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翌朝、私は目を覚ますと、ユリがいないことに気付いた。ベッドの隣は空っぽで、ユリがどこに行ったのか不安が胸をよぎる。私は急いで部屋を出て、邸内を探し始めた。
「ユリ?どこにいるの?」
部屋中を探してもユリの姿は見当たらない。焦りと不安が募る中、書斎の机の上に一枚の手紙が置かれているのを見つけた。
【しばらく家を出ます。心配しないで下さい。】
ユリの字だ。手紙を握りしめ、私はその場に立ち尽くした。
「ユリ…」
声が震え、涙がこぼれそうになる。そんな時、ルーが私の背後から近づいてきた。
「母さん、どうしたの?」
私は手紙をルーに見せた。ルーは手紙を読んでから、静かに私の手を握り締めた。
「大丈夫、母さん。俺が探してくるよ」
ルーの言葉に少しだけ安心感を覚えたが、それでも心の中には不安が残った。
「ユリ、一体どこに行ったの…」
私は深呼吸をし、気持ちを落ち着けるように努めた。
荒々しいノック音が響いた。
「お嬢様!緊急です!」
ミレーヌの焦った声が扉の向こうから聞こえてきた。
「どうしたの!?入って!」
ミレーヌは扉を開けて駆け込んできた。その顔には明らかな緊張が浮かんでいた。
「ゼノさんが門前で倒れていて…。」
「ゼノが!?ユリと何かあったのかしら。今はどこに?」
「医務室です。」
「わかった、いくわ。」
ルーが私のドレスの裾を引っ張った。
「母さん、俺も連れて行って。」
「わかったわ。ルー、しっかりつかまってね。」
私はルーを抱き上げ、その小さな体が安心できるようにしっかりと抱きしめた。そして、ミレーヌと一緒に医務室へと駆け出した。
廊下を走る足音が反響し、心臓の鼓動が早まる。ゼノが倒れているという報告に、胸の中で不安が膨れ上がる。ユリも心配だ。何が起こっているのか、早く確かめなければ。
階段を駆け下り、廊下を曲がり、医務室の扉が見えた。ミレーヌが先に扉を開け、私がルーを抱えたまま飛び込む。
ゼノはベッドの上に横たわっていた。呼吸が浅くなっている。何故か医師や使用人達が席を外していることに気づいた。
「ゼノ…」
私はゼノの側に駆け寄り、彼の手を握った。彼の目がゆっくりと開き、私を見つめた。
「若奥様…申し訳ありません…魔力を分けていただけませんか…」
なるほど、魔力を分けてほしくて人払いをしたのね…。
「分かったわ。ゼノ、ユリはどこにいるかわかる?」
「すみません…口止めを…されています。」
ゼノは苦しそうに言葉を紡いだ。
「わかったわ。無事ならいいの。ゆっくり休んで。」
すると、ルーが小さな手を挙げて前に進み出た。
「待って、母さん。俺が魔力を分けるよ。」
「え、いいの?大丈夫?」
「うん。父さんと母さんの子供だから魔力量には自信があるんだ。まだ2歳だけど。」
ルーは小さな手をゼノの額に当て、集中した表情を浮かべた。彼の目が一瞬青白く光り、ゼノの体に暖かい光が流れ込んでいくのが見えた。ゼノの顔色が少しずつ良くなり、呼吸も安定してきた。
「ルー…すごいわ。」
「ありがとうございます、坊ちゃま…」
ゼノは微かに微笑んで、安堵の表情を浮かべた。
「それで、どこかにユリを運んで魔力切れを起こしたのね?」
「はい。若奥様、少々不味いことになっております。一度ご実家に帰られるというのはどうでしょうか?」
「どういうこと?」
「主からは何も伝えるなと言われております。」
「何よそれ、帰るしかないじゃない。」
「ちょっと待って、シリルおじさんって今どこで何してるの?」とルーが問いかけた。
「やはり、坊ちゃまは、そのことが懸念でございますか。シリル様はレッドナイト公爵領で療養中でございます。ご安心下さい。」
「これは、ただ事じゃないな…。」
ルーが顎を持って深く考えこんでいた。なんだか、こんな時に申し訳ないけど、絵面が少し面白いわね。ダメよ。ダメ。私ったらどうして不謹慎なのかしら。
「主は坊ちゃまに若奥様を任せるとおっしゃっていました。」
「わかった。じゃあ、このまま母さんが妊娠したから里帰りっていう名分でブルービショップ家に帰ろう。それでいい?母さん。」
