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ほぼメアルーシュ視点です。
俺はエルレナの驚いた声と震える手の感触を感じながら、自分の行動が彼女をどれほど動揺させたかに気付いた。彼女の大きく見開かれた瞳と赤く染まった頬、そして早まる鼓動が彼に伝わってきた。俺は自分の胸の中で、彼女の混乱と不安が伝わってくるのを感じた。
未来の彼女の手は冷たかった。何度かディッケルのもとへ連れて行くのにエスコートをしたことがあった。ディッケルは彼女を候補として視野に入れてお茶会などに数回だけ誘ったが、彼女の瞳が虚ろなことから「公爵の娘というだけで気が引けるのに、あんな完成された人形を迎える気にはなれん。」といっていたのを覚えている。確かに彼女は虚ろだった。世の中の全てを諦めているかのような人で、会話もあたりさわりのない話ばかりだった。花が綺麗だと言っていても、本当に花の色が見えているのかと疑問に思ってしまうくらいだった。そして決して笑わない目。洗練された微笑み。食事も少量で味がしているのかどうか気になったこともあった。人形の彼女が泣いているところをみるのが新鮮で驚いた。
彼女が誰かと結婚したという報告を受けたことはなかった。彼女の結婚相手に俺が浮上していた時もあったかもしれないが、回帰前はだいたい親が亡くなってしまっていたから、相手も近づけなかったんだろうなと思う。じゃあ彼女は…俺がもらってもいいんじゃないだろうか…。いや、だめだ。せっかく心を取り戻せるというのに俺しかいない世界にとどまらせるのはよくない。
誰かの足音が聞こえ、咄嗟にエルレナを抱いたまま、強引に彼女の部屋に押し入った。
「えっ、あ、あの…。」エルレナのか細い声が震えていた。彼女の声を聞くたび、未来での美しい陶器のような彼女の姿が脳裏に浮かんだ。
不思議と胸が熱くなったことに戸惑ってしまう。
おかしいだろ…相手はまだ7歳だぞ…。
「庭での話…聞いてた。」
「えっ!?あ、あれを!?…あのっ!!」エルレナは顔を赤らめ、言葉を詰まらせた。
俺は優しく彼女を見つめ、穏やかな声で続けた。
「今ならまだ…間に合うかもしれない。エルレナ、君は今は俺しか知らないけど、世の中には俺なんかよりもっと良い男がいる。だから、俺に捕まる前に広い世界を見てじっくり判断してほしいと思った。やっと檻から出られたのに、また檻に入るのはもったいないだろ?」
エルレナはその言葉に驚き、戸惑いの表情を浮かべた。
「メアルーシュ様…」
エルレナはしばらく沈黙した後、小さな声で答えた。
「それでも…私はメアルーシュ様がいいです。きっと、どんな素敵な男性を目にしたとしても、メアルーシュ様を好きになってしまいます。…って、私ではダメですよね。公爵家の娘といえども、父は犯罪を犯してしまいましたし…。私が好きだと思っていてもメアルーシュ様には釣りあい…ません…よね…。」
俺はその言葉に胸を締め付けられる思いだった。彼女の気持ちに応えたいと思いながらも、自分の愛を押しつけることに躊躇していた。彼女の唇にキスをしたかったが、ぐっとこらえた。
「釣りあわないなんてことはない。ただ、俺は色々と面倒な男だ。異国の血が混ざりにまざって複雑で、それが子供に遺伝すればきっと辛い人生を送ることになる。俺を選んでしまえば、お前に苦労させることになる。だから…」
エルレナは彼の言葉に驚き、そして悲しげな表情で尋ねた。
「メアルーシュ様は…どうして…そんなにお辛そうな顔をしていらっしゃるのですか?」
その言葉に俺は一瞬言葉を失った。そして、初めて自分がどれだけ辛い状況にあるかに気付いた。彼は彼女のためにと自分の感情を抑え込んできたが、そのことで自分自身を苦しめていたのだ。
―――そうか、俺も気付かなかった。俺はエルレナのことが本当に好きなんだ。だからこそ、エルレナが幸せになるために最善の選択をしてほしいと思っていた。でも、それが自分をこんなにも苦しめていたとは…。
俺は深く息をつき、心の中で決意を新たにした。
