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私はまず、まともな字が書けるように練習をした。立てるようになって数か月たったばかりだが、私にとって一番大事なのは字だ。乳母がとても奇妙なものを見るような目で私を見ていてもお構いなしだ。時間があるようでないのだから。
「メイシールお嬢様、そんなに一生懸命に…」乳母は驚きながらも心配そうに見守っている。
私は筆を握りしめ、紙の上に文字を丁寧に書き記していく。手はまだ不器用で、文字も歪んでいるけれど、少しずつ進歩しているのがわかる。
少しでも早く、まともな字が書けるようにならないと、ユリと一緒に暮らすようになったら誰があの書類を処理するのよ!ユリは仕事は早いし、私のこととなると手は抜かないけど、興味のないことはサボリ癖が凄いのよ!
「お嬢様、少し休まれてはどうですか?」乳母の声が優しく響く。
「だいじょーぶ!」私は微笑みながら、再び筆に集中した。
乳母は私の姿を見つめながら、微笑んで頷いた。
「お嬢様の熱心さには感服いたします。ですが、無理はなさらないでくださいね。」
そうして1年ほどが過ぎて、3歳の誕生日がやってきた。私は実家で誕生日会を開かれた思い出がなかったけど、その理由がわかってしまった。お父様が回帰者で何度も回帰したせいで、そういうことに関する関心が失われてしまっていたからだ。私は別に寂しいと思ったことはないけれど、お母様は少し気にしているようだった。
「メイ、お誕生日おめでとう。」お母様は微笑みながら私を抱きしめ、優しく頭を撫でてくれた。その手の温かさに、私は心がほっとする。
「ありがとう、お母様。」私は素直にお礼を言い、その手を握り返した。
お父様は少し離れた場所で黙って見守っていたが、その目には微かな悲しみが浮かんでいるように見えた。彼もまた、回帰者としての過去に囚われているのだろう。
「メイ、お父様もきっと心の中では祝っているわ。」お母様は私にそっと耳打ちし、笑顔を見せた。
「うん、わかってる。」
誕生日祝いに魔法使いについて、色々聞きたかったけれど、昔から、お母様にブルービショップ家の回帰の話はしないでほしいってお父様に言われてるのよねぇ…。ルーだけお母様にあれやこれや教えてもらえてずるいわ。
その夜、いつものように窓からユリが入ってきた。
「メイ、こっちは全て片付けました。」
ユリの声に振り向くと、私は嬉しさで胸がいっぱいになった。
「ユリ!!」
私は飛びつくようにして、彼の胸に顔を埋めると、ユリは優しく微笑み、私の頭を撫でた。
「お誕生日、おめでとうございます。前から感じていましたが、だいぶしっかり話せるようになりましたね。」
「そうでしょう?発声練習頑張ったんだから。」
ユリは私の目を見つめ、「俺は頭に直接響くメイの声も好きですよ。」と、少し照れくさそうに言った。
「何言ってるのよ。」
「ふふっ。少し離れているだけなのに、俺は寂しくて仕方がありませんでした。」
ユリの声には本当に寂しさが滲んでいた。
「私もよ。」
「さて、では予定通り、明日、結婚しましょう。正式に迎えに上がります、俺のお姫様。」ユリは真剣な眼差しで私を見つめた。
「もぅ、ユリったら…ありがとう。私の王子様。」私は微笑みながら彼の言葉に応えた。
ユリは少し照れたように視線を逸らしながら、「すみません、時間がかかってしまって…。」と謝った。
「ううん。むしろ早いほうよ。」
「では、また明日。」
「うん、また明日。」
ユリは一度深呼吸をしてから、再び窓から外へと出て行った。
その背中を見送りながら、私は胸の中で沸き起こる期待と喜びを感じていた。明日、正式に結婚するなんて、本当に夢みたい。まだ3歳になったばかりなのに。
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翌朝、私はいつもより早く目が覚めた。興奮と期待で胸がいっぱいで、すぐにベッドから飛び起きた。窓から差し込む朝の光が部屋を明るく照らし、今日が特別な日であることを感じさせてくれた。
「お嬢様、おはようございます。今日は大事な日ですね。」乳母が優しく声をかけてきた。
「おはようございます。ええ、とても楽しみ!」
朝食を済ませた後、乳母が用意してくれた純白のドレスに身を包んだ。鏡の前で自分の姿を見つめ、気持ちを整えた。
「メイシールお嬢様、お姫様みたいに綺麗ですよ。」
「ありがとう。」
そして、待ちに待った瞬間がやってきた。ユリが迎えに来る時間だ。胸をドキドキさせながら、玄関へと向かった。
扉を開けると、そこにはユリが立っていた。彼もまた、純白のタキシードに身を包み、私を迎えに来てくれていた。
