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数日後、やっと書類処理や船上パーティーの後処理から解放され、ようやくルーと一緒に魔法の訓練をする時間が取れた。
「母さん、なんで父さんもいるのさ。」
ユリは何も言わずニコリと微笑んでいた。
「あはは…離れたくないみたい。」
ルーは小さな溜息をついた。2歳児が小さな溜息をつくさまが異様で少し面白い。
「まぁいいや。まずは基本からね。母さん、手を広げて目を閉じて。魔力を感じてみて。」
私はルーの指示に従って、両手を広げ、ゆっくりと目を閉じた。手のひらを上に向け、軽く握りしめるようにする。
「母さん、深呼吸して。息を深く吸って、ゆっくり吐いて。魔力が手のひらに集まる感覚を掴んでみて。」
私は深呼吸を繰り返しながら、手のひらに意識を集中させた。しばらくすると、手のひらにじんわりと温かさが広がり始めた。
「そう、それでいいよ、母さん。その感覚を逃さないで。」
「うん…なんだか、不思議な感じ。」
「次は、その魔力を形にするイメージをしてみて。例えば、小さな光の玉を作るとか。」
「光の玉ね…。」
イメージを集中させると、手のひらの温かさが強まり、微かに光る小さな玉が現れた。光が部屋の中に柔らかく広がり、ルーの顔が嬉しそうに輝いた。
「流石だね。やっぱり俺の母さんだ。」
「わぁ。これが魔法…。」
ユリも驚いたように目を見開いていたが、すぐに優しく微笑んだ。
「素晴らしいです、メイ。」
「母さん、俺たちの扱う魔法はイメージが具現化すると思えばいいよ。だから扱いには気を付けて。回帰前の人生で俺はお婆ちゃんに厳しく言われたんだ。」
「お婆ちゃんって、私のお母さんのこと?」
「うん。その時は、直接会って教えることができないからテレパシーを使って教わったんだ。」
「そうなのね。扱いに気を付けて…か。」
その日の訓練を終えた後、私たちは笑顔で部屋を後にした。
自室に戻り、湯浴みを終えてバスローブを纏って部屋を出ると、ユリがソファに座って待っていた。彼は私を見つけると、静かに手招きをしてきた。
「メイ、こっちに来て。」
私は少し不思議に思いながらも、ユリの元へと歩み寄った。彼の目は優しく、微笑みを浮かべていた。近づくと、ユリは自分の膝の上を指し示した。
「ここに座ってください。」
「え?…ここに?」
「はい、お願いします。」
私は少し戸惑いながらも、彼の膝の上にそっと腰を下ろした。ユリの腕が私の腰に回り、しっかりと支えてくれる。その温もりが心地よく、自然と安心感が広がった。
「メイ、今日は魔法の訓練、お疲れ様でした。」
「ありがとう。」
ユリは優しく私の背中を撫で、私の髪に顔を埋めるようにして深呼吸した。その仕草に、私は少しだけドキドキしてしまう。
「今の俺の知識は乏しいですが、魔法の扱いに気を付けてというのには俺も同意です。この国は、全て嘘でできていますから、他国の特殊能力を安易に使うと均衡が崩れてしまう可能性があります。」
「均衡が崩れる…?」
ユリは少し真剣な表情になり、私を見つめた。
「はい。ホワイトホスト王国は鎖国しているため、外の世界の情報が入ってきません。そのため、異国の特殊能力がどのように作用するのか、予測できない部分が多いのです。メイが魔法を学ぶことには賛成ですが、慎重に扱うことが重要です。」
「なるほど…でも、ユリがそう言うなら、私も気を付けるわ。ありがとう。」
ユリは再び私の髪を撫で、微笑みながら言った。
「少し、弱音を吐いてもいいですか?」
「ユリが?いいよ?どうしたの?」
「俺はちゃんとメイを幸せにできているのでしょうか?」
「え!?できてるよ?ずっと側にいてくれてるじゃない。」
ユリは私の髪を撫で続けながら、少し視線を落とした。
「記憶を失う前の俺はどうでしたか?もっと沢山色々なことをしてあげれてたんじゃないですか?」
「んー、今よりもう少し離れてたかも?今のユリは私と出会ったばっかりのユリに近いわね。何処にも逃げないように囲う感じ。」
