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五章『勇者なき世界の姿』③

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「ウキャァァァァ!」


「ウホー!」


早朝から向かった森の奥でオレは血走った瞳のバトルモンキーや鼻息の荒いファイティングゴリラに襲い掛かられ、


「ふっふっ、ふん!」


「ウキャッ!?」


木々の間を駆け回り。頭上と前後左右から飛んでくるモンスターたちの追撃を交わしながら、隙だらけだったバトルモンキーを一撃で仕留める。


「ウッホォォォォ!」


「っ!?」


そこに斬ったばかりの死体ごと飛んでくる拳をかわす。


自分の背後の木が殴り倒されるのを横目に足を止めずに動き続ける。


この前は手こずったけど、もうこの森に生息するモンスターとは十分に戦える!


「レオくん、気をつけてください!」


「ああ、部隊長を迎え撃つにはこんなんじゃ全然足りないよ」


死霊術(ネクロマンシー)の範囲内でできるだけ離れた木の陰から忠告してくれるネクに声だけで答える。


そしてオレは渾身のストレートを木にめり込ませているファイティングゴリラに向かって加速する。


「はっ!」


「ウホッ!?」


攻撃を防ぐため太い前腕を構えたファイティングゴリラの腕へ、躊躇なく剣を振るう。


剣先が撫でた前腕の盾からは一筋の赤い線が流れ落ちていく。


うん、問題ない。斬れる。


あの時はシルバーハンドだったけど今日のは通常個体。


加えて、オレもレベル4から6へと成長している。


討伐推薦レベルが同レベルからそれ以下のみの相手なら、十分に連戦する余力はある。


迷わず、腕に傷を負うファイティングゴリラにトドメを刺そうとしたオレの背後。


「!」


斜め上の樹上から飛んできた熟していない硬い木の実を剣で弾き、


「ウキャー!」


「ふっ!」


続けて飛び込んできたモンスターの体を二つに分ける。


オレは、そのまま黒いモヤ飛び込み。


目の前の木の表面を蹴って、後方から飛んできた拳の軌道上から上空に逃れた。


空中で回転し何発か飛んできた木の実を弾きながら、腕を盾にして見上げる眼下のファイティングゴリラに剣を振り下ろす。


「ウホォ!」


振り下ろした一撃は太い前腕に食い込んで勢いを失う。


オレの攻撃を嘲笑うかのように、モンスターが次なる拳の大砲を装填して唸り声を上げ始める。


「ウゥゥゥゥ!」


対して、オレはそんな肉に食い込んだ剣を力任せに押し込み、


「オラァァァァ!」


骨ごと断つ。


「ホォォォォォォォォ!?」


「もうオマエは超えたよ」


着地と同時に片腕を失った苦痛の唸り声を上げているモンスターへトドメの一線を叩き込む。


「ウボォォォォォォォォ!!」


また一匹。倒したモンスターが黒いモヤを出して地に伏せた。


「はあ、はあ……」


「レオくん、今日はもう帰りますか?」


近くに敵がいないタイミングを見計らいネクがそばまで来て心配そうに確認してくる。


その提案にオレは首を横に振った。


「いや部隊長はいつ来るのか分からないし、一刻も早くレベルを上げないと」


「ならせめて少し休憩しましょう。〈ヒール〉」


ネクが回復魔法を唱え、オレのかすり傷と体力を回復してくれる。


「休憩の提案のついでに傷の手当てが終わった……これだともう休憩の意味ないな」


「レオくん、傷は治っても精神面は回復してないんですから休憩は大事ですよ!」


「ごめんごめん。わかってるって」


軽い冗談のつもりがネクに真剣な表情で怒られてしまい。オレは慌てて謝った。


生前の魔王軍侵略域に足を踏み入れてからの日々は過酷で、体力が最低限回復したら精神力を磨耗しながらでも戦い続けるしかなかったから悪い癖がついてしまってるんだろう。


心が休まる時なんて抵抗を続ける善良な人間に出会ったわずかな時しかなかったからな。


「ありがとう、ネク」


「もう」


ネクに礼を言って、その場に腰を下ろす。


流行る気持ちはあるが急ぎすぎてはいけない。次の戦いは確実に勝たなくてはいけないものだ。


慎重に、確実に、やらないとな。


「戦いがレオくんの存在意義だったのは昔の話なんですよ」


「いやぁ今もオレは剣を振るくらいしかできないよ」


今回の村の件だって、オレに機転や策を思いつく頭があればもっと危険度の低い解決方法もあっただろうし。


「いいえ。アナタが生きていてくれるだけでわたしはこの世で一番幸せなんです」


