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メイシール視点
朝の柔らかな光がカーテンの隙間から差し込み、私は心地よい眠りの中で微かに目を覚ました。 ベッドの隣にはユリが立っており、昨夜の出来事を思い出した彼が心配そうな表情を浮かべていた。
「メイ、大丈夫かですか?」
ユリの声には緊張が混じっていた。
私は目をこすりながら、まだ夢見心地で答えた。
「うん、大丈夫よ。何かあったの?」
ユリは深く息をつき、ベッドの傍らに腰掛けた。
「昨夜の暴走でメイの体に異常がないか心配で、医者を呼んで診察をしてもらっていました。」
ユリの声には明らかな不安が滲んでいた。 私は昨日のことを思い出し、少し顔を赤らめた。確かに少し危なかったかもしれない。私はユリの顔を見つめた。
「え…でも、眠ってる間に?いつの間に…。」
まぁ、妊娠してからまともな医者に診察してもらってなかったから丁度良かったけど、せめて起こしてほしかったわ。
「ユリ、大丈夫よ。そんなに心配しないで。」
私は優しく微笑んで彼を安心させようとした。
しかし、ユリは首を横に振り、真剣な表情を崩さなかった。
「いや、メイ。アナタの体調は何よりも大事です。 医者に診てもらって、安心したかったのです。」
「ありがとう、ユリ。それで異常はなかった?」
「はい。異常はありませんでしたが…。妊娠4週目だと聞きました。メイ、俺の記憶がない間、少し隠していましたね?」
ギクッ!! 私は心の中でドキリとし、視線を逸らした。
「あー…えっと、ほら、ユリが心配してるのと同じくらい、私もユリのことが心配だったの。」
ユリは微かに微笑んだが、その瞳には依然として真剣な光が宿っていた。
「不甲斐ない男手すみません。ですが、もし再び記憶を失い、俺の記憶が11歳以上であったなら、遠慮なく普段通り接してください。夫婦に隠し事は…無しと言いたいところですが、俺が昔からメイを好きだったことがバレてしまいましたね。」
私はその言葉に驚き、そして少しだけ微笑んだ。
「その理由は聞いても良い感じ?」
ユリは一瞬ためらった後、申し訳なさそうに答えた。
「すみません、一部を伏せて言います。俺たちは夫婦です、なので隠し事は極力したくないのですが……。」
「ユリが話せるところだけでいいよ。」
正直、ユリの隠している部分はとても気になる。けれど、私にも、アジャールとレオルの結婚生活の話をユリにはしたくない。なので私はこれ以上、深くは聞けない。
「いいえ、記憶喪失になってしまった経験がある以上、ある程度は正直に伝えたいと思います。それに夫婦になって4年も経ちましたしね。」
「ユリ…。」
「今から約14年前、俺は10歳でありながら、母の稼業である情報ギルドの仕事を引き継ぎしていました。その中でブルービショップ家にまつわる不思議な情報を手にして、調査しにブルービショップ家に潜入しました。そこで0歳と数か月のメイに出会いました。左右の足先から腰のあたりまでびっしりと青白く輝く鎖のタトゥーで埋まっている不思議な赤子でした。」
「待って…そ、それって…。」
想像するだけで恐怖でしかなかった。いったい何回回帰すればそうなるの?
