六章『剣師(ソードマスター)』②
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「夕食の時間だぞ。集まれグズ共ー!」
ゴブリンの巣穴になっている洞窟の中で、それをつるはしで広げている奴隷が少し広い空間に集められる。
そこではオレとさっき会った村の男の他に、七人の人影が集合をかけたオークの前に列を作っている。
「ここがさっき言ってた休憩所だよ」
「へえ、休憩なんてあるんだね」
モンスターの奴隷なんてどんな酷い作業環境かと思ったけど、意外に作業者のことを考えているのかな?
「毎日十分の食事休憩が朝、昼、夕の三回だけな。あとは交代制で就寝だ」
「ごめん。やっぱりクソ以下の場所だな」
なんて思ったけど、やっぱりクソだった。
「シッ、前のオークに聞かれるぞ!」
「おら、食ったらさっさと働けよ。てめえらの村の連中が八つ裂きにならねえようにな! ブッヒッヒッヒッ」
列の先でカビの生えたパンを一人に一つだけ手渡しているオークが吐き気のする不快な声で俯く人間たちを嘲笑う。
そうこうしているうちに列は進み。
オレの番が来た。
「ほら夕食だぞ。遠慮せずに食えよ、クソ傭兵」
「ああ、ありがとう。それと一つ頼みたいことがあるんだけど、いいかな?」
「駄目だ。奴隷風情が飼い主の許可なく意見なんて言っていいわけねえだろボケ」
「そっか。まあどっちのせよ……短い間だったけどオレ奴隷やめるわ」
「は?──ガバァ!!」
オークが疑問の表情を浮かべた、次の瞬間。
オレはモンスターの前腕の骨で作った短剣で喉元を掻っ捌く。
倒れたオークが黒いモヤを出し、右手の勇者魂が経験値を吸収する。
「ウワァァァァ、奴隷が暴れ出したぞ!?」
「早く他のオークを呼びに行こう! おれ達じゃ手に負えねえ!」
上司がやられるのを見て、その場にいたゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように洞窟の他の通路へと走り去って行った。
「おい、新入り。いきなり何してんだ!?」
「あいつ、さっき連れて来られた新しい奴隷か?」
「村の人間じゃないけど、なんでここにいるんだ……?」
「勇者魂? しかも今オークを一撃で倒してなかったか?」
食事を取ろうと長机に座っていた村から連れて来られた男たちが、目の前の出来事に驚いてざわめき立つ。
「聞いてくれ」
「ひっ!」
顔に返り血を浴びたオレが振り返ると男の一人が小さな悲鳴のような声を上げる。
「みんなでここから脱出しよう。オレは村からアンタたちを助けに来たんだ」
「こうなった以上、どの道ここから逃げないとみなさんもただでは済まないと思います。大人しく兄について来てください」
オレの提案にネクが付け足す。
「いや確かにそうなんだけどよぉ……」
ここに案内してくれた、この中で一番若そうな三十歳くらいに見える細身の男が渋々頷くと、他の男たちも目を閉じて黙り込む。
「兄さん。分かっていただけたようで良かったですね!」
「いやえーと、たぶんこれは……」
「「お前らが言うなっ!!」」
事態の元凶とは思えないものの言い方に腹を立てた男たちは一斉に声を上げた。
その指摘に返す言葉もないオレは、
「すいませんでした!」
綺麗なお辞儀で男たちの怒りを鎮めるために精一杯の誠意を見せる。
「もしかしてわたし、またなにかやっちゃいました?」
オレのその姿を見て少し申し訳なさそうな素振りしているネクは、ぼそりと呟いた。
♦︎
宵闇にの空、夜の帷が降りていく頃。
洞窟の出入り口横に建てられた小屋の中でくつろぐオーク達の元へ、
「すみません新顔の奴隷が暴れ出しました! 助けてください!」
焦ったゴブリンが扉を勢いよく開けて駆け込んで来る。
そんな手下に、オーク達はトランプを広げたテーブルに向きながら酒瓶を片手に答える。
「はあ? そんなのさっさとぶっ飛ばして黙らせて来い」
「そうだぞ。おれ達は忙しいんだ」
「おい、お前そのカード腰巻から出しただろ!」
「だっはっは!」
楽しげに高笑いをするオーク達。
しかし、その場にとどまっていたゴブリンはとても言いにくそうに口を開く。
「あ、あの……それが休憩所のオークさんが真っ先にやられてしまいまして、さすがにボク達では手に負えません!」
それを聞いて、オーク達の目つきがガラリと鋭い目つきに変わる。