「エルレナ、もう一度言う。俺を選ぶな…。もう逃がしてやれなくなる。もう少し年月が経ってからでも良いじゃないか…。俺たちはまだ子供だ。」
エルレナはその言葉を聞きながら、真剣な瞳でメアルーシュを見つめた。「私は…一番つらい時、メアルーシュ様に救って頂きました。なので…今お辛そうなメアルーシュ様を救いたいです。」
俺は驚いて目を見開いた。「なっ!?お前…それ、意味が分かって言ってるのか?」
エルレナは少し困惑しながらも、強い意志を持って答えた。「まだ難しいことは私にはよくわかりません。この先後悔しても、今はメアルーシュ様を救いたいです。」
俺はその言葉に胸を打たれ、彼女の純粋な心に感動した。彼は一瞬言葉を失い、ただ彼女の瞳を見つめ返した。その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
俺はエルレナを見つめ、最後の確認をするように言った。
「もう離さないぞ。いいんだな?」
「はい。それでメアルーシュ様を救えるならかまいません。」
「俺は公爵を継ぐ気がない。でも仕事はする…社交界で馬鹿にされるかもしれないぞ…。」
「構いません。」
「俺はただの子供でもない。人生を繰り返して生きてる。だから中身は大人だ。」
「はい。私より遥かに大人だと思っていました。」
「俺はかなり嫉妬深いかもしれない。」
「はい。メイシール様から聞いております。」
メアルーシュは真剣な表情でエルレナの肩に手を置き、深く息を吸い込んだ。
「最後に…。もし、俺以外に好きなやつができたら、俺を殺して、俺の心臓を食べてくれ…。それが約束できるなら…もう俺はお前を俺の檻に閉じ込める。」
エルレナは一瞬驚いたが、すぐに微笑みを浮かべた。
「ふふ…。お父様や屋敷の皆からとても厳しい教育をされてきたことをこんなにも早く感謝する日が来るなんて…。メアルーシュ様の言葉は難しすぎます。でも、厳しい教育のおかげで理解できます。そんな日がこないように、しっかりと閉じ込めておいてくださいね。メアルーシュ様。」
メアルーシュはその言葉に一瞬驚いた後、思わず笑みがこぼれた。
「ハッ…ハハッ。参ったな。」
彼の笑い声は、緊張と不安を一瞬にして吹き飛ばし、部屋に穏やかな空気を取り戻した。エルレナもその笑いに釣られ、心からの笑みを浮かべた。
俺はエルレナの瞳を見つめながら、優しい声で言った。
「エルレナ。懐中時計、本当に嬉しかった。来年も楽しみにしてていいか?」
その言葉を聞いたエルレナの顔がぱっと明るくなり、瞳に喜びの光が宿った。
「本当ですか?嬉しいです…!来年ももっと素敵なものを用意しますね。」
彼女の表情には、胸いっぱいの幸福感が溢れており、その喜びはメアルーシュにも伝わってきた。
「あぁ。エルレナの誕生日はいつだ?」
「第三の冬の25日です。」
「覚えておく。」
エルレナはその言葉に、さらに顔を輝かせた。彼女の瞳には感謝と喜びの涙が浮かんでいたが、それを必死にこらえようとしていた。
「メアルーシュ様、本当にありがとうございます。私、すごく嬉しいです。」
「俺も楽しみだ。エルレナ。」
その後、二人は軽くおしゃべりをしながら、窓から見える星空を眺めた。エルレナはメアルーシュの隣に寄り添いながら、安心感と幸福感に包まれていた。
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一方、ドアの前でその会話をずっと聞いていたユフィは、目に涙を溜めて走り出した。彼女の心には、兄を取られた気分でいっぱいだった。
ユフィの小さな足音が廊下に響き、彼女の心の中の混乱と悲しみが伝わってくる。彼女は庭に飛び出し、夜の静けさの中で一人涙を流し始めた。
「どうして…どうしてお兄ちゃんを取られるの…?」ユフィはしゃくり上げながら、小さな手で涙を拭った。しかし、心の中の痛みは拭い去ることができなかった。
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