52p
メアルーシュ視点
「終わりましたね。」
ゼノは深呼吸をしながら言った。
ミレーヌは周囲を見回し、炎の中から脱出できたことに安堵の息を漏らした。
「無事に移動できたようですね。これで一安心です。」
ゼノはまだ俺の手を握ったまま、感謝の眼差しを向けた。
「坊ちゃん、お疲れ様でした。」
「でも、屋敷を燃やす必要あったのかな?」
「主はその必要があると仰っておりましたが……。私の推測ですが、またしても王に悲劇のヒロインを見せつけたかったのかもしれませんね。 今頃王の元へは、敵のスパイが医師が医務室に火をつけているところを見たと報告していることでしょう。 実際には、此方側が用意した偽の医師が火をつけているところですがね。」
俺はその言葉に驚き、内心で問いかけた。 *またしてもってなんだろう? 前にもそうしたような口ぶりだ
「そうですね。主の計画は常に数手先を見据えています。 敵を欺き、自らの目的を果たすためには、必要な犠牲と判断されたのでしょう。」
俺は彼らの言葉に耳を傾けながら、心の中で計画の冷酷さとその正当性について考えていた。 燃え盛る屋敷の中で、すべてが計算された一手であり、俺たちの安全を確保するための手段だったのだ。
「ゼノ、魔力空っぽでしょ。俺が少し分けるよ。」
「いえ、寝れば治ります。」
「遠慮しなくていいよ。俺の方が寝るだけだからさ。」
「…では、お願いします。」
ゼノは俺の手を握った。父さんの無茶な計画の犠牲者だから、少しじゃなくて、半分くらいは分けとこうかな。
その後、予定通りにホテルの部屋に入ると、俺は広い部屋に公爵邸にいた使用人たち数十名に預けられた。 彼らは既に待機しており、俺を迎える準備が整っていた。
「え、ミレーヌ達は別室なの?」
「はい、そのようですね。」
「その、変なこと聞いちゃうけど、二人っきりで大丈夫なの?」
使用人は微笑んで答えた。
「はい、問題ありません。あの二人は先日夫婦になりましたので。」
「え!?」 俺はさらに驚きの声を上げた。
「はい、実は公爵邸での出来事がきっかけで結婚を決意されたそうです。 」
俺は彼らの新しい関係に少し戸惑いながらも、彼らの幸せを喜んだ。
――俺がみてきた未来と変わり過ぎじゃない?
まぁ、普通におめでとう…かな。未来でミレーヌとゼノは俺を守って命を落としていた。だから、俺はミレーヌとゼノを信頼してるし幸せになってほしいとも考えていた。
ここって天国じゃないよね?あまりにも上手くいきすぎていて恐いんだけど。
そういえば、俺に妹か弟ができるんだっけ。どんな感じだろう。
時々、未来での出来事は全部悪い夢だったんじゃないかって思う。実際、今を生きる俺にとってはそうだ。でも、二歳児があんな大掛かりな魔法使えたり、ペラペラ喋れたりするのはおかしいことだから、回帰してるのは間違いない。
使用人たちは俺の思考に気づかず、丁寧に食事を用意してくれた。 温かいスープや柔らかいパン、香ばしい肉料理が並べられ、俺はそれを美味しくいただいた。 彼らの配慮と心遣いが感じられる食事だった。
食事が終わると、使用人たちは俺を風呂に入れてくれた。 温かな湯に浸かりながら、俺は未来のことを考え続けた。
未来がこれだけ変わっていると、もう俺には予知すべきことが全くわからないな。悪女となるべき人もシリル叔父さんの手中だし、もう俺が心配すべきことってほとんどないのかな。
まぁ、どうせ、また父さんに記憶を消されてしまうか。でもさぁ、これだけ手を貸して貢献した俺の記憶を奪うって酷くない?未来でも、父さんは俺に透明化能力の使い方を教えてくれなかった。だから俺は魔法を学ぶしかなかった。他国の特殊能力は独学ではうまく発現できないところが厄介だ。
今回の人生では習えるといいけど。
俺は自分の手首に浮かび上がるタトゥーを見つめた。
風呂から上がると、使用人たちは俺を柔らかなタオルで包み、丁寧に拭いてくれた。 その後、ふかふかのパジャマを着せてもらい、ベッドに寝かされた。 心地よい寝具に包まれながら、俺は静かに目を閉じた。
「お休みなさい、メアルーシュ様。」使用人たちの優しい声が耳に届いた。
未来での出来事が悪い夢であればいいのに。
