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しばらくして、意識が戻り、私は目を開けた。見慣れた天井が目に入ってきた。胸がざわめき、まさか死んで回帰したのかと思い、バッと起き上がった。足首のタトゥーを確認すると、鎖は増えておらず、ほっと息をついた。
「母さん、起きた?」とルーの声が聞こえた。彼はベッドの脇に立ち、心配そうに私を見ていた。
「起き…た…。私、誘拐されたはずなのに…」
「父さんが母さんを一人にするわけがないだろう?ベティさんをつけてくれてたんだよ。おかげで俺が駆けつけることができたんだ。」
良かった。私絶対回帰したと思った…。
「ルー…ありがとう。」
私は感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
「見えないけど、ベティも近くにいるのかしら?」
「彼女はあまり姿を見せないよ。でも声は届くよ。」
「ありがとう…側にいてくれて。」
「それと、父さんの指示でしばらく母さんは攫われたふりをする必要があるってさ。しばらくこの部屋で閉じこもってないといけない。」
「分かったわ。」
「父さんはしばらく帰れないから、代わりにミレーヌとゼノが交代で出勤してくれるよ。」
「そう…。」
ルーは息をついてから、私を真剣に見つめた。
「母さん、実は…母さんと父さんが家を離れてすぐに奇襲を受けたんだ。咄嗟に俺とユフィは領地に飛んだんだ。」
「なんですって!?」
「ユフィは?」
「今は領地にいるシリル叔父さんが面倒を見てくれてるよ。はっきり言って、そこが一番安全。」
ルーは冷静に答えたが、その目には心配の色が浮かんでいた。
「そう…。」
私は深く息をつき、胸の中の不安を押し殺そうとした。
「あの、私ってどうなってたの?」
「アジャール王子の住まいに運ばれてた。」
「じゃあ、アジャールが私を攫った黒幕なの?」
「ううん。それが違ったんだ。アジャール王子はむしろ…俺たちを見逃してくれたんだ。」
「え?」
ルーは少し口を噤んだ後、話し始めた。
「俺がアジャール王子の住まいに到着して潜入するなり、見つかってしまったんだ。けど、そこでアジャール王子が背後から側近を…殺したんだ。で、『もうメイシールに用はないんだ。連れて帰ってくれ。それと、しばらくは…姿を現さない方がいい。』て言って、助けてくれたんだ。」
「え?どうして…。」
私は信じられなかった。アジャールはそんな性格ではなかったからだ。父親に似て傲慢なところがあり、政務を怠り、女遊びばかりしてるような人という印象が強かった。そんな彼がどうして…。
その時、部屋のドアが静かに開き、ゼノが入ってきた。「現在、アジャール王子には愛すべき人がいらっしゃるからですよ。」と言いながら、彼は優しく微笑んだ。
「ゼノ?」私は驚いて彼を見つめた。「どういうこと?」
ゼノは軽く頷き、ゆっくりと説明を始めた。
「アジャール王子は最近、ある女性と出会い、その女性の影響で大きく変わったそうです。彼はその女性を本当に愛しており、彼女のために自分の行動を改めるようになったのです。」
「そんな…本当に?」私は信じられない思いでゼノの言葉を聞いた。
「ええ、本当です。その女性はとても心優しく、アジャール王子を正しい方向へ導いてくれたのでしょう。彼があなたを見逃したのも、その女性の影響だと思います。」
「そうだったの…でも、そんな人が現れるなんて…。どんな人なの?」
「そうですね。主が熱心に特殊訓練を施したうちの隊員です。」
「え!?」
私は驚いて声を上げると、ゼノは静かに続けた。
「このような未来がいずれ訪れるのではないかと、生活にかなり困られている女性を探し出し、全ての援助をする代わりに、特殊な訓練を受けさせ、アジャール王子を誘惑し、そのまま結婚し、なるべく幸せになるようにと命令されていました。」
「ちょ…ちょっと待って…どういうこと?訓練?特殊な訓練って何?」