ユリは小さく笑って、少しだけ頷いた。
「あー、そういえばよく考えてみたら私が家出してから、ユリは色々変わったのよ。良く外へ連れ出してくれるようになったし、私がやりたいことを見守ることが多くなったかも。」
ユリは少し驚いた表情を浮かべながら、深く考え込むように首をかしげた。
「家出を?それで良く俺に殺されませんでしたね?」
私は一瞬固まったが、すぐに笑いがこみ上げてきた。
「ちょっ、ちょっと!恐いこと言わないでよ。でも、あははっ!おっかし!ユリの口からそんな言葉がでるなんて。そうね、危なかったのは確かだけど、まぁ、今幸せだし、もう笑い話よ。」
ユリは私の言葉に少しずつ表情を和らげ、優しく微笑んだ。その笑顔を見て、私も安心した。ユリは手を動かし、私の髪を優しく撫でながら、考え込むように目を閉じた。
「そういえば、話は変わりますけど、メイの頑張りで、シルバークイーン侯爵は無事に責任をとらずに済んだようですね?」
「ううん、ユリが助けたようなものよ。私には特別なつながりはないから、ゼノがユリの代わりに手紙を書くのを手伝ってくれたの。私はちょっと指示を出しただけ。」
上手くことが進み、エメロッサ子爵夫人が裏で糸を引いていたことが判明し、シルバークイーン侯爵はお咎めなしとなったのだ。
「それもメイのおかげです。」
「そういえば、近々夜会が……」
夜会の話をしようとしたその瞬間、突然意識が遠のき、視界がぼやけていくのを感じた。私の身体がぐらりと揺れ、次の瞬間、全てが真っ暗になった。
「メイ!?しっかりしてください!」
ユリの声が遠くに聞こえる中、私は意識を完全に失ってしまった。
意識を取り戻すと、柔らかいベッドの感触が私を包んでいた。目を開けると、医者が私の顔を覗き込んでいた。
「おめでたです。おめでとうございます。」
その言葉を聞いて、私は驚きと喜びが入り混じった感情で一杯になった。しかし、すぐに横にいるユリの存在を感じた。彼の顔は驚きと困惑に満ちていた。
「メイ…妊娠しているのですか?」
「…えぇ、そうみたいね。」私は少し戸惑いながら答えた。
「俺の子ですか?」
「もちろんよ。」
ユリは深呼吸をし、目を閉じて心を落ち着けるようにしていた。
「少し、メイと二人きりにしてください。」
医師と使用人たちは部屋を後にし、静かに扉が閉じられた。部屋には私たち二人だけが残った。ユリはしばらく私を見つめていたが、その瞳には深い困惑と苦悩が映っていた。
彼はゆっくりと頭を抱え、床に膝をついた。
「…俺は何をしているんだ…。こんなにまだ成人もしていない幼いアナタに妊娠させるなんて…」
彼の声は震えていた。私はベッドから手を伸ばし、ユリの背中を優しく撫でた。
最悪だわ。もう少しだったのにまさかバレちゃうなんて。倒れるなんて予想外よ。
「ユリ、そんなこと言わないで。私は大丈夫。私たちの子供が生まれることは、とても幸せなことなの。それにルーを産んだ時は12歳だったわ。」
「でも、俺は君を守るべき存在なのに…。君にこんな負担を背負わせてしまって…。」
ユリの言葉には深い後悔と自己嫌悪が滲んでいた。私は彼の顔を両手で包み、まっすぐに彼の目を見つめた。
「ユリ、自分を責めないで。お願いだから、後2週間は待って。お願いだから…。」
その時、ガチャリと扉が開き、ルーが心配そうな表情で部屋に入ってきた。小さな足音が近づいてくるのが聞こえた。
「母さん、大丈夫?」
ルーの大きな瞳には不安と心配が溢れていた。ユリは一瞬驚いたように顔を上げたが、すぐに優しい表情に変わった。
「ルー、大丈夫よ。心配かけてごめんね。」
私は微笑みながら手を伸ばし、ルーの小さな手を握った。
「本当?無理しないでね、母さん。」
ルーは私の手を握り返し、優しく微笑んだ。ユリも立ち上がり、ルーの頭を撫でた。
――ユリ、相当落ち込んでるわね。何事もなければいいけど…。
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