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三章『頂を目指す日々』⑤

5




結局一人でサキュバスとハーピィを殴り倒したネクが膝をついたオレの前に立ち。手の平を向けて回復呪文を唱える。


「〈ヒール〉」


「モンスター倒してもらったのに回復までしてもらって面目ない」


「倒した理由はわたしの個人的な怒りですから、気にしないでください」


「でもすごいな。腕力を強化しているとはいえ、シスターがモンスターを殴って倒すなんて」


「強化していたのは脚力だけですよ?」


「……え?」


じゃあやっぱり、モンスターを素手で殴り飛ばしていたあの腕力は己とレベルボーナス恩恵のみの物だったのか。


オレが一人でネクの強さについて考えていると、彼女はいきなり大きな声をあげた。


「あ! 今、わたしのことをゴリラだと思いましたかっ!?」


「え、いやいやいや思ってない思ってない! まさか助けてもらっといてそんなこと思わないよ!」


「じゃあ恩がなければ思う可能性があるってことじゃないですかぁ!」


「女の子にそんなこと思わないよ。す、すごいなって思っただけで……」


「じゃ、じゃあ……それ知ってもなおわたしに抱きしめられても平気と言えますか?」


「い、いやそれは怪力とか関係なく別の問題で平気じゃないっていうか……」


「怪力って言ってるじゃないですか思ってるじゃないですか!!」


「はっ!」


困ったな……どうやらオレは彼女のデリケートな部分に触れてしまったようだ。このままだとネクを傷つけてしまう。


「わ〜ん! そうですよね、わたしに抱きしめられたら背骨が折れてしまいますもんね! どうせ、わたしはデカ女ですよ怪力ですよっ! うわぁぁぁぁん!!」


「誤解だって! ネクはちゃんと可愛らしい女の子だとオレも思うよ」


幼い子供のように泣き喚くネクを必死になだめる。


なにこの状況? さっきまでモンスターと戦っていた洞窟内で、同じ年の女の子にオレは何を言っているんだろう。早く帰りたい。


「じゃあ……できますか?」


そう言って、ネクは腕を広げてオレを待ち構える。


なんかネクの中で思っていない=抱きしめる、みたいな解決方法になっているのはなぜなんだろうか。


「それとこれとは話が別……」


「やっぱり口で誤魔化しても内心は怪力デカ女って思ってるんですねそうに決まってます!!」


いや決まってないだろ……あとネクはそれで強いんだから別にそれでも良くないか? 冒険者としてはなにも困らないと思うんだけどな。


「わかった。わかったから落ち着いてくれ」


「というと?」


「いや、ほら……いいよ」


「それは抱きしめてもいいということですか?」


「……うん。それで誤解が解けるならね」


「え、え、えっ!? 本当にいいんですか? 背中に手を回しますよ? 体をくっつけますよ? おそらく絶対にまた匂いもくんくんすると思いますよ?」


「ごめん、オレの覚悟が挫ける前に頼む」


なぜか驚いて勝手に色々自白したネクに、オレは逃げ出す前にひと思いにやって欲しいと懇願する。


「では、失礼します!」


「もうそういうのはいいから……」


改めて畏まられるとさらに鼓動が早くなってくる。


「ああ、幸せです! こんなにも早くまたこの手でレオくんを抱きしめられる日が来るなんて!!」


「そうですか……」


宣言通りネクはオレの首に腕を回すとぐいっと体を密着させた。


「はい、とてもいい匂いがします。この匂いに包まれているとなんだか安心して眠ってしまいそうなくらい」


「二回目でその境地に辿り着いてるのもはや才能だよ」


「そうです。ネクはレオくんを愛する天才なのです!」


「うわ〜すごいな〜」


この子大丈夫か? 明らかにテンションおかしくなってるし。


オレの胸で鉄のプレートに頬ずりしているネクはご満悦そうである。なので、そんな十分楽しんだ様子のネクをオレは胸から引き剥がす。


「はい、終わり」


「わわっ! いきなり押したら危ないですよ。押し倒してくれるなら大歓迎ですけど」


「どさくさに紛れてそんな最低なことするか!」


「チッ、まだ好感度が足りませんか……」


「もう何からツッコめばいいのか」


堂々と舌打ちするネクに額に手を当てたオレはため息しか出てこない。


というか、モンスターの生息していた洞窟でそんなことする奴の方が危ないだろ……主に頭とか。


「あの気になっていたんですが、レオくんは女の子が嫌いなんですか?」


「それは、嫌いって言ったら遠慮してくれるってことかな?」


ネクの質問にオレは期待などしていない質問で返すが、


「いえ、それは絶対に無いんですけど攻め方は変えた方がいいかなと」


それはノータイムで断られた。


「はあ〜嫌いじゃない。ただ慣れてないんだよ」


別に異性というだけで他人を憎むほど、オレは女の子にトラウマなんて持っていない。


けど、あまり関わる機会もなかったので耐性がないというだけだ。


「でも勇者パーティーには紅一点の魔導師がいませんでしたか?」


「ルナは一族の仇のために戦ってたんだ。あんな誇り高い人をそんな目で見ないよ」


綺麗とか可愛いとか思うより、ルナ・ハインツは強い人だった。そんな尊敬する仲間に男とか女なんて関係ない。


だからオレも勇者パーティーの誰であっても安心して背中を任せられたわけだし。


「それに生前は戦いばかりの死と隣り合わせの日々で、

そんなことに意識を割いてる暇なんてなかったよ」


そういう意味では灰色の思い出しかなくて、ファンに聞かせるにはちょっとネタ不足で申し訳ない限りである。


