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夜会当日、美しいドレスを身に纏い、私は鏡の前で最後の仕上げをしていた。シルバーの刺繍が施された濃紺のドレスは、胸元からスカートの裾にかけて流れるようなデザインで、まるで夜空に輝く星々のようだった。
「もう少し待って。母さん、そのまま体を休めよう。」
ルーも普段とは違う、貴族の礼装に身を包んでいた。彼の小さな体に合わせて作られたタキシードは、彼の目を引き立て、堂々とした姿を際立たせていた。
「なんのこれしき…。」
「つわり酷いんでしょ?」
ルーの心配そうな目に、私は一瞬迷った。でも、この夜会には重要な意味がある。ユリが戻ってくるまで、私たちの存在を示し続けるためにも、貴族社会に顔を出さなければならない。
「ルー、ありがとう。でも、私は大丈夫。ユリが戻ってくるまで、私たちがしっかりしていなきゃね。」
ルーは少し不満げな表情を浮かべた。
「母さん、時間ギリギリまで休もう。俺の瞬間移動能力は見たでしょ?一瞬で到着する。ね?」
ルーの真剣な顔を見て、私は微笑みながら頷いた。
「ふふ、わかったわ。じゃあ少し休むわね。」
「うん。髪の毛が崩れても、ドレスに皺ができても俺が治すから、少しでも横になってたほうがいいよ。」
ルーの言葉に従い、私はドレスが皺にならないように気をつけながらベッドに腰掛け、そのまま体を横に倒した。柔らかなクッションが背中を包み込み、少しずつ疲れが取れていくのを感じた。
「ルーにそこまで言われると、従わないわけにはいかないわね。」
「母さん…。」
ルーの不安そうな表情に、私は手を伸ばして彼の小さな手を握った。彼の手は温かく、安心感が広がる。
「ルー、未来では兄弟はいなかったの?」
「いなかったよ。父さんも母さんもそんな感じじゃなかったから。」
ルーの答えに、私は一瞬言葉を失った。彼が未来でどんな孤独を感じていたのか、少しだけ察することができた。
「そっか…。ごめんね、ルー。」
「謝らないで、母さん。俺、今が一番幸せだから。」
ルーの言葉に、私は胸が温かくなった。彼の成長を感じ、同時に自分の責任の重さも実感する。ルーのためにも、これからもっと強くならなければならない。
「どうして、こんなに愛しい子を…。酷い親ね…。」
「母さんは仕方ないよ。身動きとれないじゃん。それに、そんなことないよ。今の俺は幸せな2歳児だ。この人生は俺が体験した未来と全く異なっていて、なんだか今まで苦労した人生は全て誰かの物語みたいなんだ。」
ルーの言葉に、私は少しほっとした。彼の強さと明るさに、いつも救われる。
「誰かの物語…ね。死にたくないわね、もう。ユリがいて、ルーがいて、公爵邸のみんながいて、今の人生が母さんの中でも一番楽しいわ。それでもうすぐ、ルーがお兄ちゃんになるでしょ?母さんもこんな人生はじめてなの。」
「それで、父さんと母さんはどこで出会って、どういうきっかけで結婚することになったの?」
「えっ!?いや、それは…その。れ、恋愛…結婚…かしら。ハハハ。」
言えるわけないわ!ユリに麻痺毒を飲ませて、強引に襲ったなんて!!その時の子供ですなんて絶対言えるかーーー!!!