「えぇ。流石の私も何がなんだかわからないけど、いいわ。」
ルーがしっかりと私の手を握り締め、その小さな手に確かな力を感じた。私はゼノのベッド脇に座り、もう一度彼の顔を見つめた。
「ゼノ、あなたは本当に大丈夫なの?」
ゼノは深呼吸をして、ゆっくりと頷いた。
「はい、若奥様。ご心配には及びません。」
私は立ち上がり、ルーを抱き上げた。
「じゃあ、ゼノ、私たちはすぐに出発するわ。あなたも無理せず休んで。」
「かしこまりました。馬車は門前に手配しております。若奥様、坊ちゃま、ご武運を。」
「待って下さい。私も一緒に…。」とミレーヌが言えばゼノが側にいたミレーヌの腕をつかみ首を左右に振ると、ミレーヌは引き下がった。
私たちは医務室を後にした。玄関に着くと、馬車が既に待っていた。使用人たちが手早く荷物を積み込み、私たちの乗車を手伝ってくれた。
「ありがとうございます。すぐに出発しましょう。」
馬車が動き出し、私はルーをしっかりと抱きしめた。彼の温もりが私の不安を和らげてくれる。馬車は静かに屋敷を離れ始める。
「母さん、この馬車、多分襲われる。その前に俺の能力でブルービショップ家に飛ぶから、母さんは、自分の部屋から絶対に出ないで。俺が起きるまで。」
「え?」と私は驚きの声を上げたが、ルーの真剣な表情を見て、胸が締め付けられる思いがした。こんな小さな子供にこんなにも頼らなければならないなんて…。
馬車の中で、ルーは深呼吸をし、私の手を強く握りしめた。「母さん、大丈夫。俺が必ず守るから。」
「ルー、でも…」
「信じて、母さん。」
ルーの瞳には決意の光が宿っていた。その瞳に私は頷くしかなかった。
「わかったわ。あなたを信じる。」
「うん、ありがとう。それと、向こうについても俺に魔力を分けようと思わないで。今、母さんは一人の体じゃないから、母さんだけの魔力がこっちに流れるとは限らない。」
「そういうことなのね。」
ルーは小さな手を広げ、目を閉じた。私も彼の手をしっかりと握り返し、息を整えた。その瞬間、私たちの周囲の空気が変わったような気がした。周囲の景色が一瞬にして変わり、私は自分の部屋の床に着地した。
「凄いわ。一瞬にして…。」
私は驚きと感謝の気持ちでいっぱいだったが、ルーは既に魔力が尽きていてくったりと床に倒れていた。彼を抱きしめ、ベッドにそっと横たえた。
「ルー、ありがとう。本当にありがとう…」
彼の小さな体は疲れ切っており、深い眠りについていた。私は彼の額にそっとキスをし、自分の部屋のドアを固く閉じた。心の中では不安と恐怖が渦巻いていたが、ルーが無事にここに連れてきてくれたことに感謝し、私は自分のベッドに座り、彼の側で目を覚ますのを待つことにした。
待って…部屋の形が変わってるわ。壁紙とか机の位置やベッドの位置が同じだったから気づけなかったけど、ドアが2つ追加されてる…。安全なのかしら。
私はそっと立ち上がり、部屋を見回した。心の中には不安が渦巻いていたが、勇気を振り絞って1つ目のドアを開けた。
「これは…浴室とトイレ?」
ドアの向こうには清潔な浴室とトイレが完備されていた。こんな設備、前の部屋にはなかったはずだ。
「どうしてこんなものが…」
次に2つ目のドアを開けると、そこには大量の保存食や果物、飲み水、そしてキッチンが設備されていた。
「…はい?私の…部屋…?」
驚きと戸惑いが入り混じったまま、部屋の中を見渡す。何者かが、こうなることを予想して何か特別な準備をしてくれたのか、それとも誰かが私たちを守るためにこの部屋を整えたのか。
「これは一体どういうことなの…」
私は保存食や果物を確認し、飲み水のストックも見て回った。すべてが新鮮で、長期間過ごすことができるように整えられている。キッチンも完璧に整っていて、ここで食事を作ることができるようになっていた。
これはユリの仕業ね。どう考えてもユリだわ。夫婦になって約2年と11ヶ月、それなりにちゃんと夫婦として過ごしてきたから、ある程度はわかってしまう。この1部屋で全てを済ませようとする構造は実にユリらしい。私をここに閉じ込めてどうするつもりなのかしら。
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