プロローグ。
黒雲が覆う、赤い雷の雷鳴が轟き続ける禍々しい空の下。
世界の敵である魔王を討つために続けてきた勇者パーティーの旅は最終局面を迎えようとしていた。
「やっとここまできたね、みんな」
魔王城の巨大な扉の前に立つ剣と盾を持つ少年。
勇者のサンはここまでの疲れも見せずに涼しい笑顔で後ろに並ぶ仲間たちに問いかける。
「そうね。やっと一族の仇が取れるわ……!」
「私もこの戦いに勝利すれば魔法を教える指導者になってゆっくりできそうです。やれやれ……そうなればもう戦いなどしなくて済みそうだ」
杖でコツコツと肩を叩く魔法使いの少女のルナが期待に満ちた眼差しで答え。
対照的に、パーティーで唯一の大人である魔導師のゴードンは疲れた顔で髭を撫でながらぼやく。
「あはは……確かにこれがボクたちの最後の戦いになるかもね」
サンは苦笑いを浮かべて仲間たちの一番後ろで黙って大扉を眺めている剣士に声をかけた。
「レオは? 終わったらやりたい事は見つかったかい」
「いいやオレは魔王との個人的な因縁もないし、聡明な魔導師でもない」
サンの問いに剣士の少年レオは苦笑して首を振った。
「ましてやサンみたいに勇者なんて壮大な使命もない剣を振るしか取り柄のない男だからな」
そして仲間たちの戦う理由を並べた後。自己評価の低いことを言う。
「ふーん、じゃあアンタの転職先はサーカスか傭兵かもね」
「オレ、飛んでくるフルーツを上手く突き刺す自信はないな」
「フッ、サーカスはともかく傭兵になるならお客様は選んでくださいね? 貴方が用心棒をしていたら盗賊でも国家を敵に回しかねない」
「ち、ちょっとゴードン! レオはそんなことしないよ!」
からかう少女と、それにのっかる年長者にサンが注意する。
しかし、言われたレオは顎に手を当て考え込む素振りをしてつぶやく。
「傭兵か、わるくないかもな」
「え、レオ!?」
「ちょっとアンタ、間に受けてんじゃないわよ!」
友の言葉に、サンは驚き。ルナは理不尽な怒りをぶつける。
「勇者パーティーのアンタがそんなことしたらサンにも迷惑かかんのよ!」
「いや提案してきたのオマエだろ……」
「うっさいバカ!」
「それに誤解するなって」
「はあ?」
彼女の通常運転の機嫌など気にもせず、レオはルナを手で制してもしもの未来を語る。
「やるとしても要人警護とかだよ。悪人なんて出会った時点で守衛に引き渡すさ」
それにサンは大きく頷く。
「そっか、うん。誰かのために剣を振るっていうのはレオらしくていいと思うよ!」
「ああ、だろ? けど……最初はやっぱり故郷のみんな会いたいかな。考えるのはそっからだ」
「ええ、帰る場所がまだあるならそうすべきね」
ルナはどこか遠くを見るような瞳で言った。
いつも騒がしいくらいの彼女の憂いを帯びた横顔に、レオは自分の配慮に欠けた発言を申し訳なく思う。
「……すまん」
「なに謝ってんのよ。今さらそんな気遣い必要ないわよ」
「そうですよ。ルナさんの方が遥かに日頃から失礼を働いているでしょうし」
そんな湿っぽい雰囲気が漂いそうになる場にゴードンが助け舟を出し、ルナはいつもの調子を取り戻してツッコミを入れる。
「うっさいわね! だから、いつもあやまってるでしょう!」
「ははっ」
明るさを取り戻したパーティーの空気を確認し、サンは振り返って城の大扉に両手を伸ばす。
「そろそろ行こうか……」
「ええ、さっさと終わらせるわよ」
「若者のサポートは年長者に任せてください」
「いつも通り前衛はまかせてくれ!」
「さあ、これがボクらの最後の決戦だよ!」
サンが高らかに声を上げ、扉を押し開けようとした。その時。
広大な城の周囲から押し寄せる幾多の足音が四人の耳に届いた。
「なに、何が起こってるのよ!?」
予想外の事態に、ルナが慌てて声を上げる。