「若奥様、つまりあなたの行動や言動を全て真似る訓練ですね。そして、例え本気でアジャール王子を好きになったとしても、自分を偽物だと思わないことを叩き込まれて、やっと完成された方です。」
「そんな…」
私は言葉を失った。ユリがそんな計画を立てていたとは思いもしなかった。
「彼女は非常に優秀な生徒でした。彼女の訓練は厳しく、そして徹底していましたが、彼女はそれを見事にこなしました。そして、アジャール王子に接近し、彼の心を変えることに成功したのです。」
「でも、それって…」
私は言いかけたが、ゼノは静かに首を振った。
「確かに、これは一種の策略かもしれません。しかし、アジャール王子が変わったのは事実です。そして彼は今、あなたを助けるために動いてくれたのです。」
「分かりました…でも、私はまだ信じられない。」
私は深く息をつき、頭を抱えた。
ゼノは優しく私の肩に手を置き、「時間が必要ですね。若奥様は微量とはいえ、雷を体に受けました。ゆっくり休んでください。」と諭すように言った。
「そうだよ。母さん。俺はちょっとユフィのところへいくから、何かあったら俺を呼んで。」
「えぇ…。」
ルーは少しだけ微笑んでから部屋を出て行った。その後、ゼノが再び私に向き直った。「本当にお休みください。私たちがしっかりと見守っていますから。」
私は深く頷き、再びベッドに横たわった。
私の幸せにはどうして、こんなにも多くの犠牲が必要なのかしら。これを毎回繰り返していたら、確かに疲れてしまうかもしれないわね。早くユリに会いたい…。
最初は私だけの幸せを追い求めていたのに、いつの間にか彼に深く取り込まれていた。もう息子も娘もいるのだから、今更何かを後悔しても遅いわね。それに、私はユリ以外の人と子を成すことができない。誰と結婚しても幸せにはなれないわ。
…待って、じゃあ…シリルお兄様がユリの妹を可愛がっているのって…まさか…。ここまでやられると、流石にただの推測が確信に変わってしまうわね。シリルお兄様も誰と結婚してもうまくいかなかった。それで子を成すために…もしかして、私を使ったのかしら。それでユリが妹を用意したのかしら。それなら色々と説明がつくわ。
いったいどれほどの犠牲があるのよ…。私は生きてていいの?
もう後戻りはできないのは分かっているけれど、そんなことを考えてしまう。でも、そうね。私もラズベルを使ってレオルにあてがったわね…。何を今更…。
頭の中には様々な思いが渦巻いていたが、体は疲れており、少しでも休息が必要だった。目を閉じると、微かな不安と共に、徐々に意識が遠のいていった。
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一方で、メアルーシュはレッドナイト領の公爵邸の一室に降り立っていた。
「短時間で何度も移動は疲れる。」メアルーシュは息をつきながら言った。
「おかえり、ルー。」
シリルは微笑みながら、2歳になるユリの妹アレクシアを抱っこしていた。 近くのベビーベッドにはユフィが静かに眠っていた。
「叔父さんは、こんな未来はじめてなの?」
「さぁ?どうかな。人生は自分達で切り開いていくものだよ。僕が見た未来に左右されてはいけない。ただ少し悪い夢を見させられているだけに過ぎないからね。」
シリルは穏やかな表情で答えた。
「そう。」
「ルーは随分疲れてるね。お疲れ様。」
「かなりね。」
メアルーシュは苦笑いを浮かべた。
シリルはしばらく黙っていたが、やがて重い口調で言った。
「この力はあってはいけないと何代か前の当主が封じたんだが、欲を出した父さんが魔力の高い母さんを娶ったことによって、復活してしまったんだ。お前も殺したいほど憎くならないか?」
「憎い…か。この力がないと救えない人たちが多すぎて、分からないな。そういうのは死んでから考えるよ。」
その後、彼らはしばらくの間、静かに子供たちを見守りながら過ごした。 外の世界がどれほど混沌としていようとも、この部屋の中だけは穏やかで、平和な時間が流れていた。
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