三章『頂を目指す日々』⑥
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村に戻り、宿屋に帰ってくるとネクは両開きの扉を勢いよく開き。重い足音を踏み鳴らし、バックパックを引っ提げて受付のカウンターの方へ一直線に向かっていく。
そして店主の男の居るカウンターの上に“例のお宝”の入ったバックパックを、ドスンと乱暴に置いた。
その様子に狭い受付のあるロビーにちらほら居た他の客たちが静まり返り、何事かとオレの前に立つシスターに視線が集まる。
「店主さん、依頼されたお宝を持って帰ってきましたよ」
「えっ、ああ……ありがとうな聖女さん」
店主の男はネクの後ろに立つオレに何か言いたげな視線を投げるが、オレは気まずくなって目を逸らした。
「では兄がこれを持って帰ってきたので報酬の“ゴールド”を渡していただけますか?」
「いや、報酬は持って帰ってきたお宝の山分け……」
「これについて奥様の耳に届けることもできますが、お互い穏便に済ませたいと思いませんか?」
ネクが報酬のお宝……と店主が呼んでいたエロ本が山のように詰め込められたバックを指差して言う。
「いっ!? てめえ、脅す気か!」
「脅す? この程度の提案でそこまで言われるとは意外です」
「ハッ! そっちがそういう態度ならアンタらにウチの部屋から今すぐ出てってもらうことだってできるんだぜ? なあ聖女さんよお」
「なあ、もういいんじゃないか。依頼なら他にもあるし」
揉め事になりそうな雰囲気に、オレはこっそりとネクの後ろから耳打ちする。
「ヒャンッ! もうお兄ちゃん……こんな人前で恥ずかしいよぉ」
「……」
そして、おかしな事などしていない筈なのにすごく後悔した。
「……真面目な話、サキュバスの棲息するような洞窟に行かせておいてこの報酬には納得できません」
変な声を出したネクは、無駄に恥をかいたオレに真面目な回答も忘れずに小声で教えてくれた。
最初からそっちだけでお願いします。
「ほら、どうするんだ? このまま俺の宿屋から出ていくのか、黙って部屋に戻るのか」
「うーんどっちも嫌なので、それは奥様を呼んでから話し合うということで。すみませーん!」
「えっ?」
ネクは店主の男の提案など華麗に無視して、カウンターの向こうにあるスタッフオンリーと書かれた扉に向かって大声で呼びかける。
少し間を空けて、扉の向こうから返事が返ってきた。
「はーい、ただいまー」
中から足音が近づき扉が開く。
そこから怪訝そうにした宿屋の店主、ではなかった店主の奥さんが顔を出す。
「どうかしましたか。あれ? なんだいアンタここに居るならお客さんの対応くらいしておくれよ」
「ダァーわかったわかった! なんでもねえからお前は奥に行ってろ!」
「はあ?」
奥さんが姿を見せた途端。店主の顔色が変わる。
「あ、ごめんなさい。旦那さんが椅子で眠ってしまっていると思ったので呼んでしまいしました」
「あらそうなの。でも、もう来ちゃったし用ならアタシでも構わないよ」
「いいから、お前は奥に行ってろって! 俺がやっとくから!」
「なんだいったく。なら最初から居眠りなんてしてんじゃないよ、このボンクラ」
その必死さを眺めながら、オレは洞窟内で見た酒瓶の近くで力尽きていた冒険者ではない人間の骸骨を思い出した。
はは〜ん、分かったぞ。
たぶんこの村であの“淫魔の洞窟”というのは有名で、店主は酔っ払って足を踏み入れた際に持っていたエロ本を落としてきてしまったとかだろう。
いや、なんでエロ本を持ち歩いてたんだよって話なんだけど……
店主の奥さんが扉の奥に消えていくのを見送ってからネクが店主に尋ねる。
「それでどうするんですか?」
「ゴールドを……払います」
「平和的解決ができて良かったです」
清々しい笑顔で言うネクの横で、肩を落とした宿屋の店主が渋々オレにゴールドの入った小袋を渡してくる。
