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一章『命の恩人+ストーカー=好感度振り出しに戻る』

1




「……きてください、起きてください」


目を閉じているオレのすぐ側で誰かが囁いている。


慈しむような女の子の声に耳をくすぐられ、オレは心地良さからまぶたを開くのをためらってしまう。


「おかしいですね……術は成功してるはずなのに」


声の主が身じろぐ気配がして不安に駆られると、謎の女の子はそっとオレの胸に耳を押し当てた。


「やっぱり心臓が動いてるってことは成功のはず……!」


急に密着されて思わず、ぎょっとする。


(なにこの状況!? なんでオレ、目が覚めたら見知らぬ女の子に心音チェックされてるんだ!?)


「え、急に鼓動が速くなって……?」


彼女の怪訝そうな声に、オレは心の中で声にならない悲鳴をあげた。


それに時間が経つにつれて鮮明になっていく後頭部の柔らかい感覚で気づいたが、どうやらオレは今彼女に膝枕をされているようだった。


どういうことだこれ? なにが起こっているのか全然わからない。


「あ、あの……状況が飲み込めないんだが、これはどういうことなんだ?」


気まずさに耐えられず、オレは瞳より先に口を開いた。


質問に、謎の女の子はのんきな目覚めの挨拶をしてくる。


「おはようございます。レオくん」


「お、おはようございます……」


次に彼女の姿を確認するためにまぶたを開く。


が、仰向けの視界は大きな山々に視界の半分ほど覆われていて、彼女の顔を確認するのはむずかしかった。


「キミは、オレを知ってるのか?」


初対面で自分の名を呼ばれたことを不審に思いながら尋ね。


これ以上。どこにも触れないように細心の注意を払って彼女の膝から起き上がる。


彼女は修道服を着た、きれいな青い瞳の三つ編みの金髪を片側の肩口から垂らす、オレと年の近そうな女の子だった。


「そうですよね。起きたばかりで混乱するのも無理はありません」


「ああ」


彼女の言う通り。


どこかも分からない薄暗い部屋で見知らぬシスターに膝枕されながら目覚めるというかなり特殊な状況にオレは混乱していた。


って、いやこれ起きたばかりじゃなくても混乱するわ!


なにこれ夢? もしかしてオレまだ起きてない?


状況が飲み込めず思考がこんがらがるオレに、シスターの女の子は微笑む。


「でも、一つ言えるのはレオくんはもう安全だってことです」


「安全?」


「ええ、ここにはあなたを苦しめたモンスターたちはもういません。ですから安心して……」


「──待て!」


それを聞いた瞬間。オレは反射的にその声を遮っていた。


「え、あ……」


次第にはっきりしてきた意識で自分の最期を思い出したからだ。


「そうだ、オレの仲間たちはどうなった!?」


魔王城の前で仲間のためにモンスターの軍勢に挑んで敗れた不甲斐ない最期を。


あの時オレは石化して意識を失った……はずだ。


なのになんでこんな所にいる? 


いや、それより彼女はどうやってオレをここまで運んだんだ。


駆け巡る疑問が脳内で暴れまわり、冷静さを見失う。


けど、その疑念は良くも悪くもすぐに晴れた。


「すみません……ここに居るのはレオくんだけです」


願うようなオレの視線に、とても申し訳なさそうに頭を下げるシスターの女の子の姿を見て。


「そっか……」


予想してたとはいえ、かなりショックだ。


サンたちが勝利して、オレを連れ帰って石化を治してくれた可能性もあったから……


「あの、ごめんなさい……」


肩を落とすオレを見て彼女が辛そうな顔をして言う。


「あ、いや違う! 君のせいじゃない。こっちこそ嫌なことを聞いて、キミに謝らせたりしてわるかった」


なにをやってるんだオレはっ!


関係のない人に仲間の死の謝罪をさせるなんて、どれだけ恥ずかしい奴なんだオレは……!


