四章『蘇ったついでに手のかかる偽妹(いもうと)ができたんだが』④
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カイに剣の振り方を教え始めて小一時間。
早朝の肌寒かった空気は次第に暖かくなり、今は少し体を動かせば汗ばむほどだった。
そんな少し視界が鮮明になってきた路地の中程。
十数回目の素振りを終えたカイは息を切らしながら剣先を地面に向けた。
「もう、だめ……腕が、げんかい……」
「初めての鉄剣でここまで触れたのはすごいよ。正直ここまで教えられるとは思ってなかった」
もはや両手に力が入らず、剣の先端を地につけて肩で息をする汗だくのカイの肩に手を置いて労いの言葉をかける。
「今教えたのが基本的な剣の振り方だよ」
「こんな重いものをおにいさんはいつも軽々と振ってるの?」
信じられないという顔で見てくるカイの質問にオレは首を横に振る。
「別に常に振り回してるわけじゃないし、続けていればカイもすぐ慣れるよ」
「そうなんだ」
「ああ」
オレだって、ただ繰り返してできるようになっただけだから、そこには誰よりも自信があった。
「おにいさんって本当につよいんですね!」
「いや剣の振り方を知ってる冒険者なんて星の数ほどいるからね」
純粋な輝きを宿した瞳で見上げてくるユイの無垢な笑顔に、少し照れながら笑い返した。
褒められるのは嬉しいけれど、オレはすごくなんてないし、ただやるべき事をやってきただけだから反応に困ってしまう。
「そうなんですか! わたし、将来はおにいさんみたいなつよくて頼りになる人と結婚したいんです!」
「そうなのか、オレみたいだと大きな街に行けばたくさんいると思うけどね」
ユイの発言にネクが凄い剣幕でこちらを見ているが、今は気にしない。
オレは気を利かせて、ユイにお相手探しのアドバイスをしておく。
「えっと……じゃあおにいさんは恋人の方はいるんですか?」
「オレ? オレは手のかかる妹がいるから恋人を作る暇はちょっとないかもなあ」
「妹を言い訳の使うとかサイテーですね」
「ははは、なんのことかな〜」
ジト目で呟くネクの小言には分からないフリをして、
「でも、ユイならきっと街中の良い男がほっとかないよ」
返答に困る問いかけに苦笑いしながら、上目遣いで見上げてくるユイの小さな頭をオレは革の手袋を外して撫でて誤魔化した。
「──っ!?」
その瞬間。
オレの冒険者としての勘が向けられた鋭い殺気に気づく。
殺気の主は、さっきまで半眼だった瞳を見開いて少女の頭へ伸ばしたオレの右手を凝視していた。
「……レオくん。それ、なにをしてるんですか?」
地獄への扉の隙間から鳴るようなネクの低い声に指摘され、咄嗟に昔の癖で置いてしまっていた手の平を少女の頭から離す。
「え、あっごめん。つい癖で」
「だいじょうぶですよ。くすぐったくて気持ちよかったです」
ユイのフォローは、今は逆の意味でネクの感情を動かしたようで、ネクの口端がピクピクと痙攣する。
「えーっと? 今、癖と言いましたか?」
「あ、はい……」
「つまりその行為、レオくんは慣れているんですか?」
嘘ではないしオレは「癖」と咄嗟に言ったが、致命的な失言だったと遅れて気づいた。
ネクの前で、この発言は。
「違うんだっ!」
「レオくんって女の子が苦手とか言っておきながら、女の子のこと撫でることが癖なんですか? それって自分で言ってて無理がある思いませんか?」
「ぐっ……」
話しながら瞳孔の開いていくネクの圧に気圧されてオレは言い返す言葉を失う。
「なので今すぐわたしにも同じことをしてください。その女にやったのより長い時間、同じことを!」
「えっなんで!? いやその前に女とか言うのやめろよ! この子は小さな女の子なんだぞ?」
「その娘のどこが小さい子供なんですか! 絶対に十歳はとうに超えてますよ!」
「あの、わたしは十二歳です……」
「ほら!」
「ほらじゃないよ、ほらじゃ! 十二歳なんてまだ全然子供だよ冒険者になれるのだって十五歳からなのに」
「むぅ〜!」
それでも納得のいかない様子のネクに、オレは一呼吸置いてから落ち着いて語りかける。
「それにネクだってもう十六歳にもなってそんなの恥ずかしいだろ?」
「いいえ。それは全く」
「そんな真剣な顔で言わないでくれ……」
おかげでこっちが恥ずかしいよ。
「ここまで言っても、まだ嫌だと言うんですか?」
「だって小さな女の子と同い年の子にやるのはちょっと違うだろう」
ましてや自分より背の高い子の頭を撫でるっていうのは、ちょっと違和感が拭えないというか、失礼なことをしているような気がするというか。
「おにいさん、シスコンなのにそれはしないんだ」
「あ、たしかに不思議だね〜」
「おーい、目的を果たしたからって急に言いたいこと全部言っていい訳じゃないからなー」
偽妹のワガママに抵抗していたら、なぜか子供たちの発言に突然刺された。
「わかりました。そこまで嫌と言うなら、わたしも本気を出させてもらいます」
「……本気?」
ネクの本気という言葉に背筋が寒くなる。
今までのとんでも行動を考えると思いきったネクがなにをするのか、いまだに想像もできない。
果たしてネクに人前だからという常識は存在するのだろうか。
……無さそうなんだよなあ。
これ以上、自分に不名誉な視線が増えてしまわないか不安になるオレの前で、ネクはそっと寝転んで仰向けになった。
……は?