「ほら、にいちゃん。報酬だ……」
「あ、ありがとう」
それを少し申し訳なく思いながら受け取って、オレは戻って来たばかりの宿屋から村の表通りへと出た。
次の行き先を探すオレの隣。なにも言わずついて来てくれたネクはオレの蘇ってから一発目の依頼成功に嬉しそうにしている。
今回の手柄はほとんどネクのおかげなんだけどな。
「やりましたねレオくん、依頼達成です!」
「うん。じゃあ無事帰ってきたし、レストランに行こう。今日はオレが奢るよ。あ、そんなに高いとこはまだ無理だけど」
「いえいえ、わたしが出しますよ? そのゴールドはもしもの時のために取って置いてください」
「これくらいさせてくれよ。じゃないとオレが自分を許せそうにない」
そもそもこの報酬自体がネクのおかげと言えるので、これ以外の使い道なんてオレには思いつかない。
「うーん。じゃあ断りすぎるのも失礼ですので、今日はレオくんの厚意に甘えさせていただきますね」
そうしてオレの申し出を受け入れてくれたネクと共に、いつもネクが奢ってくれている店ではなく。そこよりは少しお手軽な大衆向けの店で久しぶりに人の喧騒を耳にしながら昼食を食べた。
その後は夜まで少し時間があったけれど、午前中から洞窟に行っていたのもあり、オレたちはいつもより少し早く宿屋の部屋へと戻った。
「レオくんは、どうして魔王を倒したいんですか?」
部屋に戻り。
オレがベッドの横にある背の低い椅子に座って剣の手入れをしていると、向かいのベッドの上で足を崩しているネクがそんなことを聞いてきた。
「? 魔王を倒したくない冒険者なんていないだろ?」
「う、じゃあどうして他の冒険者に任せようと思わないんですか」
「う〜ん……」
そう聞かれると、オレはネクの言葉に対するしっかりとした回答を持っていなかった。
「他のか弱い冒険者たちに任せるのはそんなに不安なんですか?」
「いや、か弱いとかそんな失礼なことは思ってないけどね。先に倒してくれる人がいるならそれに越したことはないと思うし」
「なら、どうして?」
「どうしてと言われても、世界が危機に瀕してるのにじっとしてるわけにはいかないだろ」
「じっとしていられないというだけでレオくんは危険な戦いを続けるんですか?」
「まあそうかな」
強くなくてもオレは今この大陸で唯一の魔王城到達者でもあるわけだし、なにかしらの役には立てるかもしれない。戦えずとも目指さない理由はないだろう。
「なんともふわっとした理由ですねぇ。レオくんが善人なのは生前の行いから分かっていましたから、今さら驚きませんけど」
「悪人のつもりはないけどオレは善人ってほどじゃないよ」
オレは勇者であるサンみたいに誰にでも笑顔で接して、悪人さえも改心させて最後には救ってあげたい。
なんて、あんな眩しいくらい純粋な人間なんかには到底なれる気がしないからなぁ。
「じゃあ、いっしょですね」
「?」
「わたしたち。レオくんがどう思ってくれているか分かりませんがわたしも善人ではないですから」
オレにとって聖女というのは一般的に善良な種族の代表みたいなイメージだけど、たしかに元シスターで冒険者のネクロマンサーという肩書きの彼女にもそれだけ浅からぬ事情があるんだろう。
「そっか、お互い色々ありそうだね」
「一度死んでいるレオくんには、さすがに敵いませんけど」
「その起きないはずの眠りから起こしたのはキミなんだけどね」
「えーだって、好きな人にはわたしが死ぬまで永遠に生きていてほしいじゃないですかぁ」
「うん、ごめん。その感覚は理解できなくはないんだけど、マジで実行してる時点でかなり怖いから!」
向かいのベッドで青い瞳を輝かせて甘い声を出す自分のファンに、オレは違う意味でドキッとして頭を抱えた。
レオ。レベル3⇧⇧⇧レベル5
ネク。レベル???