「オレの方こそ、ごめん……!」


「いえ大丈夫です。わたしはレオくんに会えただけで幸せですので!」


「え、オレ?」


「はい!」


打って変わって、笑顔でそう言う彼女にオレは呆気に取られた。


その笑顔に少し救われながら、最初から気になっていたことを尋ねる…


「えっと、さっきから気になってたんだけどキミは一体誰で、ここはどこなんだ?」


目の前の目尻に涙を溜めて笑う見知らぬ女の子に対して、オレは益々疑問が強くなっていた。


それにさっきから名前を知っていて当然かのように何度も呼ばれてるけど。


勇者ならともかく、同じパーティのただの剣士の名前なんて知っている物好きはそんなに多くはないはず……


この子は一体、何者なんだ?


敵か味方かも分からない目の前の女の子に警戒の抜けきらぬ視線を向けていると、彼女はオレの視線に微笑みを返して質問に答える。


「わたしは元教会の聖職者で名前は……そう、ネクです!」


「ネクさん、か」


「さんはいりませんよ。たぶん同じ十六歳なので気軽にネクと呼んでください」


「あ、ああ。って、なんでオレの年齢まで知ってるんだよ!?」


「あーギルドで見たんです。勇者パーティーなら年齢くらい公表されてますよぉ」


「え、そうだっけ?」


たしか最後に立ち寄ったギルドではパーティーリーダーのサンの名前くらいしか書かれてなかった気がするけど……


まあ、オレああいうの興味ないし見逃してたのかな。


「はい。それで、ここは魔王軍侵略域の外に出たばかりの場所にある捨てられた村の小さな小屋です」


「小屋?」


薄暗い室内をよく見るとボロボロの家具や穴の空いた壁が見えた。


オレたちが座っている床も所々はがれており、日常生活を送っていたら足でも引っ掛けそうだ。


「ええ、レオくんを起こすための場所が必要だったので」


「たしかに、あんな場所でこんな荷物を抱えながら戦うのはキツイか」


「ええ。まあ……そうですね」


魔王軍侵略域の内側はモンスターの数も凶暴さも外とは比べ物にならない。


動かぬ者を連れてでは逃げるのが精一杯なのも頷ける。


でも、どうやって彼女はそんな場所から魔王城で倒れたオレをここまで運んできたんだ。


オレだけが運良く殺されずに門の外にでも捨てられていたのだろうか?


「でも、ありがとうネク!」


「え?」


「生きていたなら、まだ戦える!」


正直なところ、オレはもう些細な疑問なんてどうでも良かった。


彼女がここまで無事に運んでくれたおかげで、オレはもう一度戦うことができる。


自分の不甲斐ない戦いの責任を取ることができる。


それだけで、オレはこの運命に感謝しても仕切れない。


軋んで音を当てる床から立ち上がる。


「あ、待ってください!」


オレは流れるように彼女に背を向けて、部屋のドアのノブを握った。


「ネク、助けてくれてありがとう。この借りは必ず返す」


最後に、二度と会えるか分からないシスターの女の子に首だけで振り返って礼を言う。


もしもう一度会うことができたらお礼もしたいな。


「待って、行かないで!」


危険だと止める彼女の声を聞こえぬフリをしてドアを開く。


「どのくらい寝ていたのか分からないけど、ごめん。魔王が生きているならオレは行かないと」


「お願い待って、まだ伝え忘れていることがあるの!」


それ以上、彼女の言葉を聞かずにオレは小屋を飛び出して、街道の地を蹴って走り出す。


目指す先は不甲斐なくも倒れてしまった魔王城の庭。


今度こそオレはそこを抜けて魔王へと到達する! 


アイツらと同じように。


「──え」


「だから、言ったのに」


決意を燃やし勢いよく走り出したオレの体は、速度に乗る前に視界が暗闇に閉ざさられて地に倒れ伏した。

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