「やっぱり、父さんって…そういう趣味の人?」
「んー…あ!父さんの顔が大好きで、惚れ薬を盛ってみたの。それがきっかけかしら。」
「え?じゃあ、父さんが狂ってるのは薬のせいってこと?」
「ううん、父さんには効かなかったのよ。ほとんどの毒は全てね。幼い頃から耐性をつけてたみたい。ただ、薬を盛ってまで俺を求めてきたからもう離さないって言われちゃったわ。」
「意外だな。母さんから父さんを求めたってこと?」
「そう。だから母さんは今全力でその愛を受け止めてるところ。」
「ん??でも、明らかに父さんの方が母さんを先に好きになってるでしょ?記憶喪失になっても、前と変わんないじゃん。」
「これは私の仮説なんだけどね。父さんって、とても優しい人なの。公爵領のみんなや、家族たちをとても愛していて、自分が公爵になることでそれらを全て守ろうとう必死に動いてた。その駒に私が必要で幼い頃から私を調べてたんじゃないかしら。その駒があまりにも魅力的過ぎて、愛と錯覚してしまっている…と私は思ってるわ。」
「え…。」
ルーの目が驚きと困惑で大きくなった。彼の反応に、私は少し申し訳なく感じた。
「ごめんなさい。ルーに聞かせる話じゃなかったわね。」
「いや、そんな人に見えないから意外で…。ほら、俺の一度目の人生では物心ついた頃には母さんが亡くなってて、父さんは領地の管理も全部丸投げして王宮勤めの激務をこなしながら適当に、ただお金だけ稼いで、時間が過ぎるのを待ってるような人だったから全く想像つかないや。」
「え?ユリったらそんなことに?例え駒でも…やっぱり、死ぬべきではないわね。自分が死んだあとも、その時間は続いていくね。」
「そうかもしれないけど、俺はただちょっと悪い夢を見てしまうと思いたいな。残してきたものがあまりにも多いから。」
「ルー…。」
ルーの顔を見ると、その小さな体に背負わせてしまったものの大きさを改めて痛感した。彼の目には過去の苦労と悲しみが映っていて、それが私の心に刺さる。
よく考えてみれば、私は自分の恋愛のことしか頭になかったけれど、難産で命を落とした人生ではユリを置いていってる。あの時のユリはとても悲しそうに泣いてた。震えてた。例えユリの愛が錯覚だったとしても、その愛は今は本物に近いものだわ。それにミレーヌも両親も置いて私は…。
残された人のことを考える時間…なかったわ。生きるのに必死だった。今だってそうだわ。ルーを守るのに必死で行動してる。だから、今回の人生は死ぬわけにはいかない。
「そろそろ時間かしら。」
私はルーにそう告げて、ドレスの裾を整えながら立ち上がった。ルーは不安そうに私を見つめていたが、何かを決意したように口を開いた。
「ごめん。俺はいつでも母さんの味方だし、母さんの力になりたいと思ってる。でも、もう少しだけ待って。」
「え?」
「今日、エスコートするのは俺じゃないんだ。」
その瞬間、扉が静かに開いた。そこには、私とお揃いの衣装に身を包んだユリが立っていた。彼の顔にはいつもの冷静な表情ではなく、どこか恍惚とした微笑が浮かんでいた。瞬時に、ユリが記憶を取り戻したことを悟った。
――この顔は…記憶を取り戻してるのね。ユリ。
ユリはゆっくりと私に歩み寄り、優しく手を差し出した。その手を取りながら、私は胸が高鳴るのを感じた。彼の手の温もりが私の心に安心感をもたらし、同時に、再び彼と共に歩めることへの喜びが湧き上がってきた。
「…ユリ。どうしてここに…。」
私の驚きに満ちた声に、ユリは微笑を深めながら静かに歩み寄った。その一歩一歩が、まるで時を巻き戻すかのような感覚を私に与えた。彼の手が優しく差し出され、私は自然とその手を取った。触れた瞬間、胸の奥で何かが強く鼓動した。
ユリの手は温かく、力強く、私の不安を一瞬で消し去った。彼の瞳は私を真っ直ぐに見つめ、その中には深い愛情と決意が宿っていた。彼の微笑みが、私の心をさらに揺り動かした。
「メイ、今日の夜会には夫である俺がエスコートさせていただきます。」
その言葉に、私は一瞬、息を呑んだ。ユリがここにいるという事実が信じられず、同時に心の中に広がる安堵感が温かく私を包んだ。彼が記憶を取り戻してくれたこと、それが私の全てを満たしてくれた。
でも…顔が残念だわ。暴走一歩前の笑い方をしていて、狂気を感じるわね。
「ユリ、本当に大丈夫なの?」
「もちろんです。お待たせしてしまいましたね。愛しい俺のメイ。」
ユリの言葉には確信と優しさが混じり合っていた。彼の手の温もりが私の心に伝わり、まるで全てが元に戻ったかのように感じた。しかし、私はまだ少し不安を感じていた。
「あの…でも、いったい何が…。」
ユリは微笑みを浮かべたまま、私の手を引いて立ち上がらせ、両腕でそれぞれ背中と膝裏部分を持ち上げるように支える抱き上げた。
「さあ、行きましょう。ゼノ、頼みますよ。」
ユリの言葉に、ゼノは静かに頷き、その瞬間、彼の能力が発動した。空気が一変し、風が私たちの周りを舞い始める。私たちは浮かび上がり、ゼノの魔法の力で夜空を舞うように進んでいった。
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