四章『蘇ったついでに手のかかる偽妹(いもうと)ができたんだが』③
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「あの、シスコン傭兵さん」
「オレをそんな名で呼ぶなぁッ!」
空を見上げて呆然と立っていたオレにカイが声をかけてきたけど、不本意すぎる呼び名を否定する声が路地に響く。
「わっ、びっくりした……」
「そうですよ。どうしたんですか、お兄ちゃん」
「いやごめん。ちょっと取り乱しただけだから……」
取り乱して驚かせたカイに謝る。で、ネクは関しては「どうしたんですか」じゃないんだよ。
なに子供たちと一緒になって新鮮に聞いちゃってるんだよ。この様子のおかしさは主にキミのせいだよ!
「えっと、それでどうしたんだ?」
「弱い人に聞いてもしょうがないと思うけど剣の扱い方っておにいさんはわかる?」
「まあそれくらいなら分かるかな」
カイの質問に頷く。
というかオレに分かるのは剣の事くらいかもしれなかった。
オレがカイの質問に肯定すると、側に立っているネクがキョトンとした顔で会話に入ってくる。
「あのごめんなさい」
「どうした」
「もしかしてそこの生意気なガキは今お兄ちゃんのことを弱いって言ったんですか?」
「え、え?」
いきなりシスターの口から出たとは思えない言葉が飛んできて、言われたカイもさすがに困惑している。
「ちょっとネク!? シスターが子供に向かってそんな汚い言葉使うなって!」
「いいですか、お坊っちゃん。わたしの兄は弱くないです。剣の腕だけでいえば余裕で上級冒険者以上ですから」
子供相手にムキになるネクはそう言い切った。
それを聞いてカイは鼻で笑う。
「そんなわけないでしょ。だったら傭兵なんかになるわけないもん」
「ははっ、カイの言う通りだな。だからネクもちょっと落ち着いて……」
と、なだめようとしたネクは目に見えそうなほどイライラとしていて、
「兄が傭兵をやっているのは彼が教会の人間の子ではないからというのと魔法の才能、つまり治癒魔法や聖魔法が人並みに使用できず、教会に所属していないので剣の腕を見込んでわたしが護衛を頼んだんです」
早口でオレたちの現状までを話した。
嘘だけど。
よくもまあ最近考えた設定を昔から当たり前にあったことのように言えるなぁ、この娘は。
「そんなに強いならなんで冒険者をやめちゃったのさ」
「それは、あなた達も見ていたと思いますが兄はわたしから離れるのに耐えられない人なので……」
そこで照れたように石畳に視線を落とす。
「えっ?」
「ああ……」
突然なすりつけられてオレは素っ頓狂な声が出る。
けれど側にいた子供たちは全く驚かず、流れるように納得していた。
「そっか、おにいさんが冒険者になっちゃったら教会に居るシスターさんと離ればなれになっちゃいますもんね」
「わたしは兄の剣の才能の為に冒険者になるのを止めるつもりはなかったんですけど兄がどうしてもって、ね」
「……当然だろ。妹を守るならいつも近くにいた方がいいからね!」
「……きもっ」
「もう〜カイ! えっと、おにいさんはやさしいんですよね!」
「いやそれほどでもないと思うけどね」
その時、無垢な少女の瞳に見上げられた胸の奥がチクリとした。
生前のオレ、村を出て大陸の果てまで行ってるしな。
「あとは、二人ともこの村の南西にある森はご存知ですか?」
ネクは他にオレの実力を擁護できる物はないかと探して言葉を付け加える。
「知ってるけど、村の人は誰も近づかないよ。あそこはモンスターが出るから」
「ふふん。わたしの兄は今そこでレベリングをしています」
「えぇ!? だってあの森は下級冒険者が一人で入るのは危険って言われてるんだよ!」
「じゃあおにいさんってとびっきりに強いんですね!!」
「え、いや……」
子供たちの期待の視線に見上げられ、オレは助け舟を求めてネクに視線を送った。
ネクは瞳で頷き。誇張のない事実を言う。
「兄はレベル5です」
「え、レベル5!?」
「カイ、それってすごいの!?」
「レベル5なんて初心者に毛が生えた程度じゃん! おにいさんなにやってんの危ないよ!」
「……ごめんなさい」
「しかも魔法も使えないのに剣だけでなんて無謀すぎるでしょ」
「はい……」
子供に叱られ、呆れられた元冒険者は肩を縮こめて大人しく頷くことしかできなかった。
自分も新米冒険者でこれをやっている奴を見たら全く同じように注意するからだ。
そんなイタズラして怒られた子供のように小さくなるオレを見てネクがフォローする。
「大丈夫ですよ。兄はレベル4の時点でファイティングゴリラの“シルバーハンド“をたった一人で切り伏せていますから」
「シ、シルバーハンドぉぉぉぉ!?」
