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翌朝、ユリの腕の中で目を覚ました私は、彼の寝顔を見つめながら、この後彼が目を覚ましたらどれほど慌てるかを想像して待った。ユリの顔には、普段の冷静さとは違った穏やかで無防備な表情が浮かんでいた。その姿を見ていると、愛しさと共に、少しだけいたずら心が芽生えてきた。
彼の呼吸が変わり、ゆっくりと目を開ける気配を感じた。その瞬間、私は彼の顔に近づき、そっと囁いた。
「おはよう、ユリ。」
その瞬間、彼の目がぱっと見開き、昨日の夜の出来事が頭の中で鮮明に蘇った。ユリの顔に一瞬驚愕の表情が浮かび、次に羞恥心が広がっていくのが見て取れた。彼の頬が赤く染まり、視線を泳がせながら、昨夜の暴走し過ぎた自分を思い出したのだろう。
「メ、メイ…」
ユリは戸惑いの声を出し、何かを言おうとするが言葉が詰まってしまっているようだった。
私はその様子を見て微笑みながら、「どうしたの?昨日は素敵だったわよ。」と軽くからかうように言った。
ユリはさらに顔を赤らめ、「あ、あれは…その…」と、言葉を探しているようだった。
「もう、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。」
私は彼の頬に手を添え、優しく撫でた。
「私も同じ気持ちだったわ。」
ユリは深く息をつき、少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
「メイ、本当にすみません。俺はとても…暴走してしまったようですね。」
「そんなことないわ。むしろ嬉しかった。」私は彼の目を見つめ、心からの気持ちを伝えた。
ユリは深く息をつき、少し自嘲するように笑った。
「あぁ…ルーにあれほど生誕パーティーがあるから気を付けろと言われていたのに…。」
彼は両手で自分の顔を隠すようにして嘆いた。
「私も暴走して、ユリを沢山煽ったからお互い様でいいじゃない。」私は彼の手をそっと握り、安心させるように言った。
「俺は自分勝手な生き物です。一度は難産というカタチでメイの人生を1つ奪ってしまっているのに、凝りもせずまた繰り返しています。しかも、ユフィが誕生して1年も経過していない。」
「さてと、ユリ。反省はもういいとして、ディッケル王子をどうにかしないといけないんじゃないの?」
「そうですね。まず、ディッケル王子を安全な場所に移し、今後の生活をどうするか考えないといけません。」
「彼をどこに隠すかが問題ね。」
「レッドナイト公爵領にある俺の別邸が最適だろう。そこは外部からの侵入が難しく、信頼できる者たちが守っている。」
「そんなところがあるの?」私は驚きの表情でユリを見つめた。
「はい、中身は情報ギルドの本部であり、特殊訓練場です。」
「それなら安心ね。」
「ルーの瞬間移動能力で移動させましょう。彼の能力ならば誰にも気付かれることなく移動できますからね。」
「そうね。」
私はテレパシーでルーを呼び出した。しばらくすると、ルーが部屋に入ってきた。彼の顔には緊張が浮かんでいた。
「父さん、どうすればいい?」
「ルー、ディッケル王子…いや、ディッケルをレッドナイト公爵領の別邸に移動させてほしい。情報ギルドの位置だ。わかるか?」
「わかるよ。回帰前、俺の本拠地みたいなところだったから…。」
その後、ディッケル王子も部屋に呼び寄せられた。3歳児のディッケルは無邪気な笑顔を浮かべていたが、状況がわかっていない不安も感じ取れた。
「ルーが助けてくれるんだね?」ディッケルは小さな手を伸ばし、ルーの袖を掴んだ。
「そうだよ、ディッケル。俺たちが君を守るから。」
「それじゃあ、行こうか。」
ルーはディッケルと手を繋ぎ、集中して瞬間移動を始めた。光が一瞬輝き、彼らの姿が消えた。
「これでひとまず安心ですね。後は…また練り直しですね。」
ユリは私の指を優しく絡めて、深いため息をついた。
「ごめんね。我儘聞いてもらっちゃって。」
ユリは微笑みながら首を振った。「メイの我儘ってわけではありませんから。」そのまま私をベッドに引き込むと、珍しく不安そうな顔をしていた。
