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二章『取り上げられた力』③

3




村の表通りを北の方に進み。オレたちは宿屋を通り過ぎて少しの所にある風呂屋に到着した。


開きっぱなしの店の入り口から中に入ると線の細い男の店主がやる気の無さそうな顔でオレとネクを見る。


「おや、珍しいな。もしかしてこんな時間にお客さんかい?」


「ええ、戦闘の後でお風呂に入りたくて来たんですが……」


「申し訳ないな聖女さん。見てのとおり今日はもう閉店なんだ、また明日にでも来てくださいや」


ネクの申し出に店主は、特に感想もなさそうにその手でオレたちが入ってきた入り口を指し示す。


まあ当然の反応だよな。オレたちはこの村の人間でもないし、知らない旅人にそこまでしてやる義理とかないだろうし。


しかし、ネクはそれでもまだ風呂にこだわっているのか。おとなしく回れ右はしなかった。


「お風呂から上がったら、お知らせしますのでなんとか最後に入れていただく事はできませんか?」


「ネク、いくらなんでもそれはムリ言い過ぎだって」


「お連れさんの言う通り、いくら聖女さんでも流石に旅の人に自分の店の戸締まりを任せるってのはできないねえ?」


「──これでもダメですか?」


ネクが店主の声に食い気味で尋ねながら、ゴールドのいっぱいに入った巾着を取り出して店主の前に出す。


「なっ!? か、構いません! どうぞどうぞ何時間でも心行くまでお入りください!」


「あら、お優しい」


ゴールドを生命力が宿った瞳で受け取った店主はすぐさま店の鍵をネクに渡すと、全く警戒もせずに颯爽と隣接する自宅へと姿を消した。


「話の分かる方でよかったですね」


「……」


強引すぎる解決方法に言葉を失っていると、オレの視線に気づいたネクが聞いてもいないのに弁解を始める。


「そんな嫌なものを見る目で見ないでください! 傷つきます!」


「ああ、ごめんごめん。ちょっとびっくりしちゃって」


「わたしだって、こんな方法やりたくてやっているんじゃないんですよ!」


「いや大丈夫だって。そこまでは引いてないから」


「嘘です! 今絶対にいけ好かない奴だなって思ってました!」


「お、思ってないよ」


「目を逸らしてるじゃないですか!? 思ってるじゃないですか!」


「いや、まあ」


金に物言わせてるみたいで良い印象は持ってなかったけど……そんな慌てなくても。


「お金で解決できれば、その方が良いんですっ!」


「大丈夫? それ本音出ちゃってない」


「違います! 今のわたしたちは変に素性や旅の理由を詮索されたりしたら困るから、こういう方法が一番なんですっ」


「あ、そういえば」


それを聞いてオレは村に着いてからのネクの行動に少し納得していた。


確かに、こちらの事情を説明するってことは嘘を重ねる度にボロを出すリスクを増やすことになる。


それを繰り返して村の人間たちに不信感を持たれれば、この村から追い出されたり。最悪ギルドの衛兵を呼ばれでもしたら厄介だ。


「だから、わたしはできるだけ訳を聞かれないように強行突破してるんです……わかってくれましたか?」


「完全に理解したよ。でも、そういうことなら先に言ってくれればいいのに」


「昨日から色々やることが多くて、言うタイミングが無かったんですよぉ」


「そっか。じゃあお互い体でも流して忘れよう」


「その誤解もしっかり洗い流してくださいね、絶対ですよ?」


「へいへい」


ネクと別れ、風呂屋の受付のある部屋から繋がる二つの部屋のうちの男と記された方の入り口をくぐる。


脱衣所で軽装の防具と服を脱ぎ。木で出来た縦長の戸棚に装備をしまって戸を閉めて鍵を掛ける。


支度を終えて腰にタオルを巻いたオレは、鍵についた紐を手首に結び、風呂場のガラス戸を開けて浴室に入った。


営業時間外の最後の客ということもあり、乾いていた石床のひんやりとした硬い感触を感じながら、正方形の浴室の奥へ進む。


隅に置かれた桶を取り、浴室の半分は埋まりそうな半円形の石の浴槽から湯を汲んで、オレは反対側の壁沿いに置かれた低い木椅子に腰掛けた。


膝の高さにある壁の出っ張りの上に置かれた石鹸を桶の湯で濡らし、手の中で泡を立てて戦闘で汚れた髪を洗う。


返り血で固まった髪を強引にかき乱し、念入りにほぐしていく。


「あー眠い」


夜風の涼しい外から暖かい浴室に移動したことで、睡魔と温さで気を抜くとその場で眠りに落ちてしまいそうになる。


そう言えば、アイツもパーティー内の身嗜みにはうるさかったなぁ。


そんな眠気でふわふわしてくる頭で、オレは元パーティーメンバーのお節介だった少女の顔を思い出す。


ルナの奴、勇者のサンには「人々に見られる立場なんだから」とか言って特につっかかってたっけなぁ。


思い出に浸りながらオレが目を閉じて髪を洗っていると……


ガチャ。


不意に浴室のドアを開けて何者かが入ってくる音がした。


「……?」


突然の侵入者の存在に緩んでいた糸が張り詰め、意識が覚醒する。


……敵意は感じない。オレやネクを狙ってきたとかではなさそうだ。


だとしたら、店主の知り合いでも間違って入って来ちゃったのかな?


