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そして、荒れ果てた庭園で一人ぼーっと立ち尽くすゴールドキング公爵夫人が目に入った。彼女の姿はまるで完成された人形のように無表情で、心を失ったかのように見えた。
「ルー、エルレナを連れて屋敷の中に入っていなさい。」
ルーは一瞬のためらいもなくエルレナの手を取り、優しく彼女を導いた。「さあ、エルレナ。少し休みましょう。」
エルレナはルーの手を握り返し、まだ震える足で歩き始めた。二人は静かに屋敷の中へと消えていった。
次にユリはミレーヌに目を向け、静かに指示を出した。
「ミレーヌ、ゴールドキング公爵夫人にかけられている魔法を解いてください。」
ミレーヌは頷き、公爵夫人に近づいてその手をそっと握り締めた。ミレーヌの手から温かい光が広がり、公爵夫人を包み込んだ。数秒後、公爵夫人の体が小さく震え、やがて目に光が戻った。
「…何が…?」彼女は困惑した表情で周囲を見回した。
ユリが一歩前に進み出て、穏やかな声で言った。
「公爵夫人、アナタはどこまで意識がありましたか?」
公爵夫人は困惑した表情で周囲を見回しながら答えた。
「意識…ここはどこです?…私は…どうしてここに?」
「ミーシャ・ゴールドキング公爵夫人。アナタの名前で間違いありませんか?」
「何を言ってるの?私は…ミーシャ・シルバークイーンよ!!」彼女は強い声で言い返した。
ユリは一瞬だけ驚きの表情を見せたが、すぐに冷静さを取り戻して続けた。
「では、ご自身が結婚されたことも、子供を二人もうけたことも覚えていないのですか?」
ミーシャはさらに困惑した様子で眉をひそめた。「結婚…子供…?私はそんなことをした覚えはありません。」
ユリは深く息をつき、ミーシャの目を真っ直ぐに見つめながら言った。「公爵夫人、あなたは長い間、ゴールドキング家の影響下で過ごしてきました。結婚や子供のことも徐々に知ることになるでしょう。残念ですが…現実です。」
ユリは深く息をつき、ミーシャの目を真っ直ぐに見つめながら言った。「公爵夫人、あなたは長い間、ゴールドキング家の影響下で過ごしてきました。結婚や子供のことも徐々に知ることになるでしょう。残念ですが…現実です。」
ミーシャの顔には困惑と不安が混じり合っていた。「結婚…子供…そんなこと、私は…」
ユリはこうなることを予想しており、事前にシルバークイーン侯爵と連絡を取っていた。ちょうど時刻になり、マーメルド・シルバークイーン侯爵が到着し、荒れ果てた庭園を見て驚きつつも愉快に笑った。
「ユリドレ!派手にやったなぁ!」
ユリは神経を疑うような顔をして返した。
「それどころではないぞ。ミーシャ・ゴールドキングが正気に戻った。ここからはお前の仕事だ、マーメルド。」
マーメルドはため息をつきながら、「はぁ…目を背けていたかったのにな…」と言った。
ユリは冷たく返した。
「そむけることばかりだろう。淡水しかないお前の領地に海水でとれる産物を提供してやっていることもな。」
「シーッ!それはトップシークレットだ!」マーメルドは慌てて声を潜めた。
ユリはミーシャの方に目を向け、再び真剣な表情で言った。
「ミーシャ様、この方がマーメルド・シルバークイーン侯爵です。彼があなたを支えてくれるはずです。」
マーメルドは一歩前に出て、柔らかい笑みを浮かべながら言った。
「ミーシャ、久しぶりだね。君が戻ってきたことはとても嬉しい。これからは安心して、俺たちが支えるから。」
ミーシャは驚いた表情で彼を見つめ、「えっ、マーメルド?…そんな…随分老けたわね」とつぶやいた。
マーメルドは苦笑しながら答えた。
「まあ、時間は誰にも優しくないからね。でも、君が戻ってきてくれたことが何よりも嬉しいんだ。」
ミーシャは少し混乱した表情で言った。
「私は…公爵と婚約する話が出た時から記憶がないわ…。」
その言葉は場に重く響いた。それは9年も前の話だった。
