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その後、ゼノは解毒剤を持ってユフィの部屋へと向かった。彼の心は緊張で張り詰めていた。解毒剤として持っているものはただの水に近い液体だったからだ。ユフィの将来を守るためとはいえ、メアルーシュにバレないかどうか心配でたまらなかった。
部屋の前に到着すると、ユフィの叫び声が聞こえてきた。
「レノのとこ行く!お兄ちゃんはエルレナ様のとこへいってよ!」ユフィの声は苛立ちと混乱に満ちていた。
「ユフィはお兄ちゃんが大好きだっただろ?今日は元に戻れる日だから、お兄ちゃんが側にいるよ。」メアルーシュは優しく諭そうとしていた。
ゼノはノックをしてから挨拶をし、扉をゆっくりと開けて部屋に入った。「ゼノ。早く頼む。」メアルーシュが急かすように言った。
ゼノは内心で動揺を抑え、深呼吸してからユフィに近づいた。彼は静かに「これを飲めば元気になるからね」と優しく声をかけながら、ユフィに液体を飲ませようとした。しかし、その瞬間、メアルーシュに腕を掴まれた。
「なんの真似だ、ゼノ。」メアルーシュの声には疑念が込められていた。
ゼノは冷静を装いながら答えた。「これは解毒剤です、若旦那様。ユフィ様のために最善を尽くしています。」心の中では、計画が露見しないことを祈っていた。
メアルーシュはゼノの目をじっと見つめ、その目には疑いの色が濃く浮かんでいた。
「これは…解毒剤じゃないはずだ。」メアルーシュは解毒剤を取り上げて一気に飲みほした。
「ただの水だ。」
ゼノは内心で驚愕し、何故それを!?と思いながらも、流石の彼もどうすれば良いかわからなかった。しかし、すぐに冷静さを取り戻し、「実は少し苦味がありますので、ただの水を飲ませて安心させてからにしようと思っていたのです。」と苦しい嘘をついた。
メアルーシュの目がさらに鋭くなり、「本物の解毒剤を見せろ」と命じた。ゼノは非常事態のプランとして、本物の解毒剤も用意しており、懐からそれを取り出してメアルーシュに見せた。
メアルーシュはその液体をじっと見つめ、「これは本物なようだな。俺が今朝確認したものと同じ色だ。」と言った。
(見られていたのか…)
「メアルーシュ様、これは本物です。ユフィ様にこれを飲ませます。」
「ユフィ様、これを飲めば元気になれますよ。」とゼノは優しく声をかけた。ユフィの顔には不安の色が浮かんでいたが、ゼノの穏やかな表情に少しだけ安心したようだった。
ユフィはゼノの手から解毒剤を受け取り、慎重に見つめた。
「これ、苦いの?」と少し不安げに尋ねた。
ゼノは微笑みながら、「少しだけ苦いかもしれないですが、大丈夫です。すぐに良くなります。」と言い、ユフィの手を優しく包んだ。
ユフィはメアルーシュの方を一瞥し、彼の優しい眼差しを確認すると、再びゼノの方を見た。彼女は深呼吸をしてから、解毒剤を一口飲んだ。その瞬間、顔をしかめて少し嫌がる素振りを見せたが、ゼノの励ましの言葉を思い出し、最後まで飲み干した。
「苦かったけど、全部飲んだよ」とユフィは小さな声で言った。
「よく頑張りましたね、ユフィ様。」
メアルーシュの監視のもと、ゼノは内心で任務に失敗してしまったという焦りと後悔を抱えながらも、ユフィに解毒剤を飲ませ終えた。
メアルーシュはその様子をじっと見つめ、「これで本当に元に戻るのだろうな」と呟いた。
「ユフィ様のために全力を尽くしました」
メアルーシュは一瞬考え込み、ゼノの言葉に頷いた。
「ありがとう、ゼノ。これでユフィは元に戻るだろう。」
ゼノがこの後の言い訳や様々なことを考えていると、ユフィが突然声を上げた。
「ねぇ!もうレノのとこへ行ってもいい?」
「なっ…」メアルーシュは驚きと疑念の入り混じった表情でゼノを見つめた。
「ゼノ…これはどういうことだ!」
ゼノは冷静を保ちながらも内心で焦り、「いえ、私は何も…それに人体実験では成功しています。解毒剤は本物です。」と説明した。しかし心の中では混乱していた。
――何故だ?何故解毒剤の効果がない?…どういうことだ…まさか…ユフィ様は…。いや、どちらにせよ。神が味方をしてくれたようだ。
