六章『剣師(ソードマスター)』⑦
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満身創痍で立ち上がった体から、血が染み込み穴だらけになったボロ布の服がずり落ちる。
ボロボロの体でオレはネクが背後から投げてくれた剣を受け取る。
「はぁ、はぁ……」
「貴様、何故生きているッ!?」
渾身の一撃を喰らってなお立ち上がるオレに、オーガが驚愕に目を見張る。
「めちゃくちゃ痛かったけど、なんとかね」
厳密に言うと生きていないから衝撃で気を失ったけど死にはしなかった、というのが正しいみたいだ。
その代わり、代償で敵の必殺の一撃をもろに喰らった全身が悲鳴を上げている。
身体中を激しい痛みが絶え間なく襲う。
骨はかなりの数折れているし、出血も止まる気配がない。
なのに、体は紙一重のところでまだ動く。動かせる!
(やっぱりゴブリンの洞窟で薄々気づいてたけど……)
あの時、どんなに肉体の限界を感じようと心につき動かされて限界以上に動けていたし、ネクが蘇らせてくれてから体の調子が良すぎたのも、無我夢中で深く考えていなかった。
けど、今それが確信に変わった。
オレはもう死ななくていいんだな!
もう二度と、守りたい人たちを残して倒れなくていいんだ。
それだけでネクには感謝してもしきれない。
こんな状態だってのにオレは全身が大きく脈打つような感覚に高揚感を抑えきれずに、たぶん笑いながらオーガを見た。
「さっきので確信を得たよ」
「何をヘラヘラしているのか知らんが、何度やっても同じことだ。貴様の剣では俺様の心臓には届かんっ!」
「いいや、次は斬れる」
「そんな切り傷程度しか付けれぬカミソリに恐れる武人などいるかあ!」
「カミソリか。まあ否定はできないかな」
さっきオーガの首を斬ろうとした時にわかった。
今のオレでは、真の全力を出し切っても切断までには絶対に至らないだろう。
だけどこの体で動き回ってダメージを与え続けるのは、もう難しい。
勝利を掴むなら、大きな一撃で決めないと!
「ならば、何度でもその身に貴様の死を叩き込んでやる!」
大地を揺るがすような衝撃で地を蹴ったオーガが先程と同じように、夜空を背負いながら拳を振り下ろしてくる。
「さすがにもう受けたくはないね!」
もう一撃でも喰らったら、たぶん動くのは無理そうな気がする。
一歩、最小限のステップをするだけでゴリゴリと命を削られているような満身創痍の体へ、オーガが何度も拳を打ち下ろしてくる。
「ふはははは、どうしたどうした! ちょこまかと動き回って、さっきと同じではないか?」
「くっ!」
「その様子では貴様の悪あがきも長くは持ちそうにないな!」
ギリギリの所で避け続けるオレは敵の言葉を認めて、最後までしないつもりだった。
ネクへ手助けを求める。
「ネク、力をくれ!」
「はい! 〈マッスルアップ〉」
後方で祈りを捧げていたネクは持っていたかのように即座に唱えた。
即座に補助魔法が効果を及ぼし、オレの全身に時間制限ありの筋力ボーナスが付加される。
「小癪な真似を!」
次にオーガが叩きつけた腕をオレはなんなく避け、風圧を生む太い腕を、今までと同じように斬りつける。
「ヌゥッ!?」
さっきまでと違うのは、噴き出す鮮血がオーガへのダメージの大きさを物語っていること。
よし、これならいける!
「カミソリが包丁くらいにはなったかな?」
「舐めるなぁ!!」
一発。盛大な一撃を叩きつけたオーガは、
「グォォォォォォォォォォォォ!」
咆哮と共に天を仰ぐ。
体を盛大にのけぞらせて、肘を曲げ、両腕を広げて構える。
深く息を吸い。これから始まる怒涛の準備を整える。
そして、怒れる大鬼から乱れ打つ拳の雨が降り注ぐ。
「ガァァァァァァァァァァァァ!!」
怒り狂うオーガの避けて斬る暇も無く、次の攻撃が飛んでくる猛攻に、オレは回避に集中せざるを得なくなる。
その威力は絶大で、数秒のうちに足元は投石から岩でも飛んできたかのように地面が凸凹になっていく。
足元の悪くなっていく中、オレは頭上から迫る太い腕をギリギリのところで避け続ける。
でも、なにかおかしい。コイツは当たるまでこの連打を続けるつもりか?
