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私はゼノの風の特殊能力で空を飛んでもらい、夜には王都のレッドナイト公爵邸へ到着した。ゼノは着地するなり、その場に倒れ込んだ。彼は完全に魔力を使い切ってしまったようだった。
「ゼノ、大丈夫?」
私は彼の肩に手を置き、心配そうに顔を覗き込んだ。彼の額には汗が滲み、呼吸も荒かった。
「大丈夫です、若奥様…少し休めば…」
ゼノは苦しそうに言ったが、その目は閉じたままだった。
玄関の扉が開くと、ミレーヌが血相を変えて飛び出してきた。彼女の目は不安でいっぱいで、私たちを見て驚きと安堵が入り混じった表情を浮かべた。
「若奥様、無事でよかったです!ゼノさんも…」
ミレーヌはソワソワと周囲を見回しながら言った。
「ミレーヌ、ゼノの介抱をお願い。魔力を使い切ってしまっているわ。すぐに手当てをしてあげて。」
「はい、畏まりました!」
ミレーヌはすぐにゼノの側に駆け寄り、彼を支えながら屋敷の中へと運び入れた。
私は玄関先に立ち、夜の冷たい風を感じながら深呼吸をした。無事に到着できた安堵感が、ようやく私を包み込んだ。背後から聞こえるミレーヌの声と、ゼノの弱々しい返事が、薄暗い屋敷の中で響いていた。
しばらくすると、ルーが小さな体をよたよたさせながら駆け寄ってきた。彼の目は心配そうに私を見つめている。
「お母さん、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。ルーも無事で良かった。でも、回帰の記憶が戻っちゃったのね。」
「うん。なんか、ごめんね。」
ルーの顔に少し影がかかっていて、私は思わず、その小さな体を抱きしめた。
「ルー、あなたの中身が大人であろうが子供であろうが、私の大切な息子であることには変わりないわ。もっと楽にして。お母さんは、ルーのことが大好きなんだから。」
「う、うん。そ、それより!お父さんが心配してたよ。早く会いに行こう。」
「そうね。行きましょう。」
ルーの手を握り、私は玄関ホールを進んだ。屋敷の奥からは、ユリの足音が聞こえてきた。彼の姿を見た瞬間、私は思わず駆け寄り、その胸に飛び込んだ。
「ユリ…無事で良かったわ。」
「っ!?……えっと、メイ…ですよね?」
私はユリの不思議な言動に顔を上げて彼の顔を見た。赤面してはいるが、なんだか目が泳いでいるような感じだった。
「ユリ?」
「えっと、あの…メイ。お帰り…なさい。」
「ただいま…どうしたの?何かあったの?」
ユリが凄く気まずそうにソワソワとしていた。そんな彼の様子を見て、私はさらに不安を感じた。
「お母さん、驚かずに聞いて欲しい。父さんさ、魔力の乱れによる記憶障害を起こしてるらしんだ。」
「えっ…。記憶障害って…。」
「そうなんです。医者が言うには、12歳前後の記憶しかないみたいで…。」
「そんな…」
ユリは深く息をついて、少し申し訳なさそうに続けた。
「俺もこの状態が何なのか、全く理解できなくて…メイ、すみません。でも、アナタを忘れたわけじゃありません。大きくなっていて驚きはしましたが、でも、声は覚えています。ですが、俺の記憶より遥かに元気そうな声で良かったです。」
私はショックと同時に、ユリのいつものスマイルに安心感も覚えた。彼が私を完全に忘れたわけではないことが、唯一の救いだった。
でも…どうして12歳前後のユリが私の声を覚えてるの?…ブルービショップ家に来た事があるのかしら。確か前に自分の体質とあう私を調べたっていってたっけ。それにしても声?
