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夢から覚めると、レノを待っていたのは激しい痛みと燃えるような体の熱さだった。全身が焼けつくような感覚に包まれ、喉が渇ききっていた。水が欲しいと思い浮かべていると、扉が静かに開き、ユフィが部屋に入ってきた。彼女の手には水の入った桶とタオルが握られていた。
ユフィは心配そうな顔でレノのそばに駆け寄り、タオルを水に浸してから優しく絞り、レノのおでこにのせた。その冷たい感触が、少しだけ彼の苦しみを和らげた。
「み…水…」レノはかすれた声で呟いた。
ユフィはすぐに桶を置き、部屋を出ていった。数分後、彼女は水差しを持って戻ってきた。そしてコップに水を注ぎ、レノの唇にそっと当てた。「ゆっくり飲んでね、レノ。無理しないで。」
レノはユフィの優しさに感謝しながら、ゆっくりと水を飲み始めた。冷たい水が喉を通り、少しずつ体の熱を和らげていくのを感じた。ユフィの手は震えていた。
「ありがとう、ユフィ…」レノは少しずつ体を起こしながら、彼女に感謝の言葉を伝えた。
ユフィは微笑み、「大丈夫、レノ。私はいつでもそばにいるから。」と優しく言った。
レノは冷たい水が喉を潤す感覚を味わいながら、心の中で混乱と疑念が渦巻いていた。どうして解毒剤を飲ませたはずのユフィが、まだ自分に対してこれほどの愛情を示しているのか理解できなかった。水の効果は確かに消されているはずだった。それなのに…。
――どうして…
解毒剤は確かに本物だった。メアルーシュも確認していたし、ゼノも疑う余地がなかった。ならば、なぜユフィの態度は変わらないのか?
考えれば考えるほど、答えは出なかった。解毒剤が偽物であったとは思えない。もしそうであれば、メアルーシュが気づくはずだし、ゼノがそのようなリスクを冒すわけがない。だとすれば、ユフィの愛情は本物だということになる。
――ユフィは本当に私を好きなのか…?
レノの心は戸惑いでいっぱいだった。ユフィの気持ちが単なる惚れ薬の効果ではないとしたら、自分はどうすればいいのか。彼女の愛情にどう応えるべきなのか。
過去に戻ってやり直す決意を固めたものの、この新たな事実に直面することで、彼の計画は大きく揺らいでいた。ユフィが本当に自分を愛しているなら、その愛情を利用して彼女を操ることはできない。しかし、彼女の未来を守るためには、どうにかして彼女の行動を制御しなければならない。
解毒剤があることだし…もう一度水を飲ませてみるか?今度は濃度を調節してみるか。レノは内心でそう考えた。彼の心には迷いがあったが、ユフィの未来を守るためには行動を起こす必要があった。
レノは痛みを我慢しながら、慎重に足首にかかっているアンクレットを外した。体中に激痛が走り、汗が滲んだが、彼は歯を食いしばって耐えた。次に、飲み干したコップを手に取り、特殊能力で水を満たす準備を始めた。
彼の手のひらから静かに水が湧き出し、コップに透明な液体がたまっていく。レノは心の中で濃度を調整し、ユフィに影響を与える程度に抑えることを意識した。ユフィが本当に自分を愛しているのか、それともまだ惚れ薬の効果が残っているのかを確かめるためには、この手段しかなかった。
「レノのお水は甘くて美味しい!」彼女は嬉しそうに言った。
「甘いの?」レノは驚いた表情で尋ねた。水の味が変わることは初めての経験だったからだ。
「うん!お砂糖の味がする!」ユフィは笑顔で答えた。
レノは内心で不思議に思いつつも、ユフィの反応を注意深く観察した。彼の心には、ユフィの本当の気持ちが見えるかどうかの期待と不安が混じり合っていた。
ユフィが水を飲み終えた後も、その笑顔は変わらず、彼に対する愛情がその瞳に溢れていた。レノはその様子を見て、ユフィの気持ちが本物である可能性が高いことに気づいた。
「ユフィは…僕のこと好き?」レノは優しく尋ねた。
ユフィは満面の笑みで頷き、「だいすき!だってレノがそばにいてくれるっていったもん!お兄ーちゃんなんかよりレノのほうが、優しいもん。」と元気に答えた。
その言葉を聞いたレノは、心の中で複雑な思いが渦巻いた。回帰前の世界では、メアルーシュはユフィに全身全霊の愛を注いでいた。彼の存在は、ユフィのすべてを支えていた。しかし、回帰後の世界では、メアルーシュはユフィに兄としてほどほどの愛情を注ぐに留まっていた。