オレが避け続ければ、いつか自分の息が上がって大きな隙を晒すことになるのに……
「終わりだぁ!!」
そこで見下ろすオーガがピタリと連打を止め、繋いだ両腕を振り上げてニィィと口角を吊り上げて笑う。
「!?」
その笑みで気がついた。
足元のやわらかい、さらさらと滑るような感覚に。
見れば、オレの立っている周囲の地面が陥没して、アリジゴクのような小さな円形の砂場が出来上がっていた。
「避けれるもんなら、避けてみろ!」
砂の斜面を振り返って走るには時間が足りない。
それに直撃を避けたところで、大規模の衝撃を完全に防ぐことはできないだろう。
なら、進むべき道はただ一つ!
両腕を振り上げ、上半身を逸らしてトドメの一撃への力を溜めているオーガの足の間に、オレは姿勢を低くして飛び込む。
「ふっ!」
「背後に逃げるつもりか? 何処に行こうが同じことの繰り返しだあ!」
「逃げるんじゃない。終わらせるんだ!」
オーガの股の下から背後に回った瞬間。
「はぁっ!」
振り返りざまにオーガの足首の腱を切り裂き。もう一方の足首にも剣を振るう。
「グッ!?」
足に浅くはない傷を負ったオーガが痛みにうめく。
「ネク、光を!」
「え……はい!」
オレの声に一瞬戸惑ったネクは、けれどすぐにオレの意図察して頷き。
祈りの姿勢を取った。
ネクが魔力を練り上げて、足元から聖なる光が溢れ出す。
「一対一で、なんてわたしたちは一言も言ってませんからね!」
「なんだとっ!?」
背後のオレに視線を落としていたオーガの不意をついたネクが接近に。
慌てたオーガは攻撃の構えを解いて、ネクの大威力の聖属性魔法を警戒して振り向く。
飛び上がったネクはオーガの顔の前で唱える。
「〈ホーリースパーク〉」
そのモンスターに有効な聖職者だけが放てる光を浴びるオーガには全くダメージが無かった。
でも、それでいい。
オレの意図を正しく理解したネクの『閃光』がオーガに痛みを与える必要は無い。
「ヌゥ!?」
オーガの顔の至近距離で、光の魔法が大きな光量を以って炸裂し、
「ぐあぁぁぁぁ!? 目がぁぁぁぁ!」
あまりの眩しさに残された片目を押さえたオーガが体勢を崩した。
上半身をのけぞらせたオーガは、腱を痛めていて踏ん張ることが出来ずに、そのまま背後に倒れそうになる。
「オレの力では斬れなくても、オマエ自身がオマエを斬るのに手を貸してくれる!」
オレは敵のぐらついた背中へ、体を捻りながら飛び上がる。
「まさか!? 貴様、ここまで計算していたのか!」
「斬れないものは、斬れる方法から探すだけだ」
魔法で増した筋力も上乗せして、獲物を仕留める獅子のごとく。
オレはオーガの首へ、回転斬りをぶち当てた!
「……ふっ」
「くっ!」
しかし、それでもまだ……
「フハハハハハハハハ! どうやらそれでも足りなかったようだなぁ!」
刃がオーガの分厚い首の皮膚の表面に沈んだところで動きが鈍ってゆく。
オーガの高笑いを聞きながら、オレは柄を強く握り締めた。
「このまま踏み潰れろォォォォォォォォ!!」
回転斬りの勢いがほとんどなくなり、オーガの体に押し戻させる。
倒れたオーガの体に踏み潰されれば、今度こそオレの肉体は動くことができないかもしれない。
オレが負けたら、今度は村人たちの命が狙われるだろう。
そうなればオレはこの体を以てしても、また世界どころか小さな村も救えないことになる。
緩やかに下降し始める視界の隅に、オレの勝利を信じて祈るネクの姿が見えた。
瞳を閉じ、最後までオレの勝利を信じて祈りを捧げてる仲間の姿が。
だから、
「奥義発動!」
もうあの日のようにはならない。
オレは今日ここから勝利する!
