五章『勇者なき世界の姿』
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「イヤァァァァァァァァァァァァ!」
「っ!?」
夕暮れ時に南西の森でのレベリングを終えて戻ってくると門が開いたままになった村の中央の方から悲鳴が聞こえ、
「行こうネク!」
「はい!」
オレとネクは声の主の元へ駆け出した。
「や、やめてください!」
「やめてくださいだとぉ? 今月分のおれ達に捧げる食糧を怠ったのは誰だっけな〜?」
「だから勘違いなんです!? 受け取り役の方は本当に来ていないんです!」
「だからぁ! オレ達の使いはここへ向かって出ていったし、まだ帰ってきてねえって言ってんだろうが!!」
「村の中にオークとゴブリン?」
駆けつけた表通りの中央にある道の脇に商店が建ち並ぶ幅広な街路で、三匹のオークと数匹のゴブリンの姿を捉える。
街路の真ん中ではオークに掴まれた男が必死に弁明しているがオークはそれに聞く耳を持たずに怒鳴り散らす。
周囲には女性や子供、少ない男性と老人が人垣を作って男の行く末を不安そうに見つめている。
「見たところ襲撃というより取り引きが上手くいかず、揉めているのでしょうか」
人里にモンスターの群れが当たり前のように居座る異様な光景に困惑するオレに、ネクが小声で状況を予想する。
「この世界ではもう村にモンスターが居るのは、めずらしくないのか?」
「いいえ。いくらこの時代といえども魔王軍侵略域の外、しかもこんな小さな村ではかなりめずらしい光景ですね」
「じゃあなんでみんな逃げないんだよ。オークだぞ!? ゴブリンならともかく村人じゃ殺させるぞ!」
「ですから逃げないのは彼らの間にそれはないという信頼……いえ、契約があるからでしょう」
「は?」
モンスターとなんの契約をするっていうんだよ。
「魔王軍の部隊長様に守ってもらっている癖に払うものも払わずに、使いを消すような奴らには見せしめが必要だよなぁ!!」
状況は以前見えないが目の前で襲われそうな人を見過ごすことはできない!
「ごめん。これ以上は見過ごすわけにはいかないっ!」
「レオくんが出るなら、わたしも出ないといけないじゃないですか!」
オレは今にも暴れ出しそうなオークの形相を見て人垣をかき分けて、モンスターたちの姿を晒す。
「やめろ!」
今にも棍棒のような武器を振り下ろそうとしていた一匹のオークに向かって声を上げる。
横からの声に気を引かれたオークが手を止め、オレの顔を物珍しそうにじっと見る。
「なんだあテメエ? 見ねえ顔だな……」
「オレは通りすがりの傭兵だ」
「同じく、通りすがりのシスターです」
遅れて人垣から出てきたネクも名乗る。
「なあ、通りすがる聖職者なんているのか?」
「さあ」
人垣の中から疑問の声が聞こえてきたが今は気にしない。
「それで冒険者くずれの傭兵さんとシスターがなんの用だよ」
「その人を放せ」
「ん? ああ、勘違いするなって。これはこっちの問題でおれ達は話し合いをしてるだけだよ」
「なら、このまま大人しく帰るかオレと戦うか。今ここで選べ」
「はあ? テメエら二人しかいないじゃねえか」
「数もかぞえられねえのか? こっちは何倍も居るんだぞバカが!」
後ろに立っているオークがオレとネクを見て嘲笑う。
「戦うのはオレだけだ。だから村の人たちには手を出すな」
「あ?」
そんな目に見えて油断しているオークたちへ、ネクに目配せして進み出る。
目配せの際、ネクにはめちゃくちゃ睨まれたけど。
「「「ダッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」」」
「こんな未侵略領域の隅っこの村に来る傭兵が一人でおれ達を相手にするってよ!」
「だったら、望み通りカッコ悪くなんのドラマもない死を迎えやがれ!!」
オレの提案を了承したのか、先走った一匹のオークが武器を振りかぶって大きく出た腹を揺らして突っ込んでくる。
敵の振り下ろされる武器と同時。
背から引き抜いた剣でオークの腕を斬り落とす。
「ウギャァァァァァァァァ!?」
取り乱した敵は自分の腕ごと武器をその場に取り落した。
「──ア?」
片手を押さえ激痛に悶えるオークに、オレはそのまま上段から振り下ろした剣でトドメを刺す。
「おい、見間違いか? あの傭兵、殴られる前に腕を斬ったように見えたぞ……」
「こんな田舎の村にそんな冒険者が来るわけねえだろ! マグレだきっと運が良かっただけだ!」
「ああ、運が良かったよ」
生き返ったばかりのオレでは勝てなかった。
オークの討伐推薦レベルは6。
今のオレと一つしか変わらないおかげで、オークの数体くらいなら十分に相手をできそうだった。
「このくらいなら死なずに済みそうだ」
