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「主、避けてください!!」
ゼノの声が響き渡った瞬間、彼の手の平から勢いよく水が放たれ、ユリの母親の顔に命中した。
「クッ!!!ぜぇぇのぉぉぉぉ!!!!」 怒りに満ちた彼女の声が辺りに響き渡った。 その瞬間、彼女の手から投げられた刃物が途中で透明になり、私たちの目から消えた。
「メイ!」ユリが叫んだが、その刃物はすでに私のお腹に突き刺さっていた。 私は信じられない思いで自分のお腹を見ると、血が滲んで広がっていくのが見えた。
「うっ…」痛みと衝撃で足元が崩れそうになり、膝をついてしまった。
「メイ!!!」ユリが駆け寄り、私を抱きしめながら叫んだ。 彼の声には絶望と怒りが混ざり合っていた。
ゼノもすぐに駆け寄り、私の傷を見て顔を歪めた。 「若奥様、しっかりしてください!すぐに治療を…!」
私は痛みに耐えながら、ユリとゼノの顔を見上げた。 「ユリ… ごめんね… 赤ちゃん…」
「メイ…あぁ…そんな…。メイ…。」
ユリの顔は絶望と苦悩に満ちていた。 「メイ… あぁ… そんな…。 メイ…。」
「ユリ、勝ったの…?」私は弱々しく尋ねた。 目の前がぼやけ始めているのを感じた。
「ゼノの… 水を浴びたので… 母は暫らく動けません…。」 ユリの声は震えていた。 ここからでは医者を呼ぶこともできず、大量に出血していて助かる可能性が低いことは明白だった。
「メイ、ルーは呼べますか?」ユリは必死に私に問いかけた。
私はコクリと頷き、テレパシーでルーに通信した。
《ルー… そっちは無事? 》
《公爵邸が半壊してるんだ。 グリーンルークの人が魔力暴走を起こして、竜巻が酷くて… ひとまずこっちはブルービショップ家に避難するよ。 叔父さんたちを連れていくから、人数的に俺は気を失うかも…。 》
《そう…。 あとは… お願いね。 ルー。 しっかりユフィを守るのよ。 ルーがいてくれて良かったわ。 》
《母さん? … そっちは大丈夫なんだよね? …… 母さん? 》ルーの声が不安に満ちていた。
私はルーの言葉に応えられず、ユリに目を向けた。
「ユリ、ルーは… 来られない…。 あっちも大変なの…」
ユリの顔が一瞬で険しくなった。 彼の目には絶望と恐怖が浮かんでいた。
「ダメです… メイ… 俺の命なら…。」
私は彼の手を握りしめ、力を込めて言った。
「ユリ… お願いがあるの… 赤ちゃん… 取り出してみてくれない?」
ユリの顔が驚愕に染まり、彼は激しく首を振った。
「は? そんなことしたら…」
「お願いよ…。」私は涙を浮かべながら、必死に訴えた。 「私がどうなっても… 赤ちゃんだけは…」
ユリは苦悩の表情を浮かべながら、私の顔を見つめた。 その目には深い愛と葛藤が浮かんでいた。
「メイ… そんなこと、できるわけが…」
「ユリ、私たちの赤ちゃんを救って… お願い…」私は彼の手を握りしめ、全ての力を込めて頼んだ。
ユリは目を閉じ、深呼吸をしてから、決意を込めた声で答えた。
「分かった、メイ… アナタのために… 。」
ゼノは驚いた表情でユリを見つめたが、すぐに冷静さを取り戻し、ユリに助けを求めるように頷いた。
「主、私も手伝います。急がないと…」
ユリは私の顔を見つめ、その目には深い悲しみと愛が宿っていた。
「メイ…生きてください…こんな…。分かっていたのにどうして…。」
私は痛みと恐怖を感じながらも、ユリの決意に支えられていた。
「ユリ、ありがとう…」
ユリとゼノは慎重に準備を始めた。 ユリの手が震えながらも、彼はなんとか冷静さを保ち続け、手術を進めていった。 ユリとゼノの連携が光り、赤ちゃんを取り出す作業が慎重に行われた。 私は痛みと戦いながらも、彼らの努力に感謝の気持ちを込めて耐え続けた。
やがて、赤ちゃんの小さな泣き声が聞こえた。 その声が私の胸に温かさをもたらした。
「メイ、赤ちゃんが… 無事だ…」ユリが涙を浮かべながら、赤ちゃんを抱き上げて私に見せてくれた。
「ありがとう… ユリ…」私は涙を流しながら、ユリと赤ちゃんの姿を見つめた。 私の心は感謝と愛で満たされていた。 しかし、段々と意識が遠のいていくのを感じ、必死で堪えようとした。
あぁ… 私はもうダメだわ。 また… アナタを置いていってしまうのね… ユリ。
「メイ!?… そんな… 俺を置いて行かないでください…。 待ってください…。」 ユリの声が絶望に染まり、私の耳に届いた。
「ユ… リ…、こ… ろ…」私は最後の力を振り絞って言葉を紡ごうとしたが、声が震え、思うように話せない。