「道中の敵は全て地に還しましたが、どうやら伏兵が居たようですね……」
全員の脳裏に浮かんでいた疑問に、いち早くその可能性に辿り着いたゴードンが答えを告げる。
どうやら城の周囲で待機してしたモンスターが一斉に、回り込んで前庭に押し寄せて来ているらしい。
つまり敵に狙いは待ち伏せていたモンスターと魔王での挟み撃ち。
敵の罠に動揺しつつも、サンは冷静にパーティーメンバーの一人一人の顔を見回し、
「……二人とも魔力は持ちそう?」
魔法を使う後衛組に余力の確認する。
「数によるけど、このあと魔王と戦るっていうんならだいぶキツイわね……」
「私も回復と支援魔法を十分に使うとなると……」
サンの問いに、ルナとゴードンは渋い顔で答えた。
「……」
「だよね。じゃあちょっと頑張らなくちゃだけど、ここはボクたち二人で切り抜けよう」
そう言って、黙って状況を見守っていたレオの肩にサンが苦笑を浮かべて手を置く。
その笑顔に、レオは首を横に振った。
「──いや、ここはオレ一人にやらせてくれ」
レオはサンへ覚悟を決めた瞳で申し出る。
「はあ!? なに言ってんのよ、ここは魔王城なのよ! ザコって言っても万全じゃないアンタ一人でどうにかなるはずないでしょ!」
無謀な提案にルナは反射的に大声で反対する。
「すみませんが……」
「ゴードン?」
状況を冷静に考える年長者は思案した表情で小さく手を挙げ、他の者の注目を集めてから、
「私は彼の申し出に同意です」
ルナとは反対の意見を言った。
「ちょっ! アンタねぇ……」
いくら気の合わない彼とはいえ、さすがに信じられないという目でルナがゴードンを睨みつける。
「魔力もポーションも残り少ない我々が魔王を討つ為の最善は、彼の言うここで二手に別れることだと思いますが?」
魔王は一体。それに比べ目の前に続々と押し寄せる魔物の数は未知数。
ここでの戦いでどれほどの消耗を要するのか計算できないのだ。それが魔王との死闘にどんな影響を与えてしまうのか。
ここまで何度も何度も激闘を乗り越えてきた彼らに、それを想像するのは難しくはなかった。
「っ! けど、この数と一人で戦うなんてタダじゃ済まないわよ!」
「今、貴方の感情は重要ではない。これは本人が言い出したことです」
「でもっ!!」
少女の視線など気にも留めず、ゴードンはあくまで魔王に勝つための意見を曲げない。
「レオ、勝算はあるのかい?」
衝突する二人を横目に、サンはレオに覚悟を問う。
「オレには剣くらいしか取り柄がないんだ……」
いつもの口癖に、サンが苦笑する。
レオは手に持った金の装飾が施された剣の柄を見つめた。
それは村を出るときに貰った。村の一番の鍛冶師が打ち、村の教会の人間が祈りを捧げてくれたという。
田舎者にとっては、手に入る中で最も上等な片手直剣だった。
「だから、"コイツ"となら負ける気がしない!」
故郷の人々の想いが込められた剣から顔を上げて前を見たレオは、サンに向かって不敵に笑う。
「……わかった」
「なっ、サン本気なの!?」
驚くルナの問いかけにサンは頷く。
「うん。ここは少しの間だけレオに任せよう」
「は?」
「それで魔王を倒して、すぐに合流すればいい、でしょ?」
サンは、諦めも嘘もない本気の目で言う。
彼のその眼差しにパーティーメンバーたちから呆れ笑いが漏れる。
決して馬鹿にしているものではなく、好意的な笑みだ。
「まあ可能なら、それが今の最善ですかね」
「……ほんと男って絶望的にアホね。そんなの合理性のカケラもないじゃない」
「根拠のない申し出でわるいな」
「全くよ。でも、その覚悟は嫌いじゃないわよ」
覚悟を決めているレオの瞳を見て、ルナはモンスターの軍勢の方を向き。短杖を横にして構える。
「だから景気づけに一回だけ撃ってザコを吹き飛ばしといてあげるわ!」
魔力を高め、ルナが素早い詠唱の後。
“無数”の火炎弾をモンスターの軍勢へと放つ。