レノはふと思い出した。回帰前のユフィは、決して兄のことで泣くことはなかった。しかし、今のユフィは兄に対する愛情が不足しているように見え、その不安から泣いていた。その時、彼は気づいた。自分という存在がユフィの中で特別な位置を占めてしまったのだ。
レノは内心で戸惑いながらも、ユフィの言葉に感謝の気持ちを感じた。彼が彼女の中で大切な存在になっていることに気づき、同時にその責任の重さも感じた。
「そうか、ユフィ。」レノは優しく微笑みながら彼女の手を握った。「これからも僕がそばにいるから、安心してね。」
ユフィは嬉しそうに頷き、レノの手をぎゅっと握り返した。「うん!ずっと一緒だよ、レノ!」
その瞬間、レノの心には新たな決意が芽生えた。ユフィの未来を守るため、そして彼女が幸せであるために、自分が何をすべきかを見つめ直す必要があることを強く感じた。
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一方、ユリドレとメイシールは王都のシルバークイーン侯爵家で食事をしていた。食卓には豪華な料理が並び、特に新鮮な海産物が目を引いた。シルバークイーン侯爵は笑顔でユリドレを迎え、賑やかな雰囲気が広がっていた。
「いやー、ユリドレからの頼みならいくらでも聞きたいよ。はははっ!」侯爵は豪快に笑いながら言った。彼らは海産物を実質無償で提供してもらっているので、とても気前が良い。
ユリドレは微笑みながらグラスを持ち上げた。「ほぅ?てっきりゴールドキング家とのことで俺を恨んでいるかと思ってたが?」
シルバークイーン侯爵は一瞬真顔になり、次いで大きな声で笑った。「お?恨んでるぞ!!どれだけ忙しいと…。いや、それでもお前がいないと俺の領地が終わる!!」その切実な様子に、周囲の使用人たちも微笑みを浮かべた。
メイシールは微笑みながら、二人のやり取りを見守っていた。彼女もまた、この訪問がユフィとレノのために重要であることを理解していた。
「シルバークイーン侯爵様、いつもお世話になっております。」メイシールが礼を述べると、侯爵はにこやかに頷いた。
「いやいや、メイシール夫人、こちらこそお世話になっている。ユリドレとお前さんがいるからこそ、俺たちも安心して領地を守れるってもんだ。」侯爵は親しげに答えた。
ユリドレは真剣な表情で話を切り出した。「実は、レノとユフィの件でお願いがあるんだ。彼らをシルバークイーン侯爵邸でしばらく預かってもらいたい。ユフィには少しばかり手がかかるんだ。」
シルバークイーン侯爵は一瞬考え込んだ後、笑顔で頷いた。「もちろんだ。お前の頼みなら断れない。レノとユフィのこと、しっかり面倒を見るから心配するな。」
その言葉に、ユリドレとメイシールはほっと安堵の表情を浮かべた。侯爵の協力を得られることで、ユフィとレノの未来が少しでも明るくなることを願っていた。
「ありがとう、マーメルド。」ユリドレは感謝の気持ちを込めて頭を下げた。
「これで少しでも二人が安全でいられる。」
メイシールも微笑みながら、「心から感謝します。ユフィとレノがここで幸せに過ごせるよう願っています。」と付け加えた。
「おいおいやめてくれよ!感謝してもしきれないのはこっちの方だってのに。お人好しが過ぎる奴め。」マーメルドは豪快に笑いながら、手を振って言った。
今回の頼みを聞いてもらう報酬として、ユリドレはシェルオパールという海で採れる貴重な宝石を提供する約束をしていた。シェルオパールは美しい輝きを持ち、その希少価値から市場で非常に高価で取引されている。マーメルドはこの宝石を得ることで、自らの領地の財政を大いに潤すことができるのだ。
食事が進む中、彼らはさらに具体的な計画について話し合い、子供たちの未来を守るための対策を練っていった。こうして、ユリドレとメイシールはマーメルドの協力を得て、ユフィとレノの安全を確保するための手筈を整えた。シルバークイーン侯爵邸での生活が、二人にとって安心できる時間となることを願いながら、彼らは心を新たにしてその場を後にした。
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