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その時、別の場所ではゼノが静かに目を覚ましていた。彼の周りは薄暗い部屋で、唯一の光源は小さな窓から差し込む月明かりだった。側にはミレーヌがいて、心配そうに彼の様子を見守っていた。周囲にはゼノの回復を伏せなければならなかったため、彼は慎重に状況を確認した。
「すまない。寝すぎたか?」
ゼノはゆっくりと起き上がり、肩を回しながら尋ねた。
「いえ、もう二日ほど休まれていたほうがよろしいかと。」
ミレーヌは静かに答えながら、彼の顔色を確認する。
「確かにな、今はまだ私が回復したことを誰にも知られてはいけない。」
ゼノは小さく頷き、鋭い目で部屋の隅々を見渡した。
「その後はどうされますか。」
「どうやら、アナタの選択は正しかったようですね。」
ゼノは淡々と続けたが、その言葉には重みがあった。
「と、おっしゃいますと?」
ミレーヌは少し戸惑いながら聞き返した。
「…本当に分かっていないのですか?」
「はぁ…?私はただの平民ですし、ユリドレ様でもございませんので、何を仰りたいのか見当もつきません。」
ミレーヌは軽く肩をすくめ、ゼノの言葉に疑問を投げかけた。
「なら、アナタは自分の行動を後悔したほうが良い。」
ゼノは深く息をつき、冷静に言葉を続けた。
「後悔…ですか?んー……今のところ悔いなく生きているつもりです。」
ミレーヌは少し考え込み、誇らしげに答えた。
「では、二日後、アナタは私を出掛けます。良いですね?」
「お出かけでございますか?そうですね。お嬢様もいないことですし、良いですよ。」
ミレーヌは微笑みながら答えたが、その目には一抹の不安が垣間見えた。ゼノはミレーヌの表情を見つめ、彼女がこの状況を理解しているかどうかを確かめるようにした。
「まぁいいでしょう。それより、私の部屋と主の部屋から書類を持ってきてください。全て処理しておかねばなりません。」
「はい。」
ミレーヌは軽くお辞儀をし、医務室を出て行った。しばらくして、ミレーヌは書類の山を抱えて戻ってきた。その姿には、女性ながらの驚くべき腕力が感じられた。
「持ってきました。これで全てです。」
ゼノは書類を受け取り、感謝の意を込めて微笑んだ。
「ありがとうございます。この書類を全て処理すればしばらく休暇を頂きたいところですね。」
彼の声は淡々としており、感情の波立ちは見られなかった。ゼノは常に冷静で、効率的に仕事をこなす姿勢が崩れることはなかった。しかし、主であるユリドレは休暇をあまりゼノに与えなかった。ゼノの能力を信頼しているがゆえに、常に彼を必要としていたのだ。
ミレーヌはそんなゼノの言葉に少し驚きながらも、疑問を感じた。ゼノは仕事が大好きで、常に忙しさの中に身を置いているように見えたからだ。休暇なんて本当に必要なのだろうか?