直撃した火炎弾が炸裂し、たちまち敵を飲み込む爆発が起こって数ヶ所で光の玉ような余波が広がっていく。
「私も、防御力を高める魔法だけはかけておきますね」
その隙にゴードンがレオの肩に手を置いて、
「〈スティール・ボディ〉」
体を鋼鉄のように硬く頑丈にする魔法をかけた。
魔法の光に包まれたレオがゴードンに礼を言う。
「ありがとう。これなら思っていたより勝機はありそうだ」
「レオ、少しの間だけここを任せたよ!」
サンが手の平を顔の横に上げ、レオはそれを自分の手の平で叩く。
そして眼前に広がる敵の群れを見据えた。
「まかせておけ。ここから先はネズミ一匹通しはしない!」
レオの横を通る際。
「うん! ボクたちが戻ってくるまで頼んだよ?」
サンが、
「そうよ、戻ってくる前にくたばるんじゃないわよ!」
ルナが、
「そういう事らしいので、どうか頑張ってください」
ゴードンが、彼を鼓舞していく。
「オマエたちこそ、世界を頼んだぞ?」
そんな仲間たちにレオは、巨悪と対峙しにゆく仲間たちに世界を託す。
「うん!」
「誰に言ってんのよ!」
「フッ、任せれました」
返事の後。サンが重苦しい音を立てる大扉を開いて、三人の背中が魔王城の城内へと足を踏み入れていく。
レオはしばらく眺めていた背中から視線を逸らし、ゆっくりとモンスターの軍勢を見た。
「さあ、モンスター共。ここがオマエらの墓場だ!」
魔王城の入り口から続く大階段を降りながら言うレオを、進み出る単眼で暗色の硬そうな皮膚に身を包んだ巨大な体のモンスター。
サイクロプスが威圧感を増して見下ろしてくる。
「ああ!? お前一人でこの数相手に何ができるってんだあ?」
駆け出す巨体が大地を揺らして接近し、
「苦しみたくないなら、黙ってくたばりやがれッ!」
サイクロプスの体がレオに大きな影をつくり、振り上げた大木のように太い棒を振り下ろす。
落とされた強大な一撃を、レオは片手剣を両手で頭上に構えて受け止めた。
「なッ!?」
モンスターの大きな瞳が驚愕に揺れる。
「わるいがオレは……」
受け止めた凄まじい力のかかった大木の下からレオが駆け出す。
支えを失ったでかい棒切れが大地に叩きつけられた衝撃の真横を走り。
土煙を抜けて、一瞬で敵との距離を詰める。
「苦しませずにっていうのは無理そうだ!」
レオが両手持ちの片手剣を上段に構え、敵の正面で横を向く。
振り下ろした全力の一撃は、武器を持つモンスターの手首を切り飛ばした。
「グアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」
レオはもちろんそれで攻めの手を止める気などなく。
痛みで絶叫を上げるモンスターに向かって跳躍。
頭上の単眼に目がけて、片手剣の切先をねじ込む!
「ふんっ!」
「グ、ガッ……!」
貫いた刃を下方向に滑らせながら引き抜き。一瞬にして巨体のモンスターを絶命させる。
黒いモヤを出して膝をつくサイクロプスの顔から降りたレオが剣にこびり付いた大量の血を振り払って拭う。
それから周囲の軍勢に目を向けた。
そこへ臆する事なく数体の骸骨の剣士が襲いかかってくる。
「もう勝った気か? 相手ならまだまだ居るぞクソッタレ冒険者!」
「ふっ! よっと」
飛びかかった一体の剣を火花を散らして弾き。
その隙に迫ってきた、もう一体の薙ぎ払う一撃を飛び退いてかわす。
「待ってましたァ!」
「!」
レオの飛んだ方向に先回りしていた骸骨の剣士が剣を振り上げて背に溜める。
底のない深淵の瞳で待ち受ける骨の剣士へ。
レオは飛び退いた勢いのまま、背後に刃を突き立てた。
「ナ!?」
突きを受けた簡素な鎧が砕け、衝撃で骸骨の魔物が後方に転がる。
着地したレオはその場で飛び上がり。
目を回して地に伏したモンスターへ空中からの一撃を叩き込む!
