一章『命の恩人+ストーカー=好感度振り出しに戻る』②
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「お目覚めですか?」
「なんかこの景色さっきも見た気が……」
またも膝の上で目覚める。
今度は上半分ほどを遮られた視界で天井を眺めていると、覗き込むネクの逆さまの顔が飛び込んできた。
「レオくんがわたしの話を最後まで聞かずに走り出しちゃうからですよ」
「うぉっ!」
「?」
至近距離で見つめられて咄嗟に瞳をそらすオレに、ネクが不思議そうにまばたきを繰り返す。
「ご、ごめん。この体じゃすぐには行けそうにないし話っていうの聞かせてくれないか?」
「どちらにしても、聞かないと行けませんよ」
まあ聞いても行けるとは言ってませんけど……とネクが小声でつけ足した。
「それってどういう……?」
「単刀直入にいいます。今のレオくんはわたしから離れることはできません」
「離れることができない?」
「はい、絶対にです」
「それはあれかキミが聖女だからか? 怪我人が心配なのはわかるけど、オレには命に代えてもやらなくちゃいけないことがあるんだ。だからこんなところで」
「だ〜か〜ら、まだ言わなくちゃいけないことがあるんです!」
「いやでもっ!」
「でもじゃありません!」
「おっと!?」
自分の膝の上から起きあがろうとするオレの頭を、ネクがワガママな子供を引き止めるみたいにぐいっと押さえる。
「まず今からレオくんが魔王城に向かっても意味はありません」
ネクはそれをはっきりと言った。
「意味はないって、そりゃあ今から向かっても仲間は助けられないかもしれないけれど……」
分かってるよそんくらい。ちょっとは遠慮しろよな。
魔王城から魔王軍侵略域の外までの距離を考えれば、石化したオレを連れての徒歩なら十日以上は経っているだろう。
さらに向かうのにかかる日数を加えたらオレでも、もしもなんて希望はない。
でも、
「今度こそ、オレも使命を全うできるかもしれないだろ」
そうさ。勝てる勝てないの話じゃない。
今度こそあの場所で、仲間と同じ場所で、最後まで戦い抜くことができればそれでいいんだ。
オレはできる限りの真剣な眼差しでネクに伝える。
しかし、ネクはすごく苦しそうな表情で首を横に振った。
「違うんです。わたしは酷い意地悪を言ってるんじゃないんです。いえ、もしかしたらこっちの方がもっと酷いことかもしれませんが……」
ネクの悲痛な声に、オレは覚悟を決めて尋ねる。
「……聞かせてくれ」
「この世界はレオくんが死んでしまってから、もう三年の時が経っています」
「──え?」
が、告げられた言葉は想定などいとも簡単に超えてみせた。
死んだ? 誰が、オレが?
聞き間違いじゃないよな。ネクは今、オレが死んだと言ったのか。しかも三年前だって?
じゃあ今ここにいるオレは……
「いやそっか。あんな最期だったんだ死んでてもおかしくはない、よな」
つまりネクの膝の上で彼女の顔を眺めているオレは……
「いまだ無念を晴らせていない幽霊ってことか」
「いえ違いますよ」
ネクが即否定する。
「あれ、違うの!?」
シリアスに言っちゃった分、余計に恥ずかしいんだけど!
「違うに決まってるじゃないですか、なんでわたし幽霊に膝枕してるんですか。そんなの頭おかしい人じゃないですか」
「そっか、そうだな」
そう思ってたとは言えなかった。
あれぇ〜じゃあなんでオレ今ここにいるんだ。余計に分からなくなったぞ。
「それで死んでしまったという件ですが……」
「う、うん」
幽霊でもアンデットでもないなら、一体今のオレはどういう状況なのだろうか。
「わたしがちょっと死霊術で蘇らせたので、今のレオくんは幽霊ではなく生きた死体となっています」
「頭おかしい人だ!!!!」
「わあ!?」
急に大声を出したオレにネクが体をのけぞらせて驚いた。
目の前で叫んだのは申し訳ないけど、叫ぶのも無理はないだろう。
こんなこと聞かされたら誰だって騒ぎ出したくもなる。
「なに「気分で♪」 みたいなノリで生き返してんの? しかも死体に膝枕って、ちゃんと異常者なんだけど!?」
「いえいえ、死体じゃなくて“生きた”死体ですよ?」
「ごめん。違いがまったく分からないしキミの異常性がオレの中で一ミリも変わってないんだけど」
生きた死体ってようはアンデットじゃないのか。
それに軽い調子で生き返した怪物に膝枕するのは、オレの一般的な感覚では変態とかいうレベルじゃないぞ。
「もうっ最初に言ったじゃないですか、心臓は動いてるって!」
「──っ!?」
言った。たしかに彼女はそう言っていた。
というか今も女の子の膝の上にいることで、少し速い鼓動が脈打っているのがはっきりと分かる。
「これは少し特別な死霊術なんです。なので今のレオくんは一時的に生き返っていると言ってもいいでしょう」
「そんな凄い術があったのか……!」
ネクがヤバい奴という評価は揺るがないけれど。