「ゼノさん、休暇なんて本当に必要なのですか?」
ゼノは少しだけ視線をミレーヌに向けた。
「必要かどうか…ですか。上手くいけば必要ですし、そうでない場合は必要ではありません。」
ミレーヌはその言葉に少し戸惑いながらも、さらに質問を重ねた。
「それは、どういう意味ですか?」
ゼノは微かに微笑み、再び書類に目を戻した。
「つまり、状況次第ということです。全てが計画通りに進めば、休暇を取る余裕も生まれますが、問題が発生すればその対処が優先されます。」
ミレーヌは頷きながらも、まだ納得しきれない様子だった。
「では、これらの書類を処理しておきます。何か他にご用があればお知らせください。」
ミレーヌは軽くお辞儀をし、その場を後にした。彼女の心にはまだゼノの言葉への疑念が残っていたが、彼の冷静さとプロフェッショナリズムには一目置いていた。
ゼノは書類に集中しながら、自分の役割と責任を果たすことに全力を注いでいた。休暇の必要性を口にしたのは、一瞬の気まぐれだったのかもしれない。それでも、彼の中には確かに休息への渇望が存在していたのかもしれない。
「私は…信じていますよ。」
ゼノは再び微笑み、書類に集中した。
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――――――
二日後、ゼノが回復したという知らせが屋敷中に広がった。ゼノは起き上がるとすぐに、行方不明の若旦那様を探しに行くと宣言し、門の前で馬に乗ろうとしていた。
「私が若旦那様を探しに行きます。馬で…今すぐに出発します。」
周囲の使用人たちは驚きの声を上げた。
「ゼノ様、本当にもう大丈夫なのですか?」
「まだ回復していないのでは?」
その中で、医師が前に進み出て、ゼノの前に立ちふさがった。
「ゼノ様、まだ完全に回復されたわけではありません。少なくとももう少し休養を取られるべきです。」
ゼノは冷静な表情で医師を見つめ、穏やかな声で言った。
「ありがとうございます、先生。しかし、若旦那様の安否が分からない今、私は一刻も早く彼を見つけ出さねばなりません。」
医師はゼノの決意の強さに圧倒され、反論の言葉を失った。しかし、彼の顔には明らかな不安が浮かんでいた。
その瞬間、ミレーヌが割り込んでゼノの前に出た。
「ゼノさん、本当に大丈夫ですか?私も一緒に行きます。あなた一人では心配です。」
ミレーヌは心配そうに声をかけた。その表情には演技とは思えないほどの真剣さがあった。
「心配はいらない、ミレーヌ。これが私の役目です。」
「いえ、アナタに何かあったら…私は…生きていけません…。」
「分かった。だが、無理はするな。」
ゼノは一瞬だけミレーヌを見つめ、少しだけ微笑んだ。そして、自分の馬にミレーヌを持ち上げて乗せると、その後ろに自分も乗り、手綱を握った。
「行くぞ。」ゼノはミレーヌの耳元で囁くように言い、馬を走らせた。
ミレーヌはゼノの腕の中で少し驚きながらも、彼にしっかりとしがみついた。二人は一緒に風を切り、屋敷の門を抜けて外へと出て行った。風が彼らの顔に当たり、馬の蹄が地面を叩く音が響いた。
「上手く抜け出せたな。」
「はい。周囲の皆も納得されるでしょう。尾行もみえません。」
「私達にはまで尾行をつける余裕はないでしょう。」
「ところで若旦那様はどちらに?」
「言ったでしょう。口止めされていると。ですが、今からいくところでなら、お教えできるかもしれません。その為にはアナタに目隠しをしてもらう必要があります。」
ミレーヌは一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻し、冗談交じりに答えた。
「まぁ、そういった趣味はございませんが、若旦那様の居場所を隠す為なら仕方ありませんね。」
ゼノは片手で馬を操りながら、もう片方の手で目隠しを取り出し、ミレーヌの目に軽く当てがった。
「すまないが、これを付けてもらう。」
ミレーヌは少し緊張しながらも、目隠しを受け取り、ゼノの指示に従って目を覆った。視界が完全に遮られると、彼女はより一層、馬にしがみついた。
ゼノは再び馬の手綱を握り、速度を上げて走り出し、彼らは目的地へと向かって進んでいった。
目的地に到着したゼノは、ミレーヌを横向きに抱え上げ、両腕でそれぞれ背中と膝裏部分を支えた。彼は慎重に歩き、大きなドアを潜った。その瞬間、ドアがバタンと閉まり、ゼノはミレーヌを優しく降ろした。
「遅かったな。待ちくたびれたぞ。」
その声の主はユリドレ・レッドナイトだった。彼の姿が暗がりから浮かび上がり、その鋭い目がゼノとミレーヌを見据えていた。
ゼノは一礼し、ユリドレに答えた。
「遅くなり申し訳ございません。」
「ほぅ。記憶喪失になったことが功を奏したようだな。ミレーヌディア・ゴールドキング。」
ユリドレがそう言った瞬間、ゼノはミレーヌの目隠しを取り去った。
ミレーヌは微笑んだ。
「そういうことでしたか。」
彼らが立っているのは教会の中で、まるで魔法のように光の文字が空中に浮かび上がり、ミレーヌの頭上には【ミレーヌディア・ゴールドキング】と書かれていた。
ミレーヌはその光の文字を見つめ、静かに息をついた。
「やっと全てが明らかになりましたね。」
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