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数日後、ホワイトホスト王国の王宮で緊急の招集がかけられた。 王宮の大広間には貴族たちが集まり、緊張した空気が漂っていた。 私はユリと共に招集に応じ、ユフィとルーは家に残してきた。
「何が起こったのかしら…」私は不安そうにユリに囁いた。
ユリは眉をひそめ、周囲を見渡しながら答えた。
「妙だ。何故、俺たちに届いた手紙だけ夫妻と記載されていた。」
私はユリの言葉に驚き、周囲を見回した。王宮の中には男性ばかりの貴族たちが集まっており、女性は少数しか見当たらない。夫婦そろって来ている姿はまったくなかった。
「本当に変ね…」
ユリは真剣な表情で頷き、「何か企んでいる可能性がある。気を引き締めておくべきだ。」と低い声で答えた。
私たちは大広間の一角に立ち、緊張感に包まれた空気の中で周囲の動きを見守った。貴族たちの間にはささやき声が広がり、不安と疑念が渦巻いているのが感じられた。
突然、大広間の扉が開き、王の側近が堂々と歩み寄ってきた。彼の顔には険しい表情が浮かんでおり、場の緊張をさらに高めていた。
「本日、緊急の招集に応じていただき感謝します。」側近は声を張り上げ、集まった貴族たちに向けて話し始めた。「先日、ゴールドキング帝国との国境付近で不審な動きが確認されました。これにより、我が国の安全が脅かされる可能性があると判断し、緊急に対策を講じる必要があります。」
その言葉に、私は胸がざわめいた。ユリも同じく眉をひそめ、私の手をしっかりと握りしめた。
「不審な動きとは何ですかな?もっと具体的な話をして下さらないとわかりません。」パープルポーン家の当主が声を上げた。その声には苛立ちと疑念が混じっていた。
側近は一瞬躊躇し、深呼吸してから続けた。
「それは、何者かが家に侵入し、殺人が起きたという内容です。」
大広間はざわめきに包まれ、貴族たちの間に緊張が走った。
そのとき、側近がユリを指名するように視線を向けた。
「レッドナイト公爵、あなたにはしばらく王宮にとどまり、護衛をお願いしたいと考えています。」
ユリは一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し、「承知しました。私が護衛としてお役に立てるなら、全力を尽くします。」と毅然と答えた。
側近は満足そうに頷き、続けて他の貴族たちにも指示を出し始めた。彼の声は大広間に響き渡り、次々と具体的な任務が言い渡されていった。貴族たちはそれぞれの役割を理解し、真剣な表情で応じていた。
「皆様、それぞれの領地に戻り、警備体制を見直し、警戒を強化してください。また、不審な動きがあれば直ちに王宮に報告するようにしてください。」
貴族たちは頷きながら指示を受け、次々と退出し始めた。その間、側近は巧妙に私をユリから引き離そうと動いていた。
そして、最後に側近が私に向き直った。
「メイシール様、しばらくの間、他の部屋でお待ちいただけますか?少しお話を伺いたいことがございますので。」
その言葉に、私は一瞬警戒心を抱いた。ユリは心配そうな視線を私に向けたが、忠誠心を疑われることを避けるため、彼もまた王の元へ向かわなければならない状況だった。
「メイ…。」
「行くしかないわ。」
「罠だ…。」
「分かってるわ…。直ぐに連絡する。」
ユリはしばらく私を見つめた後、決心したように頷き、「あぁ…。」と言い残して王の元へ向かった。
私は深呼吸をし、側近に導かれるままに別の部屋へと向かった。廊下を歩く間、胸の鼓動が速くなるのを感じた。側近は私の後ろに控え、私の動きを見逃さないようにしていた。
別室に到着すると、側近は部屋の扉を閉め、冷たい笑みを浮かべながら私に近づいた。
「メイシール様、少しお話を伺いたいと思いまして。」
その瞬間、私は全身に警戒心が走った。ユリがいない今、この状況が非常に危険であることを直感的に理解した。