オレはもう死んでるけど。
「アァ! マグレで仲間を一体倒しただけで調子に乗ってんじゃねえ!!」
「まだここに居るおれ達と手下を倒せるとでも言う気かあ!」
「ネク、手は出さないでくれよ」
「レオくん一人で十分勝てる相手との戦いに、わたしが手を出す必要はありません」
オレの念押しにネクは不貞腐れながらではあるけれど、何も疑わずにそう言ってくれた。
「ウオォォォォ!! お前らこの冒険者をぶっ殺せ! その後は女だ!」
「了解しました!」
「ヤッハー血祭りだぁ!」
雄叫びを上げる二匹のオークと、指示を聞いてゴブリンたちが汚い笑みを浮かべ武器を掲げてやる気を漲らせた。
「ふう……」
オークの血で汚れた剣を払い。オレは二匹と数匹の敵の位置を再確認する。
「さあ、今日はもういっちょレベリングの時間だ!」
一転、走り出し、
「ふっ!!」
跳躍。
目の前のオークの上を飛び越え、ゴブリンの頭上から剣を突き立てて着地する。
「ウギャ!?」
引き抜く剣の軌道で切り上げ、近くにいたもう一匹も斬る。
「ギャッ!」
「この野郎! これ以上好きにできると思うなよ!」
黒いモヤを出して倒れる部下の亡骸を無視してオークの片方が突っ込んでくる。
コイツに手間取ると周りの敵全員から袋叩きに遭ってしまう。
オーク振り回す棍棒を側面に飛び避け。こちらに向かってきていたゴブリンを突き刺して、空ぶったオークの顔面に投げつけた。
「ぐお!? この野郎、なっ……!?」
そして隠された視界の外。オークの腹に剣を突き刺す。
そして膝をつくオークの頭蓋に剣を振り下ろしてトドメ。
「あと一匹と、七匹……」
「クソがぁぁぁぁ! 死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
オレは背後から迫るオークへ仲間を亡骸を預けて一歩下がった。
「っ!」
そこで、背中に切れ味の悪い矢じりようなものが突き刺さる鋭い痛みを感じる。
「ギシシ」
オレの背に伸びる小さな槍を持ったゴブリンが背後で口の端を曲げた。
「オークに殴られるよりはマシだと思ったけど、やっぱり痛いな」
直後。
ゴブリンは目を見開いて口から血を吐いて体から黒いモヤを上げる。
そのモンスターの死体から逆手に持った剣を引き抜く。
それから背中に刺さった槍を掴み、
「ぐっ、ふっ!」
他のゴブリンの頭部に投擲する。
「ギャッ!!」
見事に命中したゴブリンが短い悲鳴を上げて倒れる。
「お前ら落ち着け! 数はこっちが優ってるんだ連携を取れ!」
残された一匹のオークが部下たちに再編成を図ろうとする。
けれど……
「ギッ!」
「ギョ!?」
「ゲェ!」
「ゴボッ!」
「それを提案するのは、ちょっと遅かったな」
「ギィィ……」
最後のゴブリンの転がった頭と体が倒れるのを眺めてオレは残されたオークに向き直る。
「お、お前……こんなことしてタダで済むと思ってんのか?」
「?」
質問の意味が分からず、オレはただただ首をかしげてしまう。
「おれ達は部隊長様の使いでここに来てんだぞ!? 帰って来なかったらこの村はおしまいなんだぞ!!」
「今さらそんなこと言うなんて……オマエ、ウソが下手だな」
「ああ!?」
「オマエだけ生きて帰っても仕返しはするんだろ?」
「いやおれをこのまま帰せば、今回の件はいつも通り食料を納めれば見逃してやる!」
「そうか、わかった」
「レオくん、そのオークを見逃すんですか?」
「いや見逃さない」
「んなっ!?」
「かつてオマエと同じことを言った奴は……村を焼いて言ってきたよ」
あれはたしか、サンが見逃してやった盗賊の頭領だったな。
「──騙される奴が悪いって。だからオマエにも情けをかけない。ここで終わりにする」
「おいおいおい待て! ここでおれが死んだら部隊長が来るかもしれないんだぞ!」
「来るなら来いよ。全員まとめて倒してやる!」
「ブギャァァァァァァァァァァァァ!!」
それ以上、オークが喋る前にオレはトドメを刺した。
気がつくと剣を握る右手の勇者魂が明滅を繰り返していた。
レベルアップ。これでレベル6。
「本当に全員まとめて倒すんですか?」
「うん。倒すよ」
さっきの敵への発言を聞いていたネクが不安そうに尋ねてくる。
「言いにくいのですが、敵の残りの勢力は部隊長とさっきよりかなり多くのモンスターが居て、今のレオくんでは……」
「ああ、今のオレじゃあ勝てないって分かってるよ」
「え、じゃあわたしが代わりに?」
「いや違う違う」
そのネクの推測にオレは首を横に振る。
たしかにそうすれば一瞬で解決しそうだけど、それだとネクはオレを認めてはくれないだろう。
「?」
「明日からのオレに勝ってもらうんだよ」
そう言ったオレに、ネクはさっきよりさらに不安そうな顔をしていた。




