。
意表を突かれた形で飛び込んでくる掌底をギリギリの所で避けようと、後方に跳ぶ。
「ぶっ!?」
しかし、地を蹴って後方へと体が浮いた瞬間。
高速でバトルモンキーの手の平がオレの顔面に炸裂する。
予定より大きく後方に飛ばされ、ぶち当たった鼻頭からゴリゴリッと嫌な音がした。
「助けますか?」
「大丈夫、まだやらせてくれ!」
ネクの問いかけに食い気味で答えを返す。
激痛が居座る鼻を抑えながら目の前でしてやったりな笑顔で陽気に踊っている敵を見て、オレは心底驚いていた。
飛び退くのが遅かったか……?
奴の攻撃はオレが想像よりも遥かに早くオレの顔へと到達していた。
理屈は単純だが、それだけに力の差がはっきりと分かり。
オレは三年ぶりに冷や汗をかいていた。
もしかして、この時代のモンスターは全てがこんなに異常な強さになっているのか……?
そんな恐ろしい疑念が頭の中に浮かんでいた。
でも、なんだろう。それとは別に、目覚めてからの道中でオレにはずっと違和感がある、気がする……
──いや、今考えることはそんなことじゃない。
理由がどうあれこんな所で立ち止まっている時間なんてない。
このままじゃ勝てないなら、もう何度でも進化し続けるだけだ。
今までも、これからも。
「この程度でつまずいていられるかぁ!」
自分を奮い立たせる咆哮と共に、オレは敵へとこの身一つで突っ込んだ。
数時間後。日没とともに森が闇に呑まれていく時間帯。
あの後なんとか一匹のバトルモンキーを倒したオレは、周囲の樹上から降りてきた増援に苦戦しながらも、経験を駆使して戦い続けた。
「ハァハァ……これで終わりだ!」
「ギャッ……」
もう振り下ろす力も残っておらず、馬乗りになった何匹目かも覚えていないバトルモンキーの体に刃を真下に突き刺す。
その胸に押し込んだ刃で最後の一匹を倒した。
「レオくん。今日はもう帰りますけど、いいですよね?」
「そう、だね。今日はもう遅いし帰ろう」
気持ちはまだ少し粘りたいと反発していたが、鈍重になった体はもう限界だと悲鳴を上げていた。
それに今日はもう暗い。
ボロボロの体とモンスターが活発化していく時間帯。
これ以上の戦闘は危険なだけだと自分に言い聞かせて、オレはネクの問いかけに頷いた。
ネクが笑いかけながら、腕を差し出す。
「ご苦労様です。最後の方はだいぶ良くなってましたよね」
「ありがとう。でも、あれじゃあいつか死ぬ」
手を借りて立ち上がったオレは苦笑いしかできなかった。
あれを良しとするにはあまりにもお粗末だったから。
けど、それが今のオレにできる戦い方なんだということも痛いほど思い知った。
(おかげで全身、痣だらけだよ)
傭兵か……
誰かの為に戦いたいなら、この程度の強さじゃ全然足りない。
これは生き返っても、まだまだ死に物狂いで頑張らないといけないな。
「その体では歩くのも大変でしょうし、おんぶしましょうか?」
「え、それは当然のようにいやだな」
「えー困りましたね。おんぶが嫌となるともう抱えて運ぶ以外に何か良い方法なんて思いつかないですし……」
「あの〜普通に肩を貸してくれるんじゃだめなの?」
オレの当然の提案に、ネクはものすごく渋い顔で唸る。
「う〜〜ん。では、それで手を打ちましょうか」
「なんか分かんないけど、ありがとね」
一体何が不満なのかよく分からないけれど……ネクの譲歩にとりあえず礼は言っておく。
「はい。じゃあ支えますからピッタリくっついて下さいね」
オレはネクの肩を借りて、木々の揺れる葉の音と遠くから甲高い獣の鳴き声が耳に届く帰路を少しずつ歩いていく。
「ごめん。面倒かけて」
「どうしたんですか、突然」
「いや早く強くならなきゃいけないのに、このザマだし」
自虐混じり笑うオレをネクはキョトンとした顔で見る。