「メイ、しっかりして… お願いだ、行かないで…。」ユリの声がかすかに震えているのを感じながら、私は彼の手を握りしめた。 彼の手の温もりが、私をこの世界につなぎとめている唯一のものだった。
ユリの手を握りしめ、私の声がかすれた。
「ころ… して…。」
その言葉が耳に届いた瞬間、ユリの顔に絶望が広がった。 彼の目には涙が溢れ、彼の心が砕ける音が聞こえるようだった。
「メイ… そんなこと言わないでくだ…さい…。 お願いです…。俺を…置いて…行かないで……」ユリの声は震え、痛みと絶望が混ざり合っていた。
「…また…アナタを…今度は…絶対に…幸せに…する…から…信じて…。」私は弱々しく言いながら、彼の顔を見つめた。 彼の苦しみが私にも伝わり、心が引き裂かれるような思いだった。
ユリの顔に絶望が広がり、その目には深い悲しみが宿っていた。 彼は震える手で剣を拾い上げ、私の首に突き付けた。
「メイ… 本当にこれでいいのか…?」 彼の声は震えていた。 私の命を奪うことでしか私を助けられないという現実に、彼の心は耐えられなかった。
「ユリ… お願い…」私は涙を流しながら、彼をみつめた。
ユリの手が震え、涙が彼の頬を伝って落ちた。
「俺は…アナタを愛しています… メイ。 愛しています…。」
彼の目には深い葛藤と愛が浮かんでいた。 彼の手がさらに強く震え、その剣が私の首元に触れる感触が伝わった。
「ユリ… 信じて…私も…愛してるわ…」私は彼の手を握りしめ、全ての力を込めて言った。
スッと体の感覚がなくなったのを感じた。
――あぁ…。いつものだわ。やっぱりユリは…私の首を斬るのが上手ね。
「ああああああああああああああああああ!!!!」
ユリの絶叫が耳に響いた。 彼の声には、耐えられないほどの痛みと絶望が込められていた。
私は意識が薄れていく中で、彼の声を聞きながら、心の中で祈った。 ユリ、どうか強く生きて… 私たちの赤ちゃんを守って…。
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目が覚めると、柔らかいベッドに体が置かれているのを感じた。 視界がぼんやりとしていて、周囲の景色がはっきりと見えない。 手足がひどく短く感じられ、喉の筋肉がないように感じられた。 1歳か… もしくは1歳半くらいだろうか…。 首は座っているようだが、自分の体が以前とは全く違うことを痛感した。
なんとか体を動かそうとし、その瞬間、自分の手が視界に入った。 赤ちゃんの手だった。 小さく、柔らかく、無力な手。
――これは一体…?
私は驚きと混乱の中で、自分が赤ちゃんの体に戻っていることを理解した。 何が起きたのか、どうしてこんなことになったのか、頭の中は混乱していた。
戻って… きたのよね…。 でも、でも、でも!! 私、またユリを置いてきちゃった。 ユリ、沢山泣いてた。 ユリ… ユリ… ユリ…!!!!
赤子の私は声をあげることもなく、静かに涙を流した。 その小さな体は、感情の嵐に耐えきれず、ただ静かに涙をこぼしていた。すると周囲の音が耳に入ってきた。
「おえっ!かはっ! はぁ… はぁ…。」 近くで男性が嘔吐しているようだった。 甘酸っぱい匂いが広がり、私はその匂いにさらに動揺した。 男性は肩で息をして、私の顔を覗き込んだ。 その顔は幼いユリだった。
《どうして…》私はテレパシーで問いかけた。 自分の声が出せないことがもどかしかったが、テレパシーでユリに気持ちを伝えられることに少しの安堵を感じた。
「あぁ… メイ…。 あぁ… メイだぁ…。」 ユリの声は震えていた。 彼の目には涙が浮かび、その顔には絶望と希望が入り混じっていた。
私は赤子の体でうまく応答することもできず、ただ彼の顔を見つめた。 彼の視線が私の涙に気づき、その目がさらに曇った。
――どうして?…だって、このユリはあまりにも…回帰前のユリだわ。
「メイ… そんなに静かに泣く赤子はいません… それにほら… 足首のタトゥーの鎖が1つ増えています…。」 ユリは私の足首に目を向け、その証拠を指摘した。
《ユリ… アナタ…どうして?アナタはどこのユリなの?》私の心の声がテレパシーを通じてユリに届いた。
ユリの顔が悲しみに歪んだ。
「俺はどの人生でもメイを一番に愛している俺です。そうですね…最後の記憶は…… メイの首を斬った後に、アナタの血を啜り、肉を食べました。 すると、俺の腕に鎖が現れたんです。 その後でゼノに首をはねてもらいました。 その記憶が鮮明で… 先程、吐いてしまいましたけどね…。」 ユリは辛そうにニコッと笑いながら言った。 その笑顔には深い悲しみと苦しみが滲んでいた。
(꒪ཫ꒪; )