オレは魔術師のゴードンからも聞いたことが無い、そのとんでもない術に素直に驚いていた。
「実際にやるのは初めてだったんですが、成功してよかったです」
「ぶっつけ本番だったんだ……」
これほどの術を失敗した時のリスクとか、正直考えたくもないな。
「まあまあ。というわけで今から魔王城に向かっても敵は一匹を除いて万全の状態ですし、向かうとしてもかなりの準備と仲間が必要だと思いますよ?」
「なるほど、な」
たしかにオレはネクが他にどんな魔法を使えるのかも知らない。それにネクを戦力に数えたとしても、常にネクを守りながら魔王城に向かうには戦力が心許ないだろう。
仲間を探すとなると少し寄り道をすることになるな。
ならばしばらく一緒にいることになりそうな目の前のシスターに、これだけは聞いておかなくてはならない。
体を起こし、オレは正座をしているネクに向き直る。
「でさ、ネクの目的はなんなんだ?」
「ほえ?」
「とぼけるなよ」
可愛い顔で首をかしげて誤魔化そうとする凄腕の死霊術師さまに、オレは首を振って話しを続ける。
「魔王討伐一歩手前まで行ったパーティーの剣士を、たぶん危険を冒してまで生き返したってことは、なにかオレじゃなきゃいけないワケがあるんだろ?」
言いたくないが剣士の死体なんてこの世界にはそこら中に存在するし、まして魔王軍侵略域ともなれば腕の立つ剣士の死体なんてごまんとある。
それを魔王軍侵略域の最奥。
魔王城近辺まで足を運んでまでオレを生き返したってことは、ネクにはそれだけ戦力が必要な理由があるのだろう。
「やっぱり、バレてしまいましたか」
「そりゃあね」
相当に隠し通せる自信があったのか、ネクは看破されたことに顔を赤く染めてそっぽを向く。
勇者パーティーとの最後の会話で次の仕事は傭兵かな、なんて言っていたけど、ネクが人間を生き返してまでオレに頼みたいことだ。
きっとそれ相応のことだろう。
この子が危険な人間じゃないのなら、力になってあげるのもいいかもしれないと思ってしまっている。
オレの真剣な眼差しに、視線を泳がせていた顔を真っ赤にしたネクはこっちを真っ直ぐ見つめてポツポツと喋り始める。
「あなたじゃなきゃダメに決まってる……!」
「ああ」
ネクは意を決して言う。オレを生き返したその理由を。
「わたし、レオくんの古参ファンなんです!」
「……え?」
「だから、わたしとずっと一緒に居てほしくてあなたをこの世に呼び戻しました!!」
「う、う〜ん?」
赤く染まった頬で歓喜に打ち震えるネクが、潤んだ瞳で理解が追いつかないオレの手を強く握る。
てゆうか、怖っ!! なに言ってるかわかんないけど、この子確実に動機がヤバいあぶない人だ!!
「あ、そうだ! でもオレ仲間を集めて魔王城に行かないといけないから、そのお願いは無理かなぁって」
相手を刺激しないように穏便にことを済ませようと、今かろうじて思いついた言い訳をするオレに、
「魔王城なんて危険なので行っちゃダメです!」
ネクがブンブンと首を横に振って否定する。
「いやダメとかじゃなくて、オレには使命が……」
「あ、そうだ。大事なことを言い忘れていました」
「え、まだなにかあるのか?」
「この術、わたしから約半径二◯メートル以内でしか効果が持続しないので、レオくんはそれ以上離れると死にます」
「マジで!?」
「マジです」
じゃあ離れられないのってネクの術のせいじゃねえか!!
「ってことは、オレはキミと一緒じゃないと少し遠くの武具屋に剣の整備に行くのも、世界の果てにある魔王城に向かうこともできないってことか……?」
「ええ、そうですね」
ネクは当然のように頷く。
「ちなみに一緒に行ってくれっていうお願いは?」
「却下に決まってるじゃないですか。わたし、魔王とか世界とかどうでもいいですから」
どうでもいいって……こいつ、言い切りやがったよ。
「参ったなあ」
諦める、のは簡単かもしれない。どうせ一度は死んだ命だ。
ここでオレがこの子を振り切って死んだとして世界の行方なんて変わりはしないのかもしれないし。
あ、でも違うのか。だって、それはさっき試したじゃないか。
結果は、彼女の膝の上で目覚めるだけだ。
アレ、これ詰んでない? すでにオレに選択肢なくない?
「わたしは参りませんし、勝ち誇りません。ただ安心してください」
「今のところキミに安心する理由が、オレには一つもないんだけど?」
その発言を無視して、彼女は涙ぐみながら嬉しそうに無邪気な笑顔を向けた。
「レオくん! これからはずっと一緒です……!」
「──!」
恐怖や絶望を抱くのがベターなこの状況。
それなのにオレは、不覚にもネクの少女のようなあどけない笑顔に見惚れてしまったのだ。
「大好きですっ!!!!」
「なっえっちょっ!?!?!?」
突然、飛び込むように抱きついてきたネクに混乱したオレの言語能力がエラーを引き起こす。
その後。抵抗の意思を見せるネクを体から引き剥がすのにすごくすごく苦労した。