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ユリが記憶喪失になってから1週間が過ぎた。私たちは毎日少しずつ日常を取り戻しながらも、ユリの記憶が戻るのを待っていた。シルバークイーン侯爵家は子息が起こした魔力暴走による責任を追及されていて、大変な状況にあった。
その日、朝食を終えて書斎に向かおうとすると、ゼノが静かに近づいてきた。
「若奥様、シルバークイーン侯爵からお手紙が届きました。」
ゼノが差し出した手紙を受け取り、私はその封を切った。内容を読むと、侯爵家が子息の魔力暴走の責任を問われ、侯爵自身も厳しい立場に立たされていることが書かれていた。彼は私たちに対して謝罪の意を表明し、今後の対応について協力を求めていた。
「メイ、何かあったのですか?」
ユリが心配そうに尋ねてくる。
「シルバークイーン侯爵家が大変な状況にあるの。彼らは子息の魔力暴走の責任を追及されているわ。」
「そうですか…。あの時のことがまだ尾を引いているのですね。」
「そういえば、ユリとシルバークイーン侯爵様って仲が良かったわよね?しっかり助けてあげたほうが良さそうね。」
ユリは少し驚いた表情を見せた。
「いえ、仲がなんて良く…あ、そうでしたね。今の俺はもう自由でした。そうですね。俺と唯一話をしてくれる友達です。少し変な感じですね。つい最近王宮で話をしたばかりなのに、マーメルドが立派な侯爵になってるなんて…。」
私はユリの言葉に、少し微笑んだ。
「混乱するわよね。お友達なら助けてあげないとね。」
ユリは少し照れくさそうに微笑み、私はその姿を見た。
初々しいユリって、なんだか新鮮ね。
私は机に向かい、シルバークイーン侯爵を助けるための計画を練り始めた。根回しは重要だ。まず、彼の船上パーティーで起きた魔力暴走事件について、正確な情報を伝える必要がある。だが、ルーの活躍は伏せておかねばならない。慎重に言葉を選びながら、手紙を幾つか書き始めた。
まず、事件の詳細をまとめないとね。
子息の魔力暴走により、多くの参加者がびしょ濡れになり、何人かの子息が水の竜巻に巻き込まれて死にかけたこと。さらに、大嵐も発生し、危機的な状況に陥ったこと。他の人たちには幸運にも全員が救出され、大きな被害は免れたことを強調しておいたほうがいいわね。
次に、情報網を駆使して、船上パーティーに参加した貴族たちにも同様の手紙を送り、シルバークイーン侯爵の迅速かつ冷静な対応を広く知らしめることにした。この手紙には、侯爵様がいかにして危機を乗り越え、多くの命を救ったかを詳細に記し、彼の功績を称える内容を含めた。
さらに、王宮の有力者たちにも同様の手紙を送り、シルバークイーン侯爵の信頼を取り戻すための根回しを行った。
こうして、私はシルバークイーン侯爵のための支援活動を進めていった。
その夜、豪華な晩餐を楽しんだ後、私は急な吐き気に襲われた。食後の一時を過ごしているとき、突然気分が悪くなり、そっと席を外した。
「メイ、大丈夫ですか?」
ユリが心配そうに声をかけてきた。
「えぇ、大丈夫。ただ少し疲れただけよ。すぐに戻るわ。」
ユリを安心させるために微笑んで見せたが、内心は不安だった。この吐き気が何を意味するのか、なんとなくわかっていたからだ。
部屋に戻り、深呼吸をしてから、少しだけ休むことにした。鏡に映る自分の顔を見ながら、つわりの可能性に思いを馳せた。
――ユリにこのことを話したら、彼はきっと混乱してしまうわ…。今のユリにはまだ知られたくない。
12歳の記憶に戻っているユリに、この状況を伝えるのは難しい。彼が再び記憶を取り戻すまで、私がしっかりしなければならない。つわりが始まったことを隠しながらも、彼に心配をかけないように振る舞わなければ。
しばらくして吐き気が収まると、私は再びユリの元に戻った。彼は心配そうに私を見つめていたが、私は笑顔を作って彼の手を握った。
「ごめんなさい、食べすぎちゃったみたい!」
