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朝の穏やかな時間を過ごした後、ユリと私は昼食をルーと一緒に取ることにした。 二人でルーを呼ぶために部屋に使用人を送った。
少しして、部屋のドアが開き、明らかにさっきまで眠っていたかのような寝ぐせがついたままのゼノが、ルーを抱えて部屋に入ってきた。
「おはようございます、メイ様、ユリ様。」
ゼノは少し眠たそうな顔をしていた。 彼の髪は寝ぐせがついていて、普段のきちんとした姿とはまるで別人のようだった。
「へぇー、ゼノ。寝てたのか?」
ユリは驚いた表情でゼノを見つめた。
「はい、申し訳ございません。任務中に居眠りをしてしまいました。」
「父さん、怒ってあげないで。俺が気絶させて寝かせたから。」
ユリはそれを聞いて一瞬吹き出し、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
「…ぷはっ。……コホンッ。なるほど、そうでしたか。」
「母さん、体調大丈夫?」
ルーは私の方を見て心配そうに尋ねた。
「えぇ。大丈夫よ。」と私は優しく微笑んで答えた。
「さぁ、昼食を食べましょう。」
使用人たちはすぐに動き出し、昼食の準備を始めた。 テーブルには色とりどりのサラダ、柔らかいパン、そして栄養たっぷりのスープが次々と並べられた。 デザートには新鮮なフルーツが用意され、部屋は食欲をそそる香りに包まれた。 その後、ゼノを含む使用人達は全て下げられた。
手を合わせ、「いただきます!」と言ってスープを一口飲んだ。上品過ぎる味に驚いていると、ルーはチラチラとユリを見ては何かに警戒しているような素振りを見せていた。 その様子に私は気付き、ルーに優しく声をかけた。
「ルー、どうしたの?何か気になることがあるの?」
ルーは一瞬戸惑ったように視線を逸らし、それから小さな声で答えた。
「ううん、何でもないよ、母さん。」
ユリもその様子に気付き、優しい目でルーを見つめた。
「俺に記憶を消されないか心配してるのか?」
ルーはギクリと反応し、体が一瞬強張った。 その反応に、ユリは軽くため息をつき、穏やかな声で続けた。
「あの時消したのは、まだ幼いルーを見ていたかったのと少し考える時間が欲しかっただけだから、消されたくないならそのままでいていい。消して欲しいならいつでも?」
ルーの目が輝き、希望に満ちた声で尋ねた。
「え?ほんと?」
「本当だよ、ルー。お前がどう感じているかが一番大事だ。 ルーは今、精神が何歳なのか知らないけど、母さんに似てて思考がすぐに顔に出るな。」
ユリが珍しくニカッと笑い、その顔を見て新鮮に思った私も思わず微笑んでしまった。 ユリの笑顔は普段の厳格な表情とは違い、柔らかく温かいものだった。
ルーはその笑顔を見て、安心したように微笑み返した。
「ありがとう、父さん。ちなみに俺は26歳が最高年齢だよ。」
ユリは驚いたように眉を上げ、「困ったな。この家族の中では俺が一番年下か。」 と言って、わざと肩をすくめた。
「ぷははっ!もぅ、ユリってば、冗談言わないでよ。」
「いえ、少し拗ねています。」
「父さんも拗ねることあるんだ。いつも仏頂面なイメージしかなくて、想像つかないや。」
ユリは目を細めてルーを見つめ、「消しましょうか?」と笑顔で脅すように言った
ルーは慌てて手を振りながら、「ご、ごめんってば!」と謝った。
そのやり取りを見守りながら、私たちは笑い声を上げた。 ユリの冗談とルーの素直な反応に、家族の絆がさらに深まっていくのを感じた。
昼食が終わり、家族との穏やかな時間を過ごした後、私は机に向かい領地の関連の書類処理を始めた。 部屋の中は静かで、書類をめくる音だけが響いていた。
数時間が過ぎ、多くの書類に目を通していたとき、ふと目に留まったのは「ルクエナ山脈」の名が書かれた書類だった。 その名を見た瞬間、胸の奥に不安がよぎった。 ルクエナ山脈――それは前の人生で購入したことのある場所だった。
記憶が鮮明に蘇る。 あの山脈を購入した結果、私の一族は滅んでしまった。 多くの困難と悲劇が続き、最終的には破滅に至ったのだ。