俺はそう願いながら、眠りに落ちていった。 天井に映る影が揺れる中で、俺の心は次第に静まり、安心感に包まれていった。
――――――――
―――――
翌日、朝一番で使用人たちが騒がしく動き回る音で目が覚めた。 ベッドの中で目をこすりながら、俺は起き上がった。
「おはようございます。何かあったの?」
俺は使用人の一人に尋ねた。
「いえ、たいしたことでは……」と、その使用人は慌てた様子で答えた。
その時、ミレーヌが部屋に入ってきて、俺を抱き上げた。 彼女の表情は穏やかだった。
「ミレーヌ、何があったの?」
俺は心配そうに彼女を見上げた。
「あまりたいしたことではありませんよ。ただ、メイシール様の容態を異常に心配なさった若旦那様が、朝起きてすぐにお医者様を呼び、メイシール様のお世話を手厚く手配しているだけでございますね。」
俺は一瞬驚いたが、その後すぐに肩をすくめた。
「ほんとにたいしたことないや。活躍した俺たちに労いの言葉一つないよ。 これってネグレクトだよね。」
ミレーヌは優しく俺の頭を撫でながら、慰めるように微笑んだ。
「メアルーシュ様、あなたの活躍は決して忘れられていません。今は少しだけ、メイシール様のことに集中しているのです。」
「でも、少しは感謝してほしいな……」
俺は少し不満げに唇を尖らせたが、ミレーヌの優しい眼差しに心が和らいだ。
すると、ゼノが部屋に入ってきた。 彼はまだ疲れが残っている様子だった。
「ミレーヌ、変わります。アナタはもう少しゆっくりしていて下さい。」
ミレーヌは一瞬戸惑いながらも、微笑みを浮かべた。
「いえ、そんなやわな体をしておりませんので、大丈夫ですよ。」
ゼノは軽く首を振り、真剣な表情で彼女を見つめた。
「そんなこと言わずに、少し休んでください。昨日の夜からほとんど寝ていないでしょう?」
ミレーヌは小さな溜息をつき、俺をゼノに渡した。
「分かりました。でも、無理はしないでくださいね。」
ゼノはしっかりと俺を抱き上げ、その手の温かさと安心感が伝わってきた。
「もちろん、無理はしませんよ。」
ミレーヌはゼノの言葉に安堵の表情を浮かべ、静かに部屋を出て行った。 彼女が去ると、ゼノは俺を優しく見下ろしながら、椅子に腰掛けた。
「坊ちゃん昨日は魔力を分けていただきありがとうございました。」
「うわ。不潔な体で俺に触らないでくれる?絶対やらしいことしてたじゃん。」
「なっ!?いえ、別にそんなことは…。」
「冗談だよ。ミレーヌとゼノ、結婚したんだってね。おめでとう。」
ゼノは少し驚いたような表情を見せたが、すぐに微笑んだ。
「ありがとう、坊ちゃん。これからも二人であなたを守っていきます。」
俺はその言葉に安心し、ゼノの胸にさらに深く顔を埋めた。 彼の心臓の鼓動が、穏やかなリズムで伝わってくる。 彼の手が俺の髪を優しく撫で、その動きに心が落ち着いた。
「でも、死なないでほしい。」
俺は小さな声で呟くとゼノは一瞬驚いたように眉をひそめた。
「え?私、死んでしまうのでしょうか?過労死ですか?」
俺は首を振り、目を閉じたまま答えた。
「いや、別に未来視したわけでも直観力が発動したわけじゃないよ。これは願い…かな。」
「願い…ですか?」
俺はゼノの目の下に刻まれた濃いクマを見つめて、もう少し寝ればいいのにと思った。
「もう少し寝たいな。ゼノも一緒に寝よう。」
「いえ、私は…。」
「横になるだけなら良いでしょう?」
俺はゼノと一緒にベッドに横になった。そしてゼノの手を繋いだ。
「ねぇ、ゼノ知ってる?俺はね、魔力を分けるだけでなくて吸うこともできるんだよ。」
ゼノは驚きの表情を浮かべた。
「は?…。」
その瞬間、俺はゼノの魔力を吸い取り始めた。 ゼノの目が大きく見開かれたが、すぐに力が抜け、意識を失った。
「ごめんね、ゼノ。でも君には休息が必要だ。」
俺はゼノを気絶させ、再び魔力を戻して彼の体を安定させた。
ゼノが静かに寝息を立て始めたのを確認し、俺もその隣で目を閉じた。 かなり強引な方法だったが、これで彼も少しは休めるはずだ。 俺はゼノの手を握りしめながら、穏やかな眠りに落ちていった。
読んで下さってありがとうございます!
お手数かけますが、イイネやブクマをいただけたら幸いです。モチベに繋がります( *´艸`)