「ガァッ!」
「ちょうどいい。手数を増やすか」
レオはたった今倒した黒いモヤの出ている骨の剣士の亡骸から、数の不利を埋めるため粗悪な剣を拾い上げた。
「いくぞ!」
即席で両手に装備した二刀流で残った骸骨の剣士たちへ駆け出し、接近。
「ナメるな人間!!」
片方で攻撃を受け止め、二本目の刃がモンスターを刈り取る。
「ガっ!?」
一体、二体と余裕を持って倒す姿に、周囲のモンスターの表情にも徐々に焦りが見え始める。
「一斉射撃だ! 遠距離から攻撃できる者は全員構え!」
翼を持つ鳥人種のモンスターが空から弓を構えた。
地上の槍を扱うモンスターは肩の上に担ぎ。魔術を使えるモンスターは魔力を蓄えて時を待つ。
──まもなくモンスターの軍勢から大砲撃が放たれる。
それを許せば、例え超級冒険者のレオでもひとたまりも無いだろう。
危険な行動を黙って見ているほど、レオは自信過剰でも間抜けでもなかった。
右手のグローブに付けられた空色の球体が大きく輝き、レオの右腕に目には見えぬ闘気がみなぎる。
的を絞り、準備を終えたモンスターの軍勢は。レオを見下ろす位置で飛んでいる鳥人種のモンスターの中の一匹の合図を待ち、
「……撃て!」
張り上げた声と共に、一斉放射する。
それと同時。
放たれた視界を覆い尽くす無数の矢と槍と火球に、レオは腰を下ろし高めた闘気で必殺の奥義を繰り出す。
「〈超全力解放〉!」
闘気で揺らぐ増大した剣身を水平に振り抜き、凄まじい威力の斬撃が薙ぎ払う!
魔王城の入り口を背負ったレオの前方。
半円形に取り囲んでいたモンスターの軍勢は途方もない威力の斬撃に襲われ。
全滅……とまでいかないが、それだけで盾や厚い皮膚を持たぬ者、空を飛べぬ者はなす術もなく地に伏した。
「なんだあの剣技!? あんなの使う剣士の冒険者見たことねえぞ!?」
レオの〈超全力解放〉の威力に、モンスターの軍勢が驚愕の声を上げた。
魔王軍侵攻域の果ての果て。
熟練の冒険者でも一筋縄ではいかないモンスターしか残っていない魔王城といえど、レオの剣技を知る者は存在しなかった。
「へっ、そんなに珍しいか……なら何度でも見せてやる!」
「おい、構うな! 次が来る前に撃て!」
〈超全力解放〉の届く範囲の外。
まだピンピンしている空を飛ぶ鳥人種のモンスターたちが慌てて、次の矢をつがえて放つ。
勇者魂が明滅していた右手に持つ剣で再度振り抜こうとした奥義をしまい。
降り注ぐ矢の豪雨に晒されたレオは両手に持った剣を構え直して、二つの刃でその尽くを打ち落としていく。
(このまま鳥人種の攻撃の隙を見て、奥義を放てば少しはマシになる……!)