店としてはそれはそれで問題な気もするけど。


まあいいか、ここはオレの店でもないし悪人でもないなら無視しても。


ぺたぺた。


しかし、石の床を歩く足音は真っ直ぐこちらに向かってくる。


「誰だ、オレに用があるのか?」


ぺたぺた。


問いかけに答えず、その人物がオレの背後に立つ。


「オレにはこの村に“妹”以外に知り合いはいないはずなんだが、なんのつもりだ?」


剣は脱衣所に置いてきている。もしもの時は、丸腰で相手をしなくちゃならない。


「……っ」


喉を鳴らし、答えを待つ。


固唾を飲むオレの背後で、未だ敵意のしない気配がゆっくりと腰を下ろした。


「安心してください。わたしですよ」


その声は、すごく聞き覚えのあるものだった。


それは本来ならほっとするのだが、場所と状況が奇跡的に悪い方に噛み合って逆に混乱してしまう。


「ネ、ネク!? な、なんでキミが男湯ここにいるんだよっ!?」


「レオくんの背中を流しに来ました。ご自分ではよく洗えないと思って」


「いや子供じゃないんだから、体ぐらい自分で洗えるから!」


間違っても視界に入れないようにギュッと目を閉じて俯くオレの肩に、ネクが手を置く。


「遠慮なんてしないでください。わたしはレオくんのお背中を流せて嬉しいんです」


「待て! というか今、もしも他に誰か入ってきたら絶対ヤバいだろ!」


「たぶん大丈夫ですよ。お店の出入り口には鍵を掛けてきましたし、閉店後にお客さんなんて来ませんって」


「懲りもせず用意が周到だ!?」


もしかして夜も遅いのにネクが風呂にこだわったのってこの為なの!?


「まあまあ、細かいことはいいですから」


「女の子がこんなことするもんじゃないよ!」


「慣れてください。これからはずっと一緒なんですから」


「むしろずっと一緒なら尚のこと二度と起こってほしくないんだけど!」


「いえいえさすがにこれは、たまにですよ……」


二度目が起こるリスクはあるんじゃねえか!!


「それに今のレオくん臭いますよ。くんくん……うへっ」


「え、オレってそんなに臭いの!?」


「人間は慣れるとニオイに鈍感になると言いますからね」


「マジか……」


今までなんの配慮もせず過ごしていたが、今まで会ってきた人たちも元パーティーのアイツらもそう思っていたのか? 


最悪すぎる……オレはこれまでどれだけの人に気を遣わせていたんだろうか?


「あ、勘違いをしないでくださいね?」


「え゛」


己の体臭に頭を悩ませるオレをネクが背後から抱きしめる。


一枚の薄い布越しに体に伝わる様々な情報で、頭が爆発しそうになる。


「ちょ、ちょっとなにしてんの!?」


「ふふっ安心してください」


「なにが!? あ、あの早く離れて! 当たってるからっ!」


そんな最早何が起こっているのか理解したくなくなってきたオレの耳元で、ネクがクスクスと笑いながら話し出す。


「臭いっていうのはレオくんのことではありません」


「はあ、なら他になにが?」


「三年間もずっと死んだまま石の中で放っておかれてたんですよ? 今のレオくんは体中から死臭を放っているだけです」


「な〜んだ。ってそれマズイじゃん!! 早く言ってくれよ!」


「いえ、ニオイの話ってデリケートなので……」


「その気遣いのせいで、村の人たちからも死臭漂わせてるヤバい奴だと思われてた可能性が出てきちゃったよ……」


「なので体を念入りに洗わないと。これから先死臭のする剣士を連れたシスターなんて噂されては困りますから」


「う〜〜ん。じゃあ背中はお願いします」


なんか無理矢理丸め込まれた気しかしないけど、これ以上死臭をさせて冒険するわけにはいかない。


というか、この状況が長引くこと自体とんでもなくヤバかった。


なのでオレは絶対に背後を見ないように固く目を閉じて、ネクに背中を差し出す。


「おまかせください!」


「で、それが終わったら出ていってください」


「えーなんでなんで!? こんなに尽くしているのに!?」


「それ以上は……」


「?」


「オレが耐えられないからだよっっ!!!!」


「あ〜ある意味、そっちの方が攻略難易度上がってるんですよねぇ……」


「え、ごめん。聞こえなかったからもう一回言ってくれ」


「幸せだな〜って言ったんですよー」


オレの背中で、泡立てた布を上から下へ動かしながらネクはそんなことを言う。


これが幸せって……ネクはオレを生き返すまで、一体どんな人生を送ってきたのだろうか。


ネクにとって禁忌を犯すほどの価値が、本当にオレなんかにあるのだろうか。対象が勇者ならともかく。


そして背中を洗い終わると、立ち上がったネクはオレに言われた通り。意外にも素直に出口に向かった。


「では今日はこのくらいで失礼しますね」


オレはその離れていく背中に顔を上げてお礼を言おうとして……


けれど、どうしてかそれがいけないことのような気がしてしまい。


「う、うん……ありがとう」


その場で俯いたままお礼を言って、男湯の浴室から出ていくネクの声に耳を傾けていた。


「それでは、ごゆっくり」


扉の閉まる音を聞いた途端。オレは緊張から解放されて胸を撫で下ろした。


「はぁ〜、モンスターとの戦闘より緊張したよ……」


生前は全く縁のなかった事態に、数分がずいぶんと長く感じた。


こういうの慣れるには少なくない時間が必要そうだ。


その後は、体の残りの部分を丁寧に洗い。きれいに流してから浴室の中央にある石造りの浴槽に浸かった。


生き返ってから慣れないことのオンパレードに襲われ続けているオレは、背中を浴槽の縁に預けて天井に視線を投げる。


「まだ心臓が騒がしいな……」


言動はともかく、容姿は美少女と言って申し分ないネクの突飛な行動に。


ネクの計画通りなのか予想外なのか、オレはしっかりと振り回されていた。


だけどそんな熱烈な態度に、どう反応すればいいのか今のオレにはまだよく分からなかった。

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