マーメルドは驚いた表情を見せ、「9年も前のことか…。すまない…気づけなかった。君以外にも…うちの家門の多くの令嬢が犠牲になっている可能性がある…。」と悔しそうに言った。
ミーシャの目には、彼の言葉に対する困惑と同時に、深い悲しみが浮かんだ。
「多くの令嬢が…?そんなことが…。一体何が起きていたのかしら。」
ユリはその場を見守りながら、冷静な声で説明を続けた。
「ミーシャ様、あなたの記憶が失われていた間に、ゴールドキング公爵は多くの非道な行為をしてきた。彼はあなたを含む多くの令嬢を利用し、家門を操ってきた。しかし、これからは安全です。マーメルドが全力を尽くします。」
マーメルドはため息をついた。
「本当に目を背けたいよ。」
ユリは彼をじっと見つめた。
「俺は最初から気付いてたがな。何度か忠告してやったのに、サボるからだろう。」
「サボったわけではない。私の力ではゴールドキング公爵に勝てなかったから手を出せなかったんだ。裏で情報を必死にかき集めてどうにかしようとはしていたさ。」マーメルドは悔しそうに言い返した。
ミーシャはそのやり取りを聞きながら、少しずつ状況を理解し始めたようだった。
ユリが懐中時計を取り出して時間を確認した。
「マーメルド、後は任せても良いか?」
マーメルドは少し驚いた表情を見せながらも頷いた。
「あぁ、どうした?」
「妻を立たせたままだ。」ユリは軽く笑いながら言った。
その言葉に私は少し驚いたが、同時に温かい気持ちが胸に広がった。ユリの気遣いに感謝しながら、彼の方を見上げた。
「メイ。立たせたままですみません、お疲れさまでした。」ユリは私の手を優しく取って言った。
「お疲れさま。」私は微笑みながら答えた。
二人で手を取り合いながら、庭園の出口へと向かって歩き出した。
背後では、マーメルドがミーシャを支えながら今後の対策について話し始めていた。その光景を一瞬だけ振り返り、再び前を向いた。庭園には再び穏やかな風が吹き、事件の余韻が静かに消えていった。
「ユリ、今日は本当に大変だったわね。死んだらどうしようかと思ってヒヤヒヤしたんだから。早く治療しなくちゃ…。」私は心配そうにユリを見つめながら言った。
屋敷の中に入ると、ユリは微笑みながら答えた。
「俺はまだ死ねません。夢がありますから。」
「夢?」私は驚いたように彼を見上げた。
ユリは少し照れくさそうに笑い、「メイとイチャイチャし尽くすことです。」と答えた。
「それって夢なの?」私は半ば呆れながらも、微笑みを返した。
「はい。」ユリは真剣な眼差しで答え、その言葉には彼の深い愛情と決意が込められていた。
私たちは急いで治療室に向かい、使用人たちがすぐに治療の準備を整えた。私はユリの手を握りしめながら、彼の無事を祈り続けた。
治療が始まると、ユリは少し痛そうな表情を浮かべながらも、決して私の手を離さなかった。
「あの…ユリ?流石に手を離したほうが良くないかしら?多分邪魔よ?」
「この屋敷にメイを邪魔だという者が現れたら即クビです。」
「えぇ!?いや、そうじゃなくてね?…。」私はユリの言葉に驚きながらも、笑いをこらえた。
医者も手を動かしながら苦笑いを浮かべていた。
「公爵様、少し手を離していただけますか?治療のためにもう少し動きやすくしたいのですが…。」
ユリは一瞬考え込んだ後、渋々と手を離した。
「分かりました。でも、すぐに握り直しますからね。」
私は苦笑しながら、「えぇ。でも本当に治療が終わったらね。」と答えた。
ユリは微笑みを浮かべ、「はい。終わるまで側にいて下さいね。」と言いながらも、私の手を名残惜しそうに見つめていた。
その様子を見かねて控えていたベティが、姿を現してフカフカの椅子を用意し、優しく声をかけた。「メイシール様、どうぞこちらにお座りください。」
「ありがとう、ベティ。」私は感謝の気持ちを込めて微笑み、椅子に腰を下ろした。
医者はその様子を見て再び苦笑いを浮かべながら、「本当に仲の良いご夫婦ですね。これで治療に集中できます。」と言って治療を続けた。
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