二章『取り上げられた力』④
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死臭のする体をきれいにして風呂から上がり、装備を身につけて脱衣所を出る。
風呂屋のカウンターの方に戻って来るとネクの姿はまだ見えなかった。
「まだ風呂かな」
首を向けると隣の浴室の方から微かに水音が聞こえてくる。
オレの背中を流してたし、あんなに綺麗で長い髪をしてるんだ多少時間がかかっても無理もない。
「外で、あーいや離れすぎたらぶっ倒れちゃうのか」
こんな所で死体になったら風呂上がりのネクに宿まで運んでもらう羽目になって、また一汗かかせてしまう。
さすがにネクの苦労を増やすわけにいかないので、
「ここで待つかぁ」
受付の隅にあるベンチに腰を下ろし、オレは大人しくネクを待つことにした。
ぼーっとしたり、わけもなく壁に貼られた効能やルールの書かれた紙を眺めること数十分。
脱衣所から出てきたネクがこちらにペコリと腰を曲げる。
「お待たせしました」
「うん、大人しく待ってたよ。背中まで洗ってもらったしね」
「気にしないでください。わたしの崇拝するレオくんになら当然のことです」
「すすす、崇拝!?」
いくらシスターとはいえ、年頃の女の子の口から出たとは思えない単語に驚いてオレは思わず聞き返す。
「おかしいですか? 最初からレオくんの古参ファンだと言っていたので分かっていたのかと思っていました」
「いや自分でその可能性考慮してたらオレヤバいやつだから……」
まあ自分のことだからこそ、そういう感覚を持たれてるとは微塵も想像してなくてこんなに驚いてんだけどな。
「嫌、ですか?」
「う〜ん。答えるのが難しいけど、普通に仲間として接してくれるならまあ大丈夫かな」
「じゃあ今まで通りですね。では今のはお気になさらないでください」
「それはちょっと難しいかもしれないけど……」
というか、二人きりの時に抱きついたり風呂場に侵入してくるのが、仲間として普通の行動ではないという意見は通じていないようだった。
「そんなことより、もう夜も遅いです。早く宿屋の部屋に戻りましょう!」
「そ、そうだね」
ネクのおかしな言動には驚かされてばかりだけど、この件をこれ以上掘り下げても特に意味があるとは思えなかったので追求するのはやめておこう。
苦笑いするオレを置いて先の外に出たネクを追いかけて風呂屋から出る。
外に出ると火照った体を涼しい夜風に撫でられ、灯りが消え静まり返る村の草むらから虫のさざめきが耳に届いた。
「平和だな」
不意に、そう呟いていた。
生まれ育った村で両親が寝静まる時間に、たまにふらっと外の空気を吸いに行っていた時の景色を思い出して懐かしくなる。
「そうですねぇ。わたしの生まれた村もこんな場所でした」
「──え?」
図らずも同じ考えに至っていたネクの言葉に驚き。オレはネクに少しの親近感を覚えていた。
「本当に懐かしいです、小さい頃を思い出してしまいますね」
「ああ、そうだね」
深く頷くオレにネクは意外そうな目を向けて、じっとこちらを見ていた。
「レオくんもですか?」
「うん。オレも田舎の大きくも小さくもない教会がある事が唯一の取り柄みたいな村で育ったから、こういう空気は落ち着くんだ」
「そうなんですか! 古参ファンとしてはレオくんの小さい頃の話は俄然気になります!」
それを聞いたネクが瞬時に瞳を輝かせる。
けれど、そんなネクにオレは頭の後ろを掻きながら謝った。
「ごめん。それが勇者パーティーに加入してから多くの窮地と死闘を繰り返していたから、昔のことってあんまり覚えてないんだよね」
「あ、そうなんですか……」
「ごめんね、期待に応えられなかったみたいで」
「いえ、仕方ないですよ。きっと想像もできない程壮絶な旅だったでしょうから」
そう言うネクはとても残念そうな顔をしていた。
そんなにオレの昔話に期待していてくれたのかな?
普通の村民の家庭に生まれたオレの少年時代なんて努力をした──というつまらない感想くらいしか、人に話すようなことはないんだけど……
「思い出話はできないけどさ。今はちょっぴり楽しいよ」
だからオレは昔話の代わりに言った。今のオレの偽りのない本心を。
「わたしに気を遣っているんですか?」
「いいや。使命を忘れたつもりはないけど心から今は楽しいと思ってる」
「え? わ、わたしと一緒なのに?」
ネクにもその不安を覚える常識と理性は残ってるんだ……
それはともかく。
「もちろん! だってまるで冒険を始めた日みたいでさ。これからが楽しみでたまらないよ!」
生前の冒険は始まって数ヶ月で魔王を倒すための死に物狂いで強くなろうとしていたから、今度は一歩一歩確実に強くなろうとしている今が新鮮でわくわくしている。
「だから、ありがとう。ネク」
「えへっそんなはっきりと言われると照れてしまいますね」
「こんなんじゃ足りないさ。生き返ってから至れり尽せりだったのにお礼もまだだったし」
「お、お礼なんて必要ありません! レオくんさえ居てくれれば!」
「それはまあ、オレの意思とかはあんまり関係からね」
なにせ生き返ったのも、離れらないのも全てはネクの望み通りなんだから。
「そ、それでも! わたしもいつの日かレオくんに好きになってもらえるように頑張ります!」
「えっと、まだ出会ったばかりでよく分からないけど……頑張って、でいいのかな?」
「はい、がんばります!」
その夜。オレは宿屋の部屋に戻ってすぐに防具を脱ぎ、装備を外してベッドに入った。
「おやすみ、ネク」
「はい、おやすみなさい」
ベットに沈む体の疲労にしたがってオレは目を閉じる。
「……愛してします、レオくん」
『オレも、愛しているよ』
二つの声の後。部屋には一瞬沈黙が流れた。
そして──
「……あの、人の発言を捏造するのはやめてくれる?」
「あら、まだ起きてましたか」
悪びれもせず、けろっとしているネクの一人芝居にツッコミを入れておく。
同じ部屋に女の子がいるという緊張感も忘れ、オレは目を閉じてから数十を数える頃には泥のように眠りについていた。