でも、私の足にはまだ少ししか…。
「すみません、妊娠中に話す話ではありませんね。」
ユリは必死に青ざめる私の頭を撫でてた。
「ううん、ここを逃したら、またタイミングが4年後とかになりそうだからいいわ。話を聞くわ。」
「不思議な赤子で、俺の脳内に直接声を届けてきました。」
《こんな風に?》
「はい。そんな風にです。その時のメイはとても疲れていて、もう生きるのに疲れたと俺に愚痴をこぼしていました。俺はメイと話す時間が楽しくなってしまい、そこからゼノに俺の影武者を務めてもらって、メイのところに入り浸りました。それと同時にメイに惹かれ、次第に回帰した記憶を奪う、もしくは封印してしまう方法を探し始めました。生きる気力を無くしてしまったメイを助けたかったのです。」
「え?てことは、まさか…成功したの?」
「結果的には、はい。人の記憶を無数の本だと思って下さい。受付があり、そこで記憶を注文すれば、思い出したい記憶が届きます。受付を封じてしまうと人は植物のようになってしまいます。受付に怪我をさせれば、それは高次脳機能障害と呼ばれる病気が発生してしまうでしょうね。なので、本を封じる、もしくは奪い去る方法を模索しました。メイとは長い時間ずっとお話しておりました。未来であったことや、疲れたことを沢山。詳しい内容は伏せたいです。メイはとても、その記憶を嫌っていましたから。
そうして約2年で俺は記憶を奪い去る方法に辿り着きました。俺の透明化の特殊能力で回帰した内容が詰まった本を透明にして受付が探せないようにしたのです。そうすることで、メイはただの赤子として、生きていけるようになりました。」
「そういうことだったのね…。」
恐らくルーにも同じことをしたんだわ。タトゥーの光だけが消えてしまうなんておかしいもの…。それを私に…。
「ただ、欠点があるとすれば、上書きができません。一度透明にしてしまうと、再び元にもどさなければ新しく入った記憶を透明化することができないのです。なので、今メイの足首に刻まれた鎖は俺と出会い記憶を透明化された後の人生で回帰しているものです。そして、そのどれもが…恐らく…。」
「ユリが私を…。」
「そういうことになります。痛みはありましたか?」
「ううん。どれも苦しくなかったわ。難産で命を落としそうになった時に気付いたの。感覚が同じだったから…。」
ユリは私の手を握りしめ、その瞳には深い悲しみと愛情が溢れていた。
「すみません。アナタの記憶を透明化する前日に俺は一度、公爵邸に戻りました。久しぶりに戻ると、俺の影武者をしてくれていたゼノが母上に酷い実験を施されていて、それを目の当たりした俺は…心に湧いた感情を全て封じる決意をしました。」
ユリの言葉に、私は息を呑んだ。 彼の瞳には、当時の苦しみが色濃く残っていた。
「俺がメイに興味を持ち、メイに恋慕を抱き過ごしていた2年間、親友とも呼べるくらい仲の良かったゼノがボロボロになっていました。その姿を見て、メイの記憶を消し去る決心が余計についたのです。」
「…そっか。」
私は言葉が見つからず、ただ彼の言葉を受け止めることしかできなかった。
「俺の中で、俺に、と…いえ、自由に過ごして欲しいと願いました。ですが、その願いとは裏腹にアナタは俺を選びました。そこから俺は封じてきた数年間の感情が一気に溢れ出し、メイを前にすると正気でいられなくなるほどになってしまっているのです。」
ユリの言葉に、私は想像を絶する話にただ驚くばかりだった。 彼がどれほどの葛藤と苦しみを抱えてきたか、今初めて理解した。
正直、私はどんな人生を沢山歩み、失敗してきたのだろうと気になりはするけれど、気の遠くなってしまうような、生きる気力を失ってしまうような辛い人生だったのなら、閉まっていた方が良いのかもしれない。この国のように。
「ユリはそんな前から、本当に幼い頃から、私の為に戦ってくれてたのね。ありがとう…。」
ユリは首を振り、「結局俺は、アナタに選んでもらったのではなく、選ばせてしまっています。」 と優しく言った。
「でも、私、ユリが良い。ここまで私を思ってくれる人は世界中どこを探してもユリしかいないわ。だから、これがいいの。それに、私たちはお互いにとって最善でしょ?体質的な意味でもね。」
「そうですね。メイ、もしまた回帰することがあれば、安心して俺を頼って下さい。できれば俺が11歳を過ぎた頃が良いですけどね。」
「わかったわ。なんだか、スッキリしたわ。」
ユリは何気なく天井から垂れている紐を引っ張った。
その時、部屋のドアが静かに開き、使用人たちが入ってきた。 彼らは礼儀正しく頭を下げ、ユリの指示を待っている。
「メイの世話を手厚くしてくれ。」
ユリの毅然とした声に、使用人たちは一斉に頷き、迅速に動き始めた。
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