意志に応えて、剣の柄を握る右手の空色の勇者魂が眩く輝き出す。
オレの奥義。
それはもちろん、一撃に全力を乗せて放つ。
全ての剣士が一番最初に覚える下級剣士の奥義。
「〈超全力解放〉」
──その派生技。
「【ウィンドミル】!!」
闘気が刃を包み。威力を増大させた剣で止まりかけていた空中回転斬りを断行する。
「そんな雑魚どもの技ごときでこの俺様がぁぁぁぁ!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
刃が白く輝き刀身が増大した宙に向かって振り抜いた剣が──ついにオーガの分厚い首をついに切り飛ばした。
手元にかかっていた重さが消え、オレは回転の勢いを連れて星の瞬く夜空に浮かび上がる。
黒いモヤを出して倒れたオーガの体が大きな音と振動を起こした後。
オレは奴の首と同時に地上に着地した。
その瞬間。込み上げる実感と勝利の余韻に打ち震え、
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
オレは満月に吠える人狼のごとく夜空を見上げ、剣を握った光が明滅を繰り返す右手を突き上げて歓喜の雄叫びを上げた。
ネクはただその姿を満足そうに見守ってくれていた。
その後。部隊長を失ったオークたちは逃げ出して行き。
残されたオレと倒れたオーガの亡骸を眺める村人たちは信じられないもの目撃したように固唾を飲んで見守っていたが……
やがて周囲から割れんばかりの歓声が沸き起こった。
「っ?」
我を忘れて達成感に浸っていたオレは不意打ちを喰らい。
驚いて首をすくめたオレの元に口々に賞賛の声をかけてくれる村人たちが集まる。
「すげえぞ兄ちゃん、一人でオーガを倒しちまうなんて!」
「まったくだわ! 私たちは明日から奴らに怯えなくていいのね!」
「おにいさん。まるで本当の剣師さまみたいだったよ!」
「そうでしょうそうでしょう。わたしの兄はすごいんですから!」
ネクが胸を張り、誇らし気にオレの戦果を自慢する。
それを気恥ずかしく思い、
「剣師みたいって、オレはただの剣士だよ」
オレは周囲の声が落ち着くようにそう言った。
「何言ってんだ剣士の兄ちゃん」
「?」
「だから、だろ」
しかし、それを聞いた村の人たちはオレのことを少し呆れたように温かい瞳で見つめる。
「剣師は三年前。魔王城で命を落とすまでの生涯を職業剣士で貫き通して戦い抜いた剣を振るう者にとって最も偉大な剣士の呼び名だろ?」
「えっ、ああ。そっか、そうだよな……」
「剣士のくせに、剣師のことをド忘れするなんて変わってるなあ」
「ははっ……ほんと気をつけないと」
過去の自分を大層な名で語られるっていうのは、やっぱり少し慣れないな。
それに少し申し訳なくもなる。
「よかったですね、兄さん。人気者じゃないですか」
「ああ、なんかそうみたいだな」
オレは剣士以外できる気がしないから変えなかっただけだんだけどなぁ。
魔法も盾なんかも試してはみたけど並行して扱えるほど器用じゃなくて。
全部中途半端になるくらいなら、剣だけを磨いた方がパーティーのためになると思っただけなんだよな。
けれど剣師の真実なんて知る由もない村の人たちは、モンスターの恐怖から解放されたこの日を大いに喜び、分かち合っている。
「剣士のにいちゃんのおかげで村が平和になったんだ! 今夜は宴だ!」
「おうよ! 久しぶりに帰ってきたんだ。お前ら、朝まで呑むぞ!」
「「おう!」」
盛り上がる村の男たちの活気を眺めていると、彼らが一斉にこちらを向く。
「と、その前に……」
「え、なんだなんだオレになにをする気だ!?」
「野郎ども、村を救った剣士の兄ちゃんを胴上げだー!!」
「「おおー!」」
村の男たちに囲まれ、断る暇もなく担ぎ上げられて宙高く放り上げられる。
その高さは中々のもので、不安定な体勢で繰り返し空中に投げられるのはかなり怖かった。
「よ〜し、このまま酒場に行くぞぁ〜!」
「「おおー!」」
「あ、おい!」
オレを担ぎながら走り出す集団に焦って声をかけるが、楽しげに大声で騒ぐ男たちの耳には届いていない。
「え!? ちょっ、ちょっとみなさん待ってください!」
それを眺めていたネクが遅れて声をかけるが、村人たちに担がれたオレとネクの距離はどんどん離れていき──。
慌てて追いかけるネクの姿を見ながらオレは意識を手放した。
「あれっ!? 剣士さんが気絶してるぞ!」
「怪我人なのに乱暴に扱いすぎたか!?」
「おい、しっかりしろー!」
「一旦、ベッドまで運ぶぞ!」
「あらら……まあいっぱいがんばりましたし、お疲れさまです」