「随分と露骨に行動なさるのですね。それで、いったい何の話でしょうか?」
側近はにやりと笑い、「少しだけお時間をいただければ、すぐに済みます。」と言いながら一歩近づいてきた。その目には、明らかに悪意が宿っていた。
突然、側近の手が動き、私は咄嗟に避けようとしたが、次の瞬間、雷のような力が体に走り、全身が痺れた。目の前が暗くなり、意識が遠のいていくのを感じた。
《ユリ…ごめ…なさ…》
私は最後の力を振り絞ってテレパシーを送った。
意識が完全に途絶える前に、側近の冷たい笑みが目に映った。そのまま私は床に倒れ、意識を失った。部屋の中の重い静寂が、私の意識の消失と共に降りてきた。側近はそのまま私の体を引きずり、どこかへ連れて行こうとしているようだった。
―――――――――
―――――
ベティは透明化能力を持つ特異な存在であり、メイシールを護衛するために常に彼女の側にいた。彼女の能力は周囲に気づかれることなく、影のようにメイシールを守ることを可能にしていた。
あの日、メイシールが連れ去られる様子をベティはずっと見ていた。大広間での緊迫した状況の中、側近の狡猾な計画に気づいたベティは、メイシールを守るために目を凝らしていた。だが、側近が発動させた雷のような力により、メイシールは一瞬にして無力化されてしまった。
「まずいわ…」ベティは心の中で呟きながら、冷静に次の行動を考えた。
メイシールが倒れた瞬間、側近は迅速に行動し、大きな麻袋を取り出して彼女の体を詰め込んだ。ベティはその様子を見逃さなかった。彼女は透明なまま、側近の一挙手一投足を監視し続けた。
側近は慎重に周囲を見渡し、誰にも気づかれないようにメイシールを馬車に運び込んだ。馬車は既に準備されており、速やかに出発するための手筈が整っていた。ベティは馬車の陰に隠れ、透明化を解除することなく後を追った。
馬車が動き出すと、ベティはその側面にぴったりと張り付き、絶対に見失わないようにした。馬車の中からは、かすかにメイシールの息遣いが聞こえてきた。彼女が無事であることを確認し、ベティは安堵したが、次に待ち受ける危険に対する警戒を緩めることはなかった。
馬車は王宮を離れ、どんどん森の奥へと進んでいった。道は次第に険しくなり、周囲の木々が密集してきた。ベティは馬車の動きに合わせて慎重に歩を進め、メイシールがどこへ連れて行かれるのかを見定めていた。
森の中を進むうちに、馬車はやがて広場に到着した。その広場には隠居しているアジャールの住まいがあった。アジャールは王宮から離れ、この森の中でひっそりと暮らしていた。ベティはその存在を知っていたが、ここで再び彼と出会うことになるとは予想していなかった。
「こんなところに連れてきたのね…」ベティは驚きと共に、状況の深刻さを再認識した。
馬車が止まると、側近は麻袋からメイシールを引きずり出し、アジャールの住まいへと運び込んだ。ベティはその後ろを静かに追いながら、どうにかしてメイシールを助け出す方法を考えていた。
「今しかない…」
ベティは決意を固め、風の特殊能力を使うことにした。
彼女は手をかざし、風を呼び寄せる呪文を静かに唱えた。瞬く間に強風が吹き始め、ベティはその風に乗せてメアルーシュに助けを求めた。風は森を駆け抜け、まるで意志を持つかのように急速に伝わっていった。
その瞬間、ベティの目の前にメアルーシュが現れた。彼の出現はまさに一瞬の出来事であり、彼の能力の凄まじさを改めて実感させた。
「ベティ、どうした?」
メアルーシュは即座に状況を把握し、鋭い目で周囲を見回した。
「若奥様が連れ去られました。あの建物の中にいます。」ベティは透明化を解除し、緊張した声で答えた。
「わかった、急ごう。」
メアルーシュは力強く頷き、すぐに行動に移った。
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