未来が見えないことが相当不安なのね…。
ユリはそのまま私をベッドに引き込んだ。ユリは珍しく不安そうな顔をしていた。未来が見えないことが相当不安なのね…。
「ユリ、不安よね。」
ユリはベッドの端に座って、私を向かい合わせになるように膝の上に座らせた。
「はい。これから週5で王宮出勤しないといけないので、アナタとこうして凄く甘い時間の回数が減ってしまうなと思うと、憂鬱でなりません。」ユリの声には本当に切なさが滲んでいた。
「そっち!?」
「それ以外に何か?」
「未来の不安でも感じてるのかと思った。」
ユリは眉をひそめ、少し考え込んだ。
「未来の不安ですか?……そうですね。不安要素は先に潰しておくので、あまりないですね。」
「そう?ディッケルの件もあるのに?」
「はい。ルーが裏切らない限りバレることはないでしょう。もし、アイツが裏切れば俺はもう全てを諦めて異国へメイと逃げます。ですが、ユフィも産まれたことですし、もうその心配もないと思っています。ルーの溺愛っぷりを見れば、もう大丈夫と思えてしまうんです。それから、可能な限り兄弟を増やしてやりましょう。そうすれば公爵家の後継者争いにルーが巻き込まれることもなくなるでしょう。アイツは別に後継者になりたいわけではなさそうですし。」
今さらっと可能な限り兄弟増やすって言ったわね…。まぁいいけど。
「他に心配なことは?嘘ついても隠してもダメだからね。私ちゃんとユリのこと見てるんだからね。」
「そうですね……これは心配…なのでしょうか。グリーンルーク辺境伯家のご令嬢が気になります。」
「浮気?」
ユリはくるりと私の体を回してベッドに組み敷き、私は押し倒されるかたちとなった。「疑いますか?」その目には真剣さと少しの苛立ちが見えた。
「ううん。ごめんなさい。」
ユリは私の髪を優しく撫で、「よろしい。」と呟き、私の横に寝転がった。
「グリーンルーク辺境伯家のご令嬢について心配なのは…?」私はユリの瞳を見つめて問いかけた。
ユリは深く息をつき、少し考え込むように視線を落とした。
「メイの兄君への報復というか…昔のことが影響しているんです。彼女とは幼い頃から学友として共に過ごしていましたが、ある日突然、兄君は彼女に冷たく接するようになり、その結果、彼女は酷く病んでしまった。そして今、メイの兄君はレッドナイト領で俺の妹と仲良くしている。だから、誰かに危害が及ぶ可能性がゼロではないと感じています。正直、グリーンルーク領へ行くことがあると、少し気が重いんです。」
ここ最近、ユリが悩んでいた理由を聞いて、正直驚いてしまった。ユリは私が思いもよらないところまで考えていたのだ。彼の優しさと配慮に胸が熱くなる一方で、私が気づけなかったことに少しばかりの自己嫌悪を感じた。
グリーンルーク辺境伯家のご令嬢のことなど、私の兄の過去の人間関係までユリが気にかけているとは思いもしなかった。私たちの未来を考える上で、彼はあらゆるリスクを排除しようとしている。その細やかな配慮に感謝しつつも、ユリの心がそれだけ重荷を背負っていることに気づかされる。
ユリは私の表情を見て、深く息をつきながら言った。「すみません。そんな顔をさせたくなかったです。」
私は彼の頬に手を添えて、少し笑顔を見せながら目を見つめ返した。
「私ね…、ただ愛されているだけでなく、ユリの全てを理解し支える存在でありたいの。ユリが見せる不安や悩みを共有したい。だから、こういう顔をする私も受け止めてほしいの。」
ユリの瞳が一瞬揺れ動き、次に優しさと決意が混じった表情に変わった。彼は私の手を取り、その手のひらに軽くキスをした。
「本当にアナタって人は…。どうしてこんなにも…。あぁ…とても、愛おしい…です。」
ユリは私をそっと引き寄せ、しっかりと抱きしめた。彼の腕の中で、私は彼の心臓の鼓動を感じながら、どれほど深く愛されているかを実感した。その温もりが私の心を満たし、全ての不安を一瞬で消し去ってくれるようだった。
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