一章『命の恩人+ストーカー=好感度振り出しに戻る』④
宿屋の受付から隣の部屋に移動し、オレとネクは一階と二階に二つずつ部屋の扉が見える広間に出る。
ネクが鍵の番号を確認して階段を上がり。通路一番奥の部屋に向かう。
そして二◯二号室の部屋の前で立ち止まり、扉を開けて中に入った。
それに続いて、オレも中へと入る。
──ガチャン。
「?」
オレが部屋の中に入り、奥へと進もうとすると。
先に入って扉の近くに立ったままだったネクがいきなり扉を閉めて鍵をかける。
「ハァハァ……やっと二人きりになれました」
「──なっ!?」
嫌な予感がして振り返ろうとするオレに、息の荒くなったネクが背後から抱きつく。
「ちょっ!?!? なにしてんの!」
体が密着し大きな二つの膨らみが背中に押しつけられ、服の下で形が変わる感触がダイレクトに伝わってくる!
混乱して思考がまとまらないオレの耳元でネクが甘い声で囁いた。
「あんまり大きな声は出さない方がいいですよ? 隣の部屋に泊まっている人や店主に聞かれたら不審に思われちゃいますから」
「そ、それはオレにとって好都合だろ」
「兄妹でこんなことしてる所を見られたら、怪しまれて色々詮索ちゃうかもしれませんよ?」
「くっ!」
そうだった。
今のオレは被害者でも加害者でも正体が割れるのはマズイんだった……
「それにもし上手く助けを呼べたとして、なんて言う気なんですか」
「そりゃあ、ありのままを伝えるよ」
「わたしに乱暴されたから捕まえてとでも? それでどうやってレオくんは旅を続けるんですか」
「っ!」
ネクの言う通り。
今ここでネクが衛兵なんかに捕まったら、オレはネクから離れすぎて気を失うか、牢屋の付近に縛られ続けるかの二択。
それも、今のオレがもっとも避けたい事態だった。
「さっきから、ずいぶんと計画的だな!」
あの小屋で目覚めた時に大人しく離れたのも、周囲に人間がいた方がオレの行動を制限できると判断してのことだろう。
「レオくんはこうでもしないと大人しくしてくれないと思ったので」
「もうなにがなんだか分からないけど、一体なにが目的なんだよ!?」
ここまでして拘束するということは、やっぱりネクにはなにか目的があってオレを生き返したのだろう。
それがどういうものかは分からないけど、悪事でなければオレとしても手を貸してあげたい。
抱きしめるネクが、オレの問いに沈黙する。
顔が見えないオレには今の彼女が策の成功にほくそ笑んでいるのか、罪悪感に胸を痛めているのか、判別できない。
そんな、じっと次の言葉を待つオレにネクがゆっくりと口を開く。
「え、なにって……これですけど?」
「──は?」
答えの意味を理解できず、オレは一瞬固まる。
その様子にネクが抱きしめる力を徐々に強めながら、大切なことのように言葉を続けた。
「わたしは少しの間レオくんを抱きしめて体温と感触、それから匂いを感じさせてくれれば、それだけでいいんです……」
そう言う彼女がとても満たされた笑顔をしていると言うことは、顔を確認しなくとも察することができた。
ネクはきっと、悪い奴ではないんだろう。
「でもなんでそんなことのために、こんな手の込んだことを……?」
「えっそれはつまりGOサインが出たと受け取ってもいいんですか!」
しかし、嬉々として尋ねてくるネクにオレは確信した。
ネクは、オレが知っているのとは違うタイプの危ない人間なのだと。
「オレ、ネクより盗賊に寝込みを襲われた方がマシそうだよ……」
「ふふっ、ひどい言われようですね」
「事実だろ!」
「えへへ〜、それでもいいです。レオくんはもうわたしのものですから」
この子、一々発言が怖いというか危ういというか、聞いてると色々不安になるなぁ。
まあ今のオレたちの立場的に間違ってはいないんだけど。
「あの〜あとさ。さっきから思いっきり当たってるから……」
「ん?」
「もう少し離れてくれると助かる」
そこでオレはとうとう口にしたくなかったことを申し出る。
あ、言ったそばから死にたくなってきた……
「レオくん、意外と可愛いことを言うんですね」
「ああ、もうどう思われてもいいから頼むよ……」
オレの尊厳とかもうちょっとしか残ってなさそうだし。
「でも、ダメです」
「なんで!?」
「それだとわたしがレオくんを堪能できないのでっ」
ネクがさらに強く、むぎゅうっと抱きしめる。
どうやらオレの尊厳はすでに残ってはいなかったらしい。
これ以上なにを言っても無駄そうなネクに、オレは感覚に限界まで無頓着になって投げやりに言う。
「もう好きにしていいから、早いとこ解放してくれ……」
「好きにしていい!?!?!?!?」
直後。感情が異常に高まる彼女の様子にすぐに失言だと気づき、
「違う違う違う、ハグな! ハグならいくらでも構わないから早く終わらせてくれってこと!」
急いで自分の発言を訂正をする。
「わかってます。ただ……」
「ただ?」
もう嫌な予感しかしない言葉に聞き返す。
「女の子をその気にさせると後戻りは出来ないものなので、これからは迂闊な発言には気をつけてくださいね?」
「まっさかぁ、あんまり脅かさないでくれよ」
「ふふっ……」
その言葉にネクは否定も肯定もせず、ただ笑うだけだった。
その後。
断ると長引きそうだったので言われるまま正面から抱きつかれる。
「あーイイ! イイですっ! この感触を、この温もりと香りを感じるためにわたしの人生はあったんです! そのために生きてきたんですっ……!」
「……別に感想は心に留めておいてもいいんだよ?」
オレより少し背の高いネクはわざわざ屈んでまで、オレの胸で顔をスリスリしつづけ、それから数分は放してくれなかった。
「はぁ、幸せ……」
「そ、そっすか」
はあ、もっと他にやりたいこと見つけてくれ……