え、なんでこの娘。路地の真ん中で青天井を見つめ始めたんだ?
けれど彼女の奇行はこれが序章で戸惑うオレたちを他所に、修道服が汚れるのも気にせず寝そべったネクが気合いの入った声を上げる。
「いきます!」
「え?」
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ!!」
「え……えぇぇ!?」
一瞬、眼前でなにが起きているのか分からず呆気に取られたオレは。
自分より遥かに強いであろう同い年の凄腕ネクロマンサーが路上でひっくり返って手足を振り乱して駄々をこねるという、この世の終わりのような光景に激しく狼狽する。
てゆうか素直にビックリしている。何してんだこの娘!
「こら、やめなさい! こんな子供たちの前で恥ずかしいでしょうが!」
「やだやだやだやだ! レオくんがわたしをよしよししてくれるまで絶対にやめません〜!」
「シスコンなんだからそのくらいやってあげればいいのに」
「あっ! おにいさんって本当は妹さんのこと好きじゃないのかな」
ひそひそと話す子供たちの冷たい視線が背中に刺さる。
「やだやだやだやだ!」
チラッ。
「やだやだやだやだ!」
チラッ。
駄々をこねながら器用にこちらの様子を窺うネクにまたしてもやられたとオレは嘆息する。
これじゃあオレが意地を張って妹に厳しく当たっている兄という構図になってしまうじゃないか。
それに時間が経てば経つほどこの奇妙な状況に人が集まってくるリスクまである。
望みの為なら恥までも惜しまないとは、もはやキミの覚悟には恐れ入ったよ……
「もうわかった。よしよししてやるから早くこっちに来なさい」
「へ、本当ですか!」
「ここでそんなリスクのある嘘つかないって」
ここまでやってそんな意外そうに顔を上げないでくれ。
「じゃあ、お願いします!」
すぐに起き上がって駆け寄ってくるネクは目の前で被っていたベールのような頭巾を脱ぐと、こちらに少し頭を差し出す。
その切り替えの早さに驚くのと同時に、オレは初めてしっかりと見たネクの金細工のようにキラキラと光る金色の髪に目を奪われた。
「えっと……レオくん?」
「えっ! ああ、どうしたんだ」
「できれば焦らさないで早く始めて欲しいです。頭巾を人前で取るのは慣れていなくて、ちょっぴり恥ずかしいと言うか……」
「ああ、ごめんな。そういうことならすぐ終わらせるから」
頭巾をギュッと抱きしめて頬を赤く染めるネクの恥ずかしがるポイントに戸惑いつつ、オレはネクの頭の上に手の平を軽く乗せた。
「でもでもっ、さっきしていたのより長くしてくれないとダメですよっ!」
「はいはい」
顔を赤くしながら、それでも主張は曲げないネクに呆れながら頷く。
オレはそっと彼女のさらさらと肌触りの良い髪を撫でる。
「う、うにゃ〜ん」
そしておかしな声を出すネクを見てピタッと手を止めた。
「へ? 今、なんか言った」
「いえ、なにも言ってません。気にせず続けてください」
「ああ、そう」
すぐに真面目な顔で言うネク。
もうなにがなんだかよく分からないけど、とにかくやりきらなけば終わらない。
オレは気にしないようにしてネクの頭をもう一度撫ではじめる。
「うへ、えへへ、生きてて良かったぁ……幸せ……」
撫でられているネクの様子は明らかにおかしかった。けど、至福の表情を浮かべるネクを撫でるというのはそこまで悪い気はしなかった。
周囲から猛烈に不審な目で見られそう、という点を除けば。