活路を見出すレオの視界の奥。
地上でまだ立っている他より図体の大きなモンスターが、拾い集めた仲間の武器類をまとめて投げた。
「っ!」
今も細かな矢を弾いていたレオに自分の身丈ほどある大量の剣や槍が迫る。
息を呑むレオがあらんかぎり眼を見開く。
両手を強く握り締め限界を超えた集中力で、疲労で鈍重になる腕を最高速で振り続ける。
次々と迫る鋭利に尖った脅威を、瞬きも許されぬ中で一つひとつ正確に甲高い金属音を響かせて弾いていく。
それは彼にとっては永遠のように長い、数秒の出来事だった。
「はぁはぁ……」
壮絶な打音が鳴り止む。
役目を終えた大量の武器や矢がレオを取り囲むように地に転がる。
その中央。
鉄の雨を全て打ち落としたレオは未だ二本の足で立つ。
「勇者パーティーってのは強いって聞いていたが、一番弱そうな奴でこんなバケモンなのか……?」
「ゴホッゴホッ……まだオレは死んじゃいねえ」
胸と左足に槍を受けて体中を無数の矢で突き刺されながら、
「ここを通りたいなら死ぬ気でかかってこい!!」
それでもなお戦意の失せていない瞳で剣士は咆哮を上げた。
「「っ!」」
全く衰えない気迫でレオがもう一度右手を自身の前に掲げて勇者魂を輝かせる。
「アイツ、またやる気だぞ!?」
「構うなっ! どうせ飛んでりゃ喰らわねえんだ、次であの世に送ってやれ!」
(アイツの言う通りだ。先に弓をどうにかしないと、これ以上は無理だ!)
右手に剣を体の前で溜め、振り抜く。
「〈超全力解放〉」
ただ先程とは異なり──レオは斜め上へ向けて剣をなぎ払った。
「〈スカイハイ!〉」
「!?」
軌道変化に気づいた時。斬撃は鳥人種のモンスターたちの目と鼻の先まで迫っていた。
「ギャァァァァァァァァァァァァ!!」
消し飛ぶ仲間の姿に狼狽えるモンスターの群れを、満身創痍のレオが鋭い眼光で睨みつける。
「さあ、オレはまだまだやれるぞ?」
おそらくもう長くはない命の残り火を燃やすレオは剣を構え直す。
「グギギッ!」
「っ!?」
突然。
敵の足元に姿を見せた、単眼に足だけ生えた小型の魔物にレオがぎょっとした。
(あれはストーン・アイ!)
それは主にダンジョンの物陰に潜むトラップモンスター。
戦闘能力のない巨大な単眼に足の生えたモンスターは、その邪眼から様々な状態異常の魔術をかけ続け、冒険者を苦しめる。
(それがなんで、こんなフィールドに? そんなことより一刻も早く石化をやめさせないと!)
左手に持つ先ほど奪い取った剣を投げ、貫いた刃が灰色の単眼モンスターを絶命させる。
「「グギッグギギ!」」
「──っ!」
耳した鳴き声に、レオは絶句した。
暗いモヤを出して倒れた仲間に引き寄せられるように、周囲を囲む軍勢の足元。
そこかしこに石化異常を引き起こすストーン・アイが顔を覗かせている。
ダンジョンの通路で遭遇するものとは比べ物にならない遥かに多いその数は、遅効の状態異常の効果を一瞬にして肉体に及ぼす。
「ぐっ、クソっ!」
直ちに足元から石化していくレオは、悔しさに顔を歪めて怒りを吐き出した。
(ここまでか……オレは見れないけれど世界を頼んだ)
「おい!? アイツ、また右手が光ってるぞ!」
剣を持ったレオの右手に闘気がみなぎり、右腕の石化していく速度が遅くなる。
「オレは剣士レオ! 最後まで戦士として戦って死ぬ!」
右腕を天に掲げ、剣を上段に構えた戦士としての最後の口上を叫ぶ。
その後。
身構えるモンスターの群れへと、剣士の最後の一撃が振り下ろされる時は……
永遠に訪れなかった。
────三年後。
とある日の午後。
見張り役の二匹のモンスターが魔王城と正門の間にある広い前庭で暇を持て余して噂話をしていた。
「なあ聞いたか?」
「おん?」
「この前魔王城に来たあの人間の女。どうやら昨日、この間から空席にだった幹部の席に着いたらしいぞ」
「は!? てことは人間がモンスターたちの上に立つってことかよ!」