「何? 同族がやられただと」
「は、はい……」
「チッ、おいお前ら! 新しい奴隷を止めに行くぞ。休憩は終わりだ」
「おーい、また勝ち逃げかよー!」
「ただの奴隷を抑えるためなんかに、本当におれ達まで出る必要あるのか」
「まあ仕方ねえだろ。これが部隊長に知られたらえらいことだぞ?」
「やっべ、そうだった!? 急いで片付けようぜ!」
オーク達は渋々席を立ち、仕事を済ませるために見張り小屋を後にした。
♦︎
「兄さん、次々と敵が集まって来ていますよ!」
「ああ、これでいい。あと少しなんだ」
洞窟内をオレが先頭を、ネクが後方を守りながら走る。
オレは立ちはだかってくるモンスターを骨の短剣で斬り伏せていく。
「わかりました。わたしは兄さんを信じます」
その時。後方の通路から声がする。
「いたぞ、あいつだ!」
「おいてめえ! 奴隷になった初日に暴動とはどういう了見だ、こらあ!」
「ゴブリン達、追え追え追えー!」
振り返るとそこにはオークとゴブリンの団体の姿が見えた。
「おい、傭兵さん。これ、本当に大丈夫なんだろうな!?」
「大丈夫だ。考えならある! それより、このまま一体ずつ相手にしてても埒が開かない。走ろう!」
「はい!」
「おぉい!? そっちは出口じゃないぞ!」
村の男の忠告を聞きつつ、洞窟内に作られた足場がぐらつく粗雑な木製の階段を登って上を目指す。
階段を登りきって、また狭い岩肌の通路に入る。
背後から迫る新手のモンスターの群れから逃げながら緩やかな斜面を登る。
そこで前方の分かれ道から雪崩れ込んできた大量のゴブリンの首を切り裂いて、駆け抜ける。
どうやら洞窟内のどこかに置かれたモンスターエッグが孵化らしい。
敵の数はまだ増えそうだな。
「……行き止まりですね」
その後も走り続けたオレたちが行き着いたのはこの洞窟の最上階。
掘削途中の行き止まり。
「みんな、後ろに居てくれ。ネクもオレの後ろに隠れて!」
「でも、あの数はさすがに……」
「オレを信じてくれ」
「はい。この世界で唯一信じる貴方がそう仰るなら、わたしはただ祈りを捧げましょう」
「おい、本当に大丈夫なのか!? ここに来るまでにさらにモンスターが増えてたぞ!」
「大丈夫」
オレはネクと村の男たちから少し距離を取った場所(ネクの死霊術の範囲内)に立ち、モンスターたちを待ち構える。
そこへドタドタと足音が近づき、斜面の下にゴブリンの姿が見えた。
「やっと追いついたぜ。ゴブリン共、やつらは袋のネズミだ! 串刺しにしてやれ!」
狭い洞窟の通路で小柄なゴブリンが三匹、隙間なく横に並んで、こちらに向けて粗悪な石槍を構えて隊列を組む。
「これで逃げ場はないぞ?」
「もう逃げる気なんてないさ」
「ほう、ならお望み通りここでくたばりやがれぇぇぇぇ!!」
整列したゴブリンが列を乱さず、一斉に突撃してくる。
オレは骨の短剣をもう一本取り出し、二本の短剣を構える。
「ここから先は一歩たりとも通さないぞ!」
一気に突き出される小さな槍を致命傷は回避しながら防ぎ。
水平に交差する二本の斬線が並んだゴブリンたちの首を飛ばした。
「怯むなっ、数ならいくらでも居るんだ! そのまま押し通せえ!」
斜面の下から聞こえるオークたちの指示が反響し、必死の形相でゴブリンたちが石槍を繰り出し続ける。
オレはそれを何度も、何度も、何度も、何度も、払いのけて数匹を刃で斬り裂く。
そんな攻防が十を超えたかという時、
「──がはっ!」
「兄さん!?」
ゴブリンの繰り出した切れ味の悪い一本の石槍が、とうとうオレの胸の中央にガラスの割れる音を鳴らして突き刺さった。
ゴブリンは一瞬、不審な顔をした。
けれど一匹の槍が刺さったの見て、横や一つ後ろの列のゴブリンたちも前に立つ仲間の隙間から石槍を伸ばしてくる。
オレの身に鋭く焼けるような痛みが続けて襲いかかる。
「ハッ! この量がぶっ刺さればさすがに助からんだろうなクソ傭兵!」
オークの勝ち誇った笑いを認めるように、オレの足元からは赤く濁った液体が大量に流れ、モンスターたちの足元を濡らして斜面を流れてゆく。
「はは、痛えっ……!」
激痛が体中を襲う中、オレが漏らしたのはそんな当たり前の声だった。
武器の練習用のかかしのように、体中に小さな石槍を突き刺されている姿は少し滑稽でもあった。
「あの出血ではもう長くはない。目も霞んで見えてもいないだろう」