「メイ、お待たせしました。」ユリは優しく微笑み、手を差し出した。
「ユリ…ありがとう。」私はその手を取ろうと手を伸ばすと、そのまま抱っこされてしまった。
「さあ、行きましょう。これからは、正式に夫婦です。」
「はい。」
ユリに抱っこされたまま、私は教会へ向かった。外の景色が流れていくのを見ながら、胸の中に広がる期待と緊張が高まっていくのを感じた。教会の鐘の音が聞こえ始め、心がさらに高鳴った。
教会に到着すると、ユリは私を下ろすことなく、そのまま中へと入っていった。神父が待つ祭壇の前まで進むと、ユリは私を優しく見つめ、私も彼の目を見返した。
「メイ、ここで誓いを立てましょう。」
「はい、ユリ。」私は小さく頷きながら、ユリの腕の中で微笑んだ。
神父が誓いの言葉を読み上げ、私たちは互いに誓いの言葉を交わした。ユリの腕の中にいることで、私は安心感と幸福感に包まれていた。
「ユリ、これからもずっと一緒に…。永遠に添い遂げることを誓うわ。」
「メイ、アナタと共に歩む未来を誓います。」
神父が私たちを正式に夫婦と宣言すると、ユリは私を抱きしめながら、そっとキスをしてくれた。
その瞬間、私の頭上に浮かんでいた光の文字が【メイシール・レッドナイト】に書き換わった。それを見たユリは満足そうに微笑んでいた。
その後、貴族たちを集めた盛大な披露宴が開かれた。美しく装飾された会場には、豪華なシャンデリアが輝き、テーブルには贅沢な料理と飲み物が並んでいた。貴族たちが華やかな衣装をまとい、談笑しながら会場を埋め尽くしていた。
ユリと私は披露宴の会場に足を踏み入れると、貴族たちの視線が一斉に私たちに向けられた。私はユリに片腕で抱っこされており、その姿がさらに注目を集めていた。誰もが私たちの結婚が政略結婚だと話しているのを感じた。
「ご列席の皆様、本日はお忙しい中、お集まりいただき誠にありがとうございます。」ユリが会場に向かって挨拶すると、ざわめきが一瞬静まった。
「どうぞ、楽しんでください。」ユリが微笑みながら言うと、再び会場に笑い声や話し声が戻った。
《ユリ、そのスタイルでいく?いつものクールな感じじゃなくて。》私は心の中で不安を感じながらテレパシーでユリに話しかけた。
「はい。俺もまだ子供ですから。」
貴族たちの間では、私たちの結婚が政略結婚であるという噂が飛び交っていた。「彼らはまだ幼子じゃない。」「本当に、ただの政略結婚ね。」といった声が聞こえてきた。
「レッドナイト公爵家とブルービショップ家の結びつきには何か裏があるに違いない。」とささやく者もいた。
ユリと私は、彼が私を抱っこしたままテーブルを回り、一人一人に挨拶をしていった。彼は堂々とした態度で、貴族たちの疑念を払拭しようと努めていた。私も彼に倣い、できるだけ自信を持って笑顔を振りまいた。
「メイシールさん、おめでとうございます。」と祝辞を述べる貴族の一人が言ったが、その声には少しの疑念が混じっていた。
「ありがとうございます。」私は微笑みながら答えたが、その心中は複雑だった。
披露宴の中盤になると、ダンスの時間が訪れた。ユリは私を片腕で抱き上げ、優雅に踊り始めた。彼の動きは軽やかで、私をしっかりと支えながらも、まるで私が空を舞うような感覚を与えてくれた。
「何かごめんなさい。一人で踊らせてしまって…。」私は少し申し訳ない気持ちで言った。
「いえ、これくらいお安い御用です。それに、俺はメイとならどんなダンスだってこなしてみせますよ。」ユリは微笑みながら答え、その瞳には優しさと自信が溢れていた。
「ユリったら。」私は笑いながら彼の肩にしがみついた。彼の温もりが安心感を与えてくれた。
ユリは会場を一周するように踊り、貴族たちの視線を集めていた。彼の足取りは確かで、私たちの動きが一体となって美しいハーモニーを奏でていた。
曲が終盤に差し掛かると、ユリはそっと私を降ろし、しゃがんで私と同じ高さに合わせた。そのまま、彼は私と一緒に小さなダンスを続けた。彼の目は私に優しく向けられ、私の手をしっかりと握っていた。
「メイ、アナタがどんな姿でも愛していますよ…。こうして触れていると幸せが溢れてきます。」ユリは静かに言い、その目には深い愛情が宿っていた。
「ユリ…私も同じ気持ちよ。」私は彼の目を見つめながら答えた。
私たちの動きは軽やかで、まるで二人だけの世界にいるようだった。周囲の貴族たちの視線も、次第に温かく和やかになっていった。
ダンスが終わると、会場から大きな拍手が巻き起こり、貴族たちの表情も和らいでいった。彼らの中には微笑みを浮かべる者や、祝福の眼差しを向ける者もいた。
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