私は手にした書類を見つめながら、深く息を吸い込んだ。 冷静にならなければならない。 過去の失敗を繰り返すわけにはいかない。
ユリがそっと近づき、私の肩に手を置いた。
「どうしました?」
「このルクエナ山脈の名が書かれた書類…… 前の人生でこの山脈を購入して、一族が滅んでしまったの。」
ユリは深く息をつき、目を細めた。
「ここを購入したのですか?」
「えぇ。ユリが欲しがる土地だって、お父さまが未来を見てきて教えてくれたの。」
「ここは最初からレッドナイトの所有地で、ここを購入するということは、外の世界と繋がってしまうことを意味します。まず、王族が黙っていないでしょう。俺も、この手で処理を命じられる可能性もありますね。」
その言葉に私はショックを受け、声を震わせた。
「またしてもユリに殺されたってこと!?」
「俺は必ず首からいきます。どうでしたか?」
「首からだったわ!」
ユリは一瞬驚いた表情を浮かべ、そして苦笑した。
「では、王命ですね。良い機会なので、危険な土地を学んで下さい。この山脈以外にも購入すると不幸が起きる土地があります。念のためです。」
私は不安を隠せず、思わず声を上げた。
「こ、こわっ!!」
「安心してください。今は全て俺とメイのものですよ。」
ユリは私の手を握りしめ、安心させるように優しく言った。
「不幸な土地を所有してるとこがこわい!!」
私は心の中で不安が渦巻くのを感じながら言った。
ユリは優しく微笑み、私の頭を優しく撫でた。
「大丈夫ですよ、メイ。俺が側にいる限り、何も心配することはないです。」
「もし王命で私を殺せって言われたらユリはどうするの?」
「王を殺します。」
「なんでそうしなかったの?」
「少し、その人生の背景を詳しく聞いてもいいですか?」
「えぇ、ユリと接点を持とうとして、未来でユリの名義になってる土地を沢山購入したのよ。土地だけじゃなくて物とかも?」
「ああ、なら、敵対関係にあると勘違いしたのではないでしょうか?あるいは…他の男の影をみたり?メイはアジャール王子には特に気に入られているようですし、パープルポーンの分家の息子ですとか…。」
その言葉に、私は心の中でギクリとした。 確かに、前の人生で関係があったことを思い出した。 レオルとは頻繁に連絡を取っていたし、アジャールも求婚しようとしていた。 男の影だらけだった。
「か、勘違いしたのかなー…。」
私は焦りながら答えたが、ユリの鋭い目がそれを見逃すことはなかった。
「親子揃って嘘が下手ですね?メイ」
ユリは耳元で甘く囁きながらも、その声にはわずかな嫉妬の色が含まれていた。私はその囁きに心が跳ね上がり、振り向くとユリの顔は笑顔だったが、その背後には怒りの影が見え隠れしていた。
「ごめんなさい…。この先、ユリ一筋だから許して!一生ユリしか好きにならないから!」
私は必死に弁解し、ユリの手をしっかりと握りしめた。
「…っ!?」
その言葉にユリは一瞬驚き、顔を赤らめて片手で少し顔を隠した。 彼の頬が赤く染まり、目を逸らす様子に、私は彼の心の動揺を感じ取った。
ユリはしばらく沈黙した後、深く息をつき、私を見つめた。 その瞳には温かさと愛情が戻っていた。
「……約束ですよ。」
「えぇ、いいわ。ユリを置いて、もう回帰するつもりはないけど、この先何度でもユリを愛するわ。」
「そろそろ一度休憩してください。お腹の子にさわります。」
「えぇ。」
ユリは優しく私を抱き上げた。 その動作はとても穏やかで、まるで壊れやすい宝物を扱うかのようだった。 私は彼の腕の中で安心感に包まれ、彼の胸の鼓動が伝わってくるのを感じた。 ユリの顔には優しさが溢れ、その瞳には私とお腹の子への深い愛情が込められていた。
「重くない?」
「全然。アナタをこうして抱きしめることができるのが幸せなんです。」
彼はゆっくりとベッドへと向かい、慎重に私を横たえた。 ベッドの柔らかさが体に染み渡り、私は自然と目を閉じた。 ユリはそっと毛布をかけてくれ、その動作一つ一つに彼の優しさが感じられた。
ユリは私の額に優しくキスをし、その温もりが心に染み渡った。
「ありがとう、ユリ。」
ユリはそのままベッドの隣に座り、私の手を握り続けた。
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