「ケケケケケケケケッ、よくもおれ達の仲間をたくさん殺してくれたなあ!」
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
突き刺さった槍をぐりぐりと動かすゴブリンに肉の内側を切り裂かれ、オレはたまらず声を上げた。
「悲鳴!? おい、どうすんだよ! あの傭兵がやられたら今度は俺達の番だぞ」
「だからあんな奴の言うことを信じるなって言ったんだ!」
目の前の絶叫を耳にした後ろに避難させている村の人たちから不安に駆られた声が聞こえてくる。
後ろのネクは、それでも震えながらオレを信じて必死に祈っている。
「おらおらもっと苦しめぇ!」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「無様な傭兵、最後に何か言ってみろ!」
そんなオークの命乞い用に取っておいたセリフへ。
オレは全く降参なんてする気のない瞳で、
「──〈冒険者の種火〉!!」
胸に突き刺さった槍の柄の木の部分を掴み。小さな火種を生み出す冒険者たちの最低級魔法を唱えた。
ロウ・フレアは攻撃に使うには威力が乏しくて頼りない。
けれど、火種を大きくする工夫さえすればモンスターに火傷を負わすくらいのことは可能だ。
手の平から生み出る火が胸から溢れる液体に燃え移り、引火して大きな炎になる。
「こ、こいつ!? 流しているのは血だけじゃねえ!」
「オマエらのお楽しみの時間は、おしまいだ!」
体に突き刺さった石槍から、血と赤ワインのレッドカーペットが敷かれた床にも炎が燃え移って瞬く間に広がる。
「「ギャァァァァァァァァ!!」」
足元から自分たちを襲う業火に苦しむモンスターの絶叫を聞き。
その隙にオレはネクに振り返る。
「今からこの火の中に飛び込む」
「それよりまず兄さんの傷を治さないと!」
今もなお燃えている傷だらけのオレを見て、ネクが叫ぶ。
しかし、オレは首を横に振る。
「時間がない! それよりネクが火傷をしないように自分に魔法を使ってくれ、早く!」
今モンスターを焼く炎は決して致命傷にはならない。
奴らが不意打ちの衝撃と痛みに慣れる前に攻勢に出なければ、この作戦は無駄に終わってしまう。
「……わかりました」
頷くネクはすぐに魔力を練り上げ、魔法を発動する。
「〈アクアウェーブ〉」
「はっ、すごいな……ありがとう」
洞窟の通路内に波を起こしたネクの初級水属性魔法が、オレと通路とモンスターの炎を一度に全て消火した。
補助系魔法だけじゃなく、シスターが習う聖以外の属性魔法まで習得しているなんて……
一体、この子はどれだけの才能を隠しているんだろう。
味方であったことを嬉しく思う末恐ろしいネクから視線を戻し、
「それじゃ仕上げだ!」
火傷を負い、水の流れに足元をすくわれて体勢を崩したモンスターの群れに向かって地を蹴る。
「はぁぁぁぁ!」
前から順に一匹一匹の急所を正確に、斬って、刺して、オレは絶え間なく暴れながら斜面を下りていく。
「てめえ、一体何者だぁ!?」
最後尾で指揮していたオークの、最後の一匹に二本の短剣を交差させた斬撃を振り下ろしてトドメを刺す。
一瞬後。
亡骸だけが残る背後から大量の黒いモヤが右手の勇者魂に集まり。
満たされた空色の宝玉が光を放ち、点滅を繰り返す。
「また一つ、レベルアップですね!」
「いや二つ、みたいだ」
後ろからついてきてくれていたネクにオレは首を横に振った。
「えっそうでしたか? 動きが激しかったので見逃していました」
「いや感覚で解るんだ……」
右手にみなぎる懐かしい力が、オレに到達を知らせる。
レベル10。
下級冒険者が最初に目指すべき次の段階への一歩。
「でも、今のレオくんがこの場所の部隊長に勝てるかどうかは……」
オレの成長を目の当たりにしたネクは、それでも現状の不安を口にする。
確かにネクの言う通りだ。
部隊長を相手にするなら、最低でもレベル15以上の冒険者が二人以上のパーティーで挑まなければまず勝ち目はない。
「──勝てるよ」
「え」
けどオレは断言した。
「これを待ってたんだ」
今なら必ず勝機はある。
「行こう!」
「はいっ! 何処へでも着いていきます。レオくんの勝利を見届ける為に」
そのあと通路の斜面の上で待っていた村の人たちと合流。
火傷と傷をネクに治してもらってから、オレたちは洞窟の出口に向かって走り出した。