「本当に?無理をしないでくださいね。もし何かあれば、すぐに言ってください。」
「もちろんよ、ユリ。」
そして寝室に戻る前に、ルーに呼び止められた。
「母さん、ちょっといい?」
「どうしたの?」
「俺は先に部屋に戻ってますね。」
「あ、うん。」
ユリは気を使ってくれたのか、ルーの表情を見て空気を読んでくれたのか、そっと部屋に入っていった。そして、私はルーの部屋に入って、二人きりになると、ルーは真剣な表情で私を見つめた。
「母さん、もしかして、つわり?」
驚いた私は、一瞬言葉を失ったが、すぐに笑顔を作って答えた。
「どうしてそう思うの?」
「母さん、さっきからちょっと顔色が悪いし、何となくそんな気がしたんだ。」
ルーは心配そうに私を見つめていた。彼の観察力の鋭さに驚きつつも、私は真実を話すことにした。
「実は、そうかもしれないわ。でも、まだ確かではないし、ユリには内緒にしておいてね。彼に心配をかけたくないの。」
「わかった。父さんには僕がちゃんと見ておくから、母さんは無理しないでね。」
「ありがとう、ルー。あなたがいてくれて、本当に心強いわ。」
ルーは頷き、私の手を握り返した。彼の優しさと理解に、私は胸が温かくなった。
「それとね、母さん。今後の為にも魔法の使い方をちょっと勉強したほうがいいかも、妊娠中で大変だろうけど。」
私はルーの言葉に少し驚いたが、すぐに納得した。彼が心から私を心配してくれているのが伝わってきたからだ。
「そうね。確かに、何があるか分からないから、魔法の使い方をしっかり学んでおくことは大切ね。」
「うん。俺が教えるよ。」
ルーの瞳には決意が宿っていた。その姿を見て、私は息子の成長と頼もしさを感じずにはいられなかった。
「ありがとう、ルー。」
「大丈夫、母さんならできるよ。」
ルーは笑顔を見せ、私を励ましてくれた。
「じゃあ、日程を組んでおくわ。」
「うん。父さん心配性だから、早く戻ってあげて。」
「わかったわ。もう少しルーと一緒にいたいけど、また後でゆっくり時間を作るわね。おやすみなさい。」
「おやすみなさい、母さん。」
ルーと別れて寝室に戻ると、案の定ユリが心配そうに私を待っていた。彼の瞳は心配と疑念で揺れているようだった。
「メイ、何かありましたか?」
「大丈夫よ、ルーと少し話していただけ。」
「そうですか…。でも、何を話していたかは教えてくださらないのですね。」
ユリはしゅんとしてしまう。その様子に私は胸が痛んだ。
「ええ!?違う違う。ルーがね、魔法を学んだほうがいいって提案してくれたの。ほら、私のお母さんって魔法使いの家系らしくってね。私も学べば使えるみたい。」
「俺が同席しても構いませんか?」
「え?いいとおもうけど…見てるだけになっちゃうわよ?」
ユリの顔に一瞬の驚きが走ったが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。彼は一歩前に進み、真剣な眼差しで私を見つめた。
「構いません。俺の瞳はメイを映す為に存在していますから。」
本当に記憶ないのよね!?どうして12歳の子供がこんなこと言えるの!?なんだか久しぶりに胸がドキドキしちゃうじゃない。顔がカッコ良すぎるのよ!全くもう!
ユリの手が私の手に触れ、その温もりが伝わってくる。彼の優しさと真剣さに胸がドキドキし始める。私はそのままユリの手を握り返し、彼の顔を見上げた。
「ユリが側にいてくれるなら、心強いわ。」
ユリは微笑み、私を引き寄せて抱きしめた。その腕の中で、私は彼の愛情と安心感を感じながら、私はユリの胸に顔を埋めた。
「さぁ、もう、寝ましょう。」
「はい。」
ユリは私を優しく抱き上げて、そのまま一緒にベッドに入った。私たちは互いに寄り添い、今まであったことを少しだけ語りながら心地よい眠りについた。
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