「厳密には生きてないけどね」


「生命の有無なんて些細なことなんですっ」


「ネクってほんとに変わってるなぁ」


いつも通り反応に困って苦笑すると、一瞬なにかを考える素振りをしたネクがいつになく真剣な顔で、


「レオくんは、生前に恋とかしたこと無かったんですか?」


と聞いてきた。


どんな深刻な話かと思って身構えたオレは肩をすくめて軽く答える。


「ないない。オレは最後まで売れ残りだったよ」


「売れ残り?」


「ああ、いや。他の男二人は優しいし賢かったから何度か女の人に告白とかされてたよって話」


「レオくんはされなかったんですか?」


「ないない。オレは戦闘の時以外パーティーの後ろの方にいたから話しかけられるのなんて滅多になかったよ」


無愛想で目立つタイプでもなかったしね、と付け加える。


特に勇者であるサンに関しては、人々を救うたびに女の子が涙目で迫ってくるのをなだめるのに苦労していた。


そして、その度に魔法使いのルナがオレの足につま先ぶつけてきた痛みまで思い出す……


おそらく勇者だけ大袈裟に感謝されるのが気に入らんかったんだろうけど、それでオレを蹴るのは完全な八つ当たりでしかないだろ。


「生涯売れ残ってくれてありがとうございます」


「え、今オレもしかしてディスられてる?」


「心からの感謝ですっ!」


「ど、どういたしまして、でいいのかな? たぶんなんらかの期限は切れてると思うけどね」


生涯売れ残りというか、今のオレはもはや廃棄処分という感じだし。


「レオくんなら例え腐っていたとしてもわたしは愛しますよ!」


「気持ちは嬉しいけど、お腹は壊さないでね」


「ご心配なく。隣にいるだけで、すでに胸がいっぱいですから」


「それは、良かったね」


「はい。幸せです!」


真正面から見つめられ気まずくなったオレは目を逸らし、


「……さて、そろそろ休憩は終わりだな」


遠くの樹上から見下ろす視線を見返して、束の間の休憩を切り上げた。


それから数時間。


森が闇に包まれるまでレベリングをしていたオレに松明を掲げるネクはもはや呆れていた。


「今日からしばらく、この森ではレベリングはできそうにないですね……」


近くに転がるモンスターの屍の数は、二十はくだらない。


途中、足場の整理のために亡骸を燃やしたので倒した数はもっとだろう。


その光景から、ネクの言うとおり。


この森の十分な数のモンスターがリポップするには二週間くらいはかかるように思えた。


目標値はまではあと少しだったのだが、追加のレベリングは他の場所を探すべきか?


「──っ!?」


しかし。


オレの心配を杞憂だと笑い飛ばすように、暗い森が地上リングを揺らして最後の挑戦者を送り込んできた。


「魔物惹きの効果が出過ぎてしまいましたかね」


「それか、自分たちの縄張りを我が物面でうろつく冒険者に本気でキレたのかもね」


目の前に立つ二匹のファイティングゴリラ(シルバーハンド)に向け、


「まあなんだ、また一つ限界を超えさせてもらうさ!」


今日一番の戦闘にオレは大声を飛ばして挑んだ。




激しい戦闘によって二つのレベルアップを遂げて戻った村は悲鳴と鮮血、硝煙の臭いに包まれてなんてなくて。


いつもの夜の静けさで迎えてくれた。


ひとまず安堵して宿に戻ったオレたちは部屋に入ってすぐベッドに腰掛ける。


「レオくん、寝ないんですか?」


「ああ、ちょっとこれだけやりたくて」


腰に付けた小さな道具袋から取り出したモンスター用の解体ナイフで、オレは森で拾ったきた物を削って形を作る。


「なにもこんなお疲れの日の夜にやらなくても……」


「そうなんだけどさ。冒険者の時の癖で趣味みたいなものなんだ」


野営をしたり、休息を取っている手持ち無沙汰の時。


たまにこうして時間を潰していたのを思い出す。


「あ、先に寝てていいよ」


「そばで見ていただけのわたしが、戦っていたレオくんより先に寝るわけには行かないです」


「いやわるいよ。本当に好きでやってるだけだし、すぐ終わるから」


「でも……」


「頼むよ。これが終わったらすぐ寝るからさ」


「そこまで言うのなら、先におやすみしてしまいますね」


「ああ、おやすみ」


「おやすみなさい。レオくん」


そのあとオレが眠りに着くまでの間。


二人きりの部屋には、ネクの寝息とナイフで削る音だけがする穏やかな時間が流れていた。

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