それを聞いたカイがひっくり返りそうになりながら、今度は怒りとは別の感情ででかい声を上げる。
なんか、子供って元気だな。
「ねえカイ。わたしさっきからみんながなんのお話してるかわかんないよ〜」
「そうだな。退屈だよな」
オレの戦歴を自慢気に話すネクと、それに大袈裟なリアクションを返すカイを他所に。
話について来れていない冒険者もモンスターにもさほど関心のなさそうな少女にオレは苦笑を向ける。
「ぜったい嘘だね! 本当だったら魔法も使えなくて剣だけですごい格上のモンスターを倒すって、おにいさんまんま剣師さまみたいな戦い方じゃんか!」
「ソードマスター? なんだそれ」
カイが興奮気味で言ったジョブなのか肩書きなのかよく分からないその名称に、オレは疑問符を浮かべて聞き返した。
そんなオレをカイは愕然とした表情で見た。場の空気がしん、とする。
言い合っていたネクまで何故かそわそわしているような気がする。
「え、おにいさん剣を使ってて剣師さまを知らないの……本当にこの世の人?」
「そこまでッ!?」
愕然としたカイにオバケでも見るような目で言われて驚く。
事実、オレは三年前の世界に生きていた人間だから今の世の人間ではないんだけどな。
「剣師さまは剣ひとつで様々な魔物を倒していったすんごい人なんだよ!」
「へえ、すごいな」
そうか、今はそんなおとぎ話が流行っているのか。
実際は剣だけで戦うのはそんなに簡単じゃないし、おすすめはしたくないけどな。どうせおとぎ話なら真面目な魔法剣士が仲間とちゃんと協力して戦うお話でも広めればいいのに。
なんて、おとぎ話にしては夢が無さすぎるか。
「しかも剣師さまはそのすごい剣の腕でついには魔王城まで到達してしまったんだから! すごいでしょ!」
え。
「なあ、それってちょっとおかしくないか」
「なにがおかしいのさ。剣師さまは今では全ての剣士が一度は憧れる存在なんだよ!」
「いやだって剣士の相手が魔王っていうのは作り話としては役者がつり合ってなくないか?」
普通、物語の魔王の相手って言ったら勇者だろ。いくら凄いといってもただの剣士じゃ役不足じゃないか。
「作り話!? あんた失礼だぞ! この世界のために命がけで戦ってくれた勇者パーティーに対して!」
「いや……え?」
実在する勇者パーティーの剣しか使えない剣士。
……剣師って、もしかしてオレのことなのか。
まさか自分が死後にそんな風に呼ばれているなんて、思いもしなかった。
他のメンバーに比べれば大したことないんだけど、自分の信じてた剣の道が評価されてるっていうのはちょっぴり嬉しいかもしれない。
「わるかったよ。その剣師は本当にすごい人なんだな」
「そうだよっ。なんたって剣士の中には勇者さまより尊敬してる人だっているんだから」
「そこまでか、そりゃすごいな」
本人は、そんな大した奴じゃないんだけど。ガッカリさせないか心配だ。
そこでさっきまで元気に喋っていたカイが急にもごもごと話し出す。
「それでさ、おにいさん」
「ん?」
「もしシスターの言ってることが本当なら、おれに剣を教えてほしいんだけど……」
そこでようやくオレは、この子たちがオレを探していた理由を知った。
「あらあら、子供は物の頼み方もわからないみたいですね」
「まあまあ」
「お願いします。おれ、早く強くならなきゃいけないんだよっ……」
「カイ……」
「いやオレのは自己流であんまり人に教えるような綺麗なものじゃないだ」
「それでもいい! 振り方だけでもいいから教えてくれよ!」
「わたしからもお願いします。ちょっとだけでもいいので!!」
子供たちの切実そうな声で懇願され、オレは思い悩む。
うーん……
「教えてあげればいいんじゃないですか、剣くらい」
「他人事だからって。剣技っていうのは戦う術なんだぞ?」
「遅かれ早かれ冒険者になるであろう彼には必要なことですよ」
ネクの言うことも一理ある。
オレがここで教えなくてもカイの様子からすればすぐにでも独学で剣を振って戦いに挑むだろう。
「はぁ〜」
ため息をひとつ。
その間に自分に言い聞かせて、オレはカイの肩に手を置いた。
「わかった。基本的な振り方だけだぞ」
「ほんと!? やったぁ!」
「ありがとうございます! おにいさん」
「ただし、教えるからには冒険者になるまで絶対に剣で戦おうなんて思うんじゃないぞ。それが守れそうなら教えてやる」
「うん! 守る、守るから教えてください!」
「わ、わかったから落ち着いてくれ」
年相応に瞳を輝かせながら急かしてくるカイの勢いに押されつつ、オレは年相応な健全な反応に安堵していた。
「じゃあ、先ずはこれを両手で持ってしっかり構えて」
鞘に納めてベルトで固定した剣をカイに渡す。
少年は初めて持つ鉄の剣を思っていたより重く感じた様子で受け取ると、慎重に構えた。