「レオくんってプライドが高いんですね」
「いやそんなつもりは」
ない、と言おうとした声は、ネクの言葉によって遮られた。
「でも、わたしは戦力のためにレオくんに生き返ってもらったわけではないので、そんなこと気にしないでください」
「いやでもオレって剣くらいしか取り柄がないだろ?」
「いいえ。レオくんがやめたいなら、いつでも戦いなんてやめていいですよ」
「それだと護衛として役に立たないんじゃ……」
「それならそれで、次はわたしたちを守ってくれる人を雇えば良いだけですよ」
「それじゃあ、オレの居る意味ってなくない……?」
オレの疑問に、ネクが肺を空にするように重苦しいため息を吐き出す。
「はあ〜〜〜〜」
「???」
「レオくんが居る意味なんて、君という存在以外になくていいんです。わたしはそれ以外なにもいらないんです!」
至近距離でそんなことを言われ、オレは面食らってしまう。
「……ネクってほんと物好きなんだなぁ」
「はい、最古参ファンですからね!」
勇者なら分かるけど、ただの剣士にここまで熱心になるなんて。
「ならまだ頑張ってみるよ。オレに剣以外の取り柄なんてないからね」
「レオくんがそうしたいのなら、わたしは全力で応援します!」
「うん、期待に応えられるように頑張るよ!」
こんなにも慕ってくれてる人がいるのに、自分の唯一の取り柄も発揮出来ないままなんて、さすがに冒険者として格好がつかない。
せめて、ネクが自分の護衛を任せられるくらいにはならないとな。
そうこうしているうちに森を抜け、オレたちの視界に村の明かりが見えてきた。
「じゃあ宿に戻ったら回復魔法をかけてあげるので、もう少し我慢してくださいね」
「え、ネクって回復魔法使えるのか!?」
驚きで思わず大きな声が出てしまった。
「はい、もちろん。一応、シスターなので一番の得意分野ですよ」
ネクは綺麗な青い瞳でオレを見て、当たり前のことのように言ってくる。
「じゃあ敵から離れた所ですぐやってくれよ!」
それができるなら負傷者を連れてモンスターが生息する森を抜ける必要とかなかったじゃん!!
「ごめんなさい。こうしていれば自然に触れ合っていられると思ったら、まだいいかなって」
「良くないだろ!」
そんなくだらない思惑の為に二人の生存率を脅かすな! もう、バカ!
「そ、それにネクもずっと肩を貸してたら疲れるだろ?」
「え、全然」
それは真顔で即答された。
「あっそうですか」
でもたしかに。宿屋の部屋でも思ったけど、ネクって見かけによらず結構、力ありそうなんだよな。
教会のシスターにしては珍しいと思うけど……
夜の街道を歩くオレは周囲を確認して提案する。
「なら、もうここで治してくれないか? 暗くなってきて人も通らないだろうし」
「どうしてですか? あと十分も歩けば、清潔なベッドの上で治癒できるのに」
「護衛のくせに女の子に肩を借りてるの村の人に見られるのはちょっとな」
「今は一応、兄妹という設定なので大丈夫じゃないですか」
「それが妹っていうのが、余計に情けなく見えるっていうか……ね?」
「むぅ〜! なんですかそれ、わたしたち同い年なのにおかしいですよ!」
「いやそうかもしれないけど……」
ああ、そうだった。前パーティーメンバーのルナとも、出会ったばかりの頃はこんな話題でよく揉めたっけ。
「もうこうなったら意地でも部屋まで治しません!」
「ちょっ、待って! ならせめて自分の足で歩かせてくれ〜」
「ふんっ。怪我人のお願いなんて聞いてあげませんよーだ!」
「えぇ、オレはなにを間違えたんだ……?」
その後、ムキになったネクと宿屋の部屋まで肩を組んだまま歩き続けた結果。
翌日から村の人たちのオレを見る目が少しだけ変わっていた気がした。