「そうですよね、この大陸の平和の為に戦っていたんですもんね。さすがに失礼なことを言いました、ごめんなさい」


「気にしないでいいよ。あんな気持ち、誰かにもわかってほしいなんて思ってない」


戦ってくれてる人のお陰で自分たちの平和があり、生活があり、命がある。だから“常に“どこかで戦ってくれる人への感謝を忘れてはならないなんて。


「そんなのちっとも平和じゃないだろ」


少なくともオレたち(勇者パーティー)はそんな息苦しい世界の為に戦っていたんじゃない。


誰もが怯えることなく暮らせる世界の為に戦っていたんだ。


「では、わたしのことはこれからも遠慮なく意識し続けてくださいね」


「いや慣れるよう努力するよ」


このままだと戦闘での連携がやりづらそうだしな。


「ダメです!!」


「ええ!? ど、どうして?」


「なんでわたしがおかしなこと言ってるみたいな顔をしてるんですか! 今おかしなことを言ってるのは確実にレオくんです」


「オレ?」


今後の旅のことを考えて、今のオレはかなり真面目に喋っていたつもりなんだけど……


「わたしはあなたとイチャイチャするために蘇ってもらったんですよ? 異性として意識されなくなるなんて最悪じゃないですか!」


「な、なるほど?」


正直、目の前で熱弁する女の子の言っていることはイマイチよく分からなかった。しかし、これだけは確かだと思った。


こ、この子……めんどくせ〜。


「なので、わたしはこれからも女の子が苦手なレオくんに大好きになってもらえるように頑張ります。宜しいですね?」


「う、うん。応援はできないけど……」


「はい! これから一生一緒なんですから任せてください」


ネクは満面の笑顔で良い返事をした後にちょっと怖いことを言う。オレはその笑顔から目を逸らし、足元の金貨に目を落とす。


「そういえばお宝って、このゴールドの事なのかな?」


「だとしたら、この量を持って帰るのはちょっとむずかしいかもですね」


たしかに、このフロアのゴールドを全てかき集めて運ぼうとしたらネクのバックパック一つでは絶対無理だ。荷車がニ台はいるだろう。


「じゃあ、他に何かあるのかな」


「おや、あれはなんでしょう?」


「?」


ネクが指を差す方向に目を向けると、フロアの角に投げ捨てられた中身が詰め込まれてパンパンになったボロボロのバックパックを見つけた。


「とてもお宝ってほどには見えないけど……」


しかし、ゴールドの他には宝というほど価値のありそうな物は見当たらない。


「おもっ!」


近づき試しに軽く持ち上げようとすると、見た目以上の重量に驚愕する。


「冒険者がよく使っているのとは違う物からして、持ち主は大量の物資を運搬するために、これに入れたのかもしれませんね」


「なら、とりあえずこれを持って帰ってみようか」


「一応、簡単に中身を見ておきませんか? 危険物が入っていたら困りますし」


「ああ、そうだね」


そうしてバックパックの蓋を開けて中身を確認しようとした時。オレは依頼主の店主に言われたことを思い出していた。



『宝をにいちゃんが無事にここまで運んでくればな』



「ちょっと待ってくれ! やっぱり中身はオレが確認するよ」


「?」


「あの店主がオレに持ってこいって言ってたんだ。だからオレ一人で確認する」


「本人はここにいないんですし、バレませんよ」


「いやいやそれでもしも報酬が無しになったら元も子もないでしょ」


「うーん、それはたしかに」


納得してくれた様子のネクを見て、オレはバックパックを持ってネクに背を向けようとする。


「──と見せかけてっ」


しかし、そこでまだ諦めていなかったネクがバックパックを引っ張る。


「わたしにだけヒミツと言われると余計に気になります!」


「お、おい! ちょっ待てって!」


バラバラ。


引っ張られた衝撃で手元が傾いた拍子。


バックの中からわずかに冊子のような紙の束が数冊こぼれ落ちた。


「え?」

「え?」


床に落ちた書物の表紙には、布面積が極小の衣服を着た精巧な女性の絵が描かれている。


「なっ!? こ、これはっ!」


「レオく〜ん? どういうことですかぁ?」


「いや〜なんなんだろうね、ほんとに……」


驚くオレにネクがピクピクと痙攣する笑顔で聞いてくる。けれど、そんなことはオレが聞きたいくらいだ。


あのおっさん、男にしか頼めないってそういうことかよ! モンスターがいるような洞窟にエロ本なんて拾いに行かせてんじゃねえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!


「さっき女性が苦手みたいなこと言ってましたよね〜?」


「違うんだよ、オレも宝がこんな物だって知らなかったんだ! 信じてくれ!」


よくは分からないけど、この為にモンスターを相手にしてまで頑張っていたというのは、オレの何か大切な物を台無しにしてしまう気がする!


今度はなにを要求されるのかヒヤヒヤしていたオレにネクは意外とあっさり首を縦に振ってくれた。


「わかりました、信じましょう。レオくんは知らなかったと、ソレの為にがんばってた訳ではないと」


「え、そんな簡単に信じてくれるんだ……」


「なんで意外そうなんですか……まさか本当はコレのために?」


「いや違う。誓ってオレはその本の為にネクを危険に晒したりはしないです!」


「では帰りましょう。早く村に戻って店主に報酬をいただかないと」


「お、おう」


この依頼の報酬はお宝の山分けだったんだけど……今のネクにこれ以上真実を伝えるのはまずそうなのでやめておこう。

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