四章『蘇ったついでに手のかかる偽妹(いもうと)ができたんだが』②
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「レオくん!」
「っ!」
路地で話しかけてきたカイたちと理想についての話をしていると、背後からオレの鼓膜を叩くその声に振り向く。
そこに立っていたのは血の気の引いた表情でこちらを見つめる息を切らしたネクだった。
「ここで、なにをしているのですか?」
「え、いやなにって……」
その声はひどく怯えているように震えていて、オレはネクのただならぬ様子に気圧され、返答に詰まってしまった。
そんなオレがただ剣の素振りだと答える前に、ネクは早口になって喋り出す。
「わたしから離れようとしたんですかそうなんですか? もしかしてわたしになにか嫌なところがありましたか? ベタベタされるのが我慢できませんでしたか? それとももっとしてほしいことがあったのですか? でしたら言ってくれれば今すぐにでもさせてください。直して欲しい所も全部直します。だからわたしから離れるという選択肢だけは取るべきではないと思います。ほら、旅もこれからですしわたしがもっとレオくんの希望に添えればお互いに良いところしかないですよね? だから、だからそのような行動は考え直してくださいっ!」
「……?」
取り憑かれたように一息のうちに捲し立てるネクをオレはただただ呆気に取られて見つめる。
そしてすぐに彼女の言っていることを理解して、オレは手の平と首を高速で左右に振って否定する。
「いやいやいやいや、そんなこと考えてないから!」
大体ネクが居なきゃ、今のオレは魔王どころか遠出もできないんだぞ。
一人で何処かへなんて行くわけがない。
「じゃあどうして一人で外に出てったんですか! いつもはわたしを起こしてくれますよね!?」
「それはさすがに毎日レベリングに付き合わすのも悪いと思って、今日は外で素振りでもしていようと思っただけだって!」
「本当に本当ですか? わたしのことが本気で鬱陶しくなったとかではないですか?」
「当たり前だろ」
まあちょっと怖い時はあるけど。
「嘘だったら、二度と離れられないように縄でお互いを縛りつけますよ?」
「嘘じゃない嘘じゃない!」
訂正。だいぶ怖い時もあるけど!
「なあ、ユイ。あのシスターさんってさっき言ってたおにいさんの妹なんじゃないの? なのに、あの人なに言ってんの」
「う〜ん。わかんないけど、護衛がいなくなったら旅が続けられないから困ってるんじゃないかな?」
オレの隣で会話を聞いていた村の子供たちがネクに不審な目を向ける。
マズい! 取り乱して設定を守るのを忘れているネクの発言に子供たちが疑問を持ち始めてる。このままこの会話が続くとオレたちの嘘がバレて素性が怪しまれてしまう!
ここは無理矢理にでも、オレたちが仲の良い兄妹だと印象付けないと!
いや同い年の兄妹っていう設定の時点でもう十分にややこしいけどな!
「……だってネクはオレの大事な妹なんだから、兄が妹を一人になんかするはずないだろ」
言いながらオレは白い歯を見せてにこやかに笑う。
我ながら慣れない仕草でめちゃめちゃ気持ちわるい。
けど、オレたちの正体(ネクロマンサーと生きた死体)を知られるわけにはいかないので、こうなったらもうヤケクソだ! 激甘お兄ちゃんやってやるよぉぉ!
そんなもう逆にやる気が出てきたオレに、ネクが感極まった様子で問いかけてくる。
「じゃ、じゃあこれからずっと一緒ですか?」
「ああ、決まってるだろ」
親指を突き立てて肯定する。
「では歩くときは手を繋いでくれますか?」
「ん? ああ、緊急時以外なら構わないさ!」
そのくらい妹の頼みならやるだろうからな!
「ならわたしがお兄ちゃんにくっついても引き剥がしたりしませんよね!」
「……しないと、思う」
しないよな、兄なら……
「怖いことがあった夜は一緒に寝るのも?」
「あ、ああ……」
そこで、オレはようやく気が付いた。
喋るたびに声の調子が高くなっていく嬉々として訪ねてくる彼女の思惑に。
村の子供たちの手前。オレは欲望だだ漏れのネクの要求に渋々頷く。
まあこれで仲の良い兄妹と信じてもらえたのなら、この代償も無駄じゃない、のかな。
見ていた子供たちが再びオレの背後でヒソヒソと声をひそめて話す。
「え、このおにいさん超シスコンじゃん……」
「うん。ふつう兄妹でそんなのしないよね?」
「な。ふつうに気持ちわるいだろ」
あれ〜逆効果なんですけど〜どうなってるんですかね、設定考案者さん!!
「うふふふ……」
前方に立つ女の子から怖いくらい嬉しそうな微笑みを、背後からは子供たちの白い目を向けられてオレはもう乾いた笑いしか出なかった。
「は、はは……」
今この瞬間から、この村でのオレの役割が妹を溺愛しているシスコンお兄ちゃんに更新されてしまったことに絶望する。
ああ、もうさっさとレベリングして、村のほとんどの人と関わらずに出発したい……
額に手を当て青空を見上げたオレを慰めてくれるのは路地を通り過ぎていく無口なそよ風だけだった。