そう話す彼らの視線の先には、窓越しに城の廊下を歩いている修道服を着た噂の女の姿が見えた。
頭巾で隠れたさらさらと流れる三つ編みにした金色の髪が首元からのぞき、青い瞳がチラッと庭の方に向けられる。
「なんでも昨日までの見張りに聞いた話じゃ、あの女相当の変わり者らしいぞ」
思い出すように今朝交代する際に聞かされた話をすると、それに隣の見張りも頷く。
「ああ、なんでも魔王城に来てから毎日のようにこの人間の像に祈りを捧げてるって話だ」
「この人間、そんな地位の高い人間だったのかねぇ?」
城の入り口と正門の間。前庭に立つ右手で剣を天に掲げている剣士の石像を眺めて、モンスターたちは興味もなさそうに言う。
「さあな。だが敗者に祈るってなんて負け犬たちのしそうなことだ! ギャハハハハ!」
「それもそうだ! ギャハハハハ!」
戦いの末に死んだ剣士と、敗者に祈る聖職者をとことん馬鹿して高笑いする。
「ずいぶんと賑やかですね。そんなに面白いお話ならわたしにもぜひ聞かせてくれますか?」
そこへ死の前触れのような冷たい声が割り込む。
「いやそれが……はっ!」
二匹の愉快そうな話を聞いて、修道服を身にまとう魔王城ではめずらしい人間の女が声をかける。
「どうしました? わたしの顔になにかついていますか」
声をかけるなり静かになる見張りの二匹に、シスターの女は首を傾げる。
「い、いえ、少し雑談に花が咲いてしまっただけで……なあ!」
「ええ、そうなんです。へへ、ちょっと声をデカすぎましたかね、すいません」
「いえ、謝らなくても大丈夫です。そんなに可笑しかったんですね」
「ええ、まあ」
「敗北者に祈る女の滑稽な姿が、ですよね?」
シスターの顔から微笑みが消え、瞳孔の開いた瞳で見張りの二匹をギロリと睨みつける。
「え、いやっそんなことは……」
(聞こえてたのかよっ!)
見張りの一匹が苦しい否定を続けようとしながら、内心で彼女の地獄耳に文句を吐き捨てる。
見透かしたようにシスターは微笑んだ。
「聞こえなくてもわかりますよ」
「!?」
「あなた達の考えそうなことなんて」
女の瞳の奥には黒く煮えたぎる怒りの業火が見えた。
明らかに沸点を超えている様子に見張りのモンスターも慌てて言い訳をしようとする。
「おれたちは別に幹部様を笑ってたわけじゃっ」
しかし、聞くに堪えない声を遮ってシスターは狼狽える見張りに何処かへ行けと手を振って促す。
「あなた達は休憩を取っていいですよ。見張りならわたしが祈りながらでもできますから」
「え、いや、でも……」
「魔王軍幹部のわたしにあなた達の代わりも務まらないとでも?」
「いえっ滅相もありません!」
「では、おれたちは席を外しますので終わったら知らせてください!」
前庭の見張り担当のモンスターは修道服を着た金髪の女幹部に睨まれ、今度こそ一目散に持ち場から去っていく。
「はあ、まったく……ここに来てから毎日お祈りをしているというのに、二人きりになるのにすごく時間がかかってしまいましたね」
ここに存在するのは石像とシスター。けれど彼女にとっては二人きりだった。
剣士の石像の前に一人で立って語りかけるシスターは魔王軍に加入してからの歳月を思い返して嘆息する。
「神に背き、故郷を捨て、決して順調な道のりではありませんでした。けれど、やっとこの日が来ました!」
シスターの女は熱を帯びた視線を未だ戦いの最中のように堂々と立っている剣士の石像へ向けて歓喜に震えた。
その日を境に。
勇者パーティーの一人であった石化した剣士と、魔王軍の幹部就任二日目のネクロマンサーは魔王城から忽然と姿を消した。
『レベル1剣師と追っかけネクロマンサーちゃん』を読んでいただきありがとうございます!
『面白い』『続きが気になる』など思ってもらえたらブックマークやポイント評価などしてくださると嬉しいです。よかったらお願いします!