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結婚後、私たちは王都のレッドナイト公爵邸へと移った。新しい生活の始まりだったが、その豪華な邸宅に足を踏み入れたとき、私は驚きと興奮で胸がいっぱいになった。
「領地の方じゃないの?」私は少し不思議に思いながらユリに尋ねた。
「俺たちにはもう必要のない地ですから。爵位も受け継ぎましたし。」
「へぇ~…って爵位も!?どうなってるの?その若さで爵位って…ありえないわ。」私はさらに驚き、彼の顔を見上げた。
「そうですか?そうだ、新聞を見てみると良いかもしれませんね。」
ユリは答えを言わず、私に途中式を見せてから答えを自分で見つけさせるところがあるのよねぇ…。私は少し困惑しながらも、彼の言葉に従うことにした。
部屋に入ると、机の上にここ1年分の新聞が積まれているのが目に入った。私が疑問に持つことまで予想していたのか、きっちり1年分の新聞が私の背に合わせたテーブルの上に積まれていた。見慣れた自室だったが、1つ違うのはソファーがあった位置に私の背丈に合わせた家具が配置されていることだった。いわば私専用ショートルーム的な感じだった。
「本当にユリったら…」私は苦笑しながら、新聞の束に手を伸ばした。ユリの用意周到さに感心しつつも、彼のやり方が少し面白く感じられた。
最初の新聞を広げると、表紙にはユリの名前と共に彼の爵位継承に関する記事が大きく掲載されていた。「レッドナイト公爵家、新たな後継者が決定」という見出しが目を引いた。
記事を読み進めるうちに、ユリがどのようにして爵位を受け継いだのか、その経緯が詳しく書かれていた。ユリの父親が病気になり、仕方なく爵位を譲らざるを得ない状況になったことが書かれていた。
「ユリのお父様が病気…でも、これって本当に病気なのかしら?」私は疑念を抱きながら記事を読み続けた。何かが引っかかる。
さらに新聞をめくると、半年前の記事に目が留まった。そこには「王が記憶喪失に」と大きく書かれていた。
「王が記憶喪失…これも全部ユリが図ったことだとしたら…」
私は頭の中で様々な推測が渦巻いた。どの人生でもこんなことはなかったのに、今回だけは何かが違う。まるで背後で糸を引いているような気配を感じた。
「メイ、新聞を読んで何かわかった?」ユリが優しく声をかけてきた。
「うん、ユリ…お父様が病気で爵位を譲ったって書いてあったけど、これは本当なの?」
私は直接聞いてみることにした。
ユリは少し間を置いてから、ゆっくりと話し始めた。
「俺は回帰前に、あの事件を防ぐことよりも、俺自身が回帰することを想定して動いていました。あの事件はどう足掻いても避けることができなかったから…。」
彼の言葉に私は耳を傾け、次の言葉を待った。
「メイの兄君に協力してもらって、おおよその継承条件は把握していたんです。」ユリは視線を遠くに向け、過去の出来事を思い出すように続けた。「なので、記憶を喪失させる方法を学びました。実際に俺も体験したことなので、それがヒントになってスムーズに記憶を封じる方法を編み出すことができました。」
私は彼の言葉に驚きながらも、さらに詳しく知りたいと思った。
「それを使ってまず、母上の記憶を封印しました。僅か11歳の子供がそれをするなんて、流石の母も想像できなかったようで、簡単に実行することができました。」ユリの声には冷静さがあったが、その背後には深い思いが感じられた。
「記憶を失った母に、父はこれ見よがしに距離を縮めていたので、俺が甘い言葉を父に囁きました。事情があって未来からきましたと…。領地関連や公爵としての仕事を全て引き継ぐので、父上は爵位を俺に渡してゆっくりと母上と二人きりで領地でお休みくださいとね。」ユリの声は淡々としていたが、その内容は衝撃的だった。
「父はすんなり渡してくれましたよ。」ユリは静かに付け加えた。
私はユリの話を聞きながら、彼がどれだけの覚悟を持って行動してきたのかを理解した。彼の冷静な言葉の中には、私たちの未来を守るための強い思いが感じられた。
「つまりユリの仕業ってこと?」
私は悪戯っぽく笑ってみせた。
ユリは優しく微笑みながら、「何度も言いましたが、メイの為なら何でもやってみせます。」と言った。