「どういうことだ?レノの水は勘違いだったということか?」
「どうやらそのようですね。疑いが晴れて良かったです。」
内心ではユフィの状態について更なる調査と対策が必要だと強く感じつつ、ゼノは部屋を後にした。ユフィとメアルーシュの視線を背に感じながら、彼は慎重に廊下を進んだ。ユリドレとメイシール、そしてレノにこの状況を報告し、次の一手を考えるために、彼は再び部屋に戻った。
報告を聞いて一番驚いていたのはレノだった。「そんな…ありえません…。でも…そんな…。」彼の顔には明らかな困惑と動揺が見て取れた。
「解毒剤が効かないということは、ユフィが本当に君のことを好きだということなのか?」ユリドレは深い皺を眉間に寄せながら尋ねた。
レノはその問いに答える前に、一瞬だけ目を閉じて深呼吸をした。「はい…そういうことになります。」彼の声はかすかに震えていた。
「レノ、何か不都合でもあるの?」とメイシールが心配そうに尋ねた。
レノは少し躊躇しながら答えた。「いえ…不都合はありませんが…私のどこに好意を抱かれたのか全く心当たりがなく…。」
ユリドレは深いため息をつき、「はぁ…父親としては…とても複雑だ。まぁいい。計画はこのまま進める。ゼノ、便箋をくれ。マーメルドに手紙を書く。一番安全で信頼できる家だからな。」彼は言いながら、ゼノに手を伸ばした。
ゼノは驚きつつもすぐに便箋を取り出し、ユリドレに渡した。
「若旦那様、シルバークイーン家なら確かに安全です。」
ユリドレは便箋にペンを走らせながら、「シルバークイーン家なら、ユフィとレノを安心して預けられる。彼らを守り、正しい道を歩むよう導いてくれるだろう。」と続けた。
メイシールは静かに頷き、「王都のシルバークイーン侯爵邸なら、ここから近いし、私も安心だわ。」と言った。
ユリドレは手紙を書き終え、封をしながら「これで準備は整った。ゼノ、手紙をすぐに届けてくれ。」と指示した。
ゼノは深く頭を下げ、「かしこまりました、若旦那様。」と言い、手紙を受け取って急いで部屋を後にした。
ユリドレは息をつき、レノに向き直った。
「レノ。すぐに例の件に取り掛かるぞ。かなりの激痛らしい。本当に良いんだな?」
「はい。ユフィ様を守るためなら、どんな痛みも乗り越えます。」
「わかった。では、準備をしよう。」
――――――――
――――
ユリドレはレノを連れて隠し部屋へ向かう。廊下を進む二人の足音が静かに響き、ユリドレの心には重い決断が刻まれていた。隠し部屋の前に到着すると、ユリドレはゆっくりと扉を開けた。中に入ると、薄暗い部屋の中には家門のタトゥーを刻むための道具が揃えられており、その雰囲気は一層緊張感を漂わせていた。
ユリドレは部屋の中央に設置された大きな机に道具を並べ、深呼吸をして心を落ち着けた。レノは静かにその様子を見守りながら、自分の決意を再確認していた。
「レノ、ここから先は痛みが伴う。覚悟はできているか?」
レノは一瞬だけ目を閉じ、深く息を吸い込んでから目を開けた。
「はい、ユリドレ様。覚悟はできています。」
ユリドレはその答えに深く頷き、道具を手に取った。彼は慎重にレノの背中を露出させ、タトゥーを刻む位置を確認した。レノは緊張した面持ちでユリドレの動きを見守りながらも、その手に軽く力を込めて、これから始まる痛みに備えた。
「始めるぞ、レノ。」ユリドレは静かに言い、タトゥーを刻む針を手に取った。部屋の中には二人の息遣いだけが響き、緊張が一層高まった。
ユリドレは針を慎重に肌に押し当て、ゆっくりと刺し始めた。針が肌に触れるたびに、レノの体が微かに震えた。鋭い痛みが腕を駆け抜け、彼は歯を食いしばりながら耐えた。額に汗が滲み、痛みと戦いながらも、レノは一度も声を上げなかった。
ユリドレは針を動かし続け、複雑な紋様を刻んでいった。彼の表情には集中と慎重さが浮かび、レノの痛みを最小限に抑えるために細心の注意を払っていた。
時間が経つにつれて、レノの呼吸は荒くなり、顔には苦痛の表情が浮かんでいた。それでも彼は決して諦めず、ただ耐え続けた。ユリドレもまた、その姿に心を打たれながら、慎重に作業を続けた。
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