「つまり、王の記憶喪失も、ユリの爵位継承の件も、全てユリの仕業ってこと?」私は悪戯っぽく笑ってみせた。
ユリは優しく微笑みながら、「何度も言いましたが、メイのためなら何でもやってみせます。」と静かに言った。
私は彼の言葉に心からの感謝と愛情を感じた。彼がどれほどの覚悟と努力を重ねてきたのか、その一部を垣間見ることができたからだ。
「でも、本当に大丈夫なの?」
「問題ありません。父上も母上も、今は静かに領地で過ごしています。誰にも邪魔されず、俺たちはここで新しい生活を始めることができますよ。」
「じゃあ、次はミレーヌを迎えに行かないといけないわね。」
ユリは首を横に振り、「ダメですよ、メイ。まず、その新聞を全て読んでこの時代に頭をなじませてからです。」と言い、ニコリと笑った。
なんか幼いのに、もういつものユリだわ…。
ブルービショップ家で私と会ってる時はそういう話全く聞かせてくれなかったのに、結婚したとたんにこれよ。未だに逃げられるとでも思ってるのかしら。いや、ユリなら思ってそうだわ。
ユリは機嫌良さそうに書類処理をしていた。彼のデスクには山積みの書類が並び、その一つ一つに目を通しながら、まるで楽しんでいるかのように見えた。
「ユリ、随分機嫌が良さそうね?」
ユリは書類から目を上げて、私に微笑みかけた。
「メイがここにいてくれるからですよ。アナタと一緒に過ごせることが、俺にとって何よりの幸せなんです。」
「本当に?結婚してから急に色々と話してくれるようになったけど、未だに逃げられるとでも思っててたの?」私は冗談めかして言った。
ユリは少し照れくさそうに笑い、「いや、メイが俺から逃げることなんて考えたくもありませんね。ただ、メイが知るべきことは結婚後に話すのが一番いいと思ったんです。アナタに負担をかけたくなかったから。」
「負担なんて…。」
ユリは再び書類に目を戻しながら、「それに…俺はメイと一緒にいることで、仕事も捗るんですよ。」と冗談交じりに言った。
「ふふ。早く読み終えないとねぇ~。」
私は新聞に目を戻した。
ユリがお母さんとお父さんを殺さなかったのは、恐らく妹を作ってもらうためなのかな?私の知らない裏ではおぞましいことをたくさんしてそうだもんね。王を殺さなかったのも、ディッケルを誕生させるため?ほんとに段々とユリの行動が読めてきたわ。ユリの嫁歴約6年。やっと嫁として実感が湧いてきたわ。
すると、スッと音もなく、銀髪の少年が姿を現してユリの机の書類を積み上げた。
「え…ゼノ!?」私は驚いて声を上げた。
少年は一瞬ビクリと反応して、私の方を振り向いた。
「……若奥様でしょうか?」ゼノの声はまだ幼さが残っていた。
少年のゼノを見て、何故か感動を覚えた。目の下のクマがない!!以前のゼノとは違う、健康的な姿に私は驚きと喜びを感じた。
「ゼノ、紹介がまだだったな。俺の愛しい奥さんだよ。分かっているとは思うが、俺は彼女に本気だ。」
「はい。承知しています。」
あー…これ絶対、ユリが変な趣味の持主だと誤解してるやつじゃない?この世の中に3歳児に本気で恋する男なんて頭がどうかしてるに決まってるもの。
ゼノはゆっくりとこちらに歩いてきて、跪いた。
「若奥様、ゼノフィリアス・シルバークイーンです。」彼は丁寧に頭を下げ、続けた。「これからも主と若奥様のために尽力いたします。どうぞよろしくお願いいたします。」
私はゼノの真摯な態度に少し驚きながらも、微笑みを返した。
「ありがとう、ゼノ。こちらこそ、よろしくお願いしますね。」
ゼノは頭を上げ、真剣な眼差しで私を見つめた。
「若奥様、何かお困りのことがありましたら、どうぞ遠慮なくお申し付けください。」
「ありがとう、ゼノ。その時は頼りにさせてもらうわ。」
「メイに不便がないように、ゼノにはある程度の回帰のことは話してあります。」
「あ、そうなのね。」
ゼノは一礼して立ち上がり、再びユリの机の書類を整理し始めた。その動きは無駄がなく、効率的だった。
「なので、変な心配は無用ですよ。メイ。」
ギクッ…心まで読まれてるわ…。私は一瞬固まってしまった。
「な、なんのことかしら。」
そうして私たちの新たな人生が始まった。
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