「メイ、ほんとうにすみません。一ヶ月もすれば脳内に滞留している魔力が正常に流れて記憶も戻るそうですから、一ヶ月だけ我慢してくださ…いや、メイに我慢なんてさせるわけにはいきませんね。」
「ん!?ユリ、私それくらいなら我慢でき…。」
「ダメです。これ以上アナタに負担をかけるなんて…。俺は自分が許せなくなります…。」
「ルー、お父さん、本当に記憶喪失なのよね?」
「うん。元からおかしいみたい。」
その言葉に私は少し笑ってしまった。ルーの無邪気な言葉が、緊張した空気を和らげてくれた。
「もぅ、なんだか安心したわ。さぁ、部屋へ行きましょう。ユリもゆっくり休まなくっちゃ。」
ユリは微笑んで頷き、私の手を取り、部屋へ向かった。廊下を歩きながら、彼の手の温もりが私を安心させてくれた。私たちが部屋に入ると、ルーは疲れたから自分の部屋へいくと言って隣の部屋に入って行った。
私たちはベッドに座ると、ユリが私を包み込むように抱きしめてきた。ユリの腕の中で、私は彼の呼吸のリズムを感じていたが、よく考えてみたら中身は12歳の少年…。なんだかよくない気がしてきた。
「ユリ、その…無理にこういうことしなくていいのよ?ほら、ユリからしたら私って他人でしょ?」
「そんなことありません。俺はメイの全てを愛しています。アナタの全てが欲しいと…強く思っています。」
ユリの目を見れば、それが本心で言っているということがわかってしまう。どうして記憶喪失で12歳に戻ってるのに、そんな熱っぽい目を向けられるの?
ここまでくると、本当に記憶喪失なのか疑わしくなってくるわね。
「ユリ、私たちって、どこで初めて会ったの?」
「メイは知らなくて良いんです。俺だけが知っていればそれでいいこともあります。今、とても幸せそうですし。」
な、な、何がーーーーー!?
むしろ私が記憶喪失説あるのかしら。知らないとこでユリに見初められてたってこと?そんなことある?
「メイ、俺は愛を信じてくれないのですか?」
その言葉に、私は少しだけ心を揺さぶられた。ユリの言葉がどこまで真実なのかはわからないけれど、彼の気持ちは本物だと感じた。それに今信じておかないと、記憶が戻ったユリが落ち込んで面倒なことになりそうだし、もう考えるのをやめよう。
「わかったわ。あなたを信じるわ。でも、無理しないでね。」
「ありがとうございます、メイ。俺はアナタと一緒にいるだけで十分幸せなんです。」
ユリの言葉に少しほっとしながらも、私はまだ解明されない謎に包まれたままだった。
とりあえず、ユリの記憶が戻るまでの一ヶ月間をどう過ごすか考えよう。エメロッサ子爵夫人の件もどう処理すればいいのかしら。これはゼノの意識が戻ったら相談してみましょう。シルバークイーン侯爵もきっと私とユリを探しているかも。
ユリが隣で静かに微笑んでいるのを見て、私は心の中で計画を立て始めた。
「メイ、もう夜も遅いのでそろそろ眠りましょう。」
「え?あぁ、そうね。私は湯浴みをしてから眠るわ。だから、先に眠ってて…んっ!?」
ユリに唇が触れるだけのキスをされて驚いて目を見開いてしまった。
「俺の愛は足りてますか?」
「足りてます、足りてるから!!ユリ、私ほら、1日外にいてお風呂に入れてないの。ユリから離れようとしてるわけじゃないから、大丈夫よ!すぐに入ってベッドに入るわ!」
「なら、一緒に入ります。俺も外から帰って風呂に入ってないみたいなので。」
「ん!?んー………まぁいいわ。そうしましょう。」
そういうとユリは喜びの顔を浮かべた。もうどうにでもなれよ。
ユリとは何度も一緒にお風呂に入ったが、このユリはやはり無理をしているのか、顔がずっと真っ赤で、お風呂用の肌着を着用して入っているにもかかわらず、今にも爆発してしまいそうなくらいぎこちがなかった。
「ユリ、さっさと入って、さっさと出ましょうね!」
「はい…。」
ユリは恥ずかしそうに目をそらしながら言った。12歳の頃の記憶に戻っているユリにとって、今の状況はとても刺激的で、無理をしていることが明らかだった。
だけど、後々のことを考えると無下にするわけにもいかないわね。
私はユリの手を取ってお風呂に浸からせた。彼の手は少し震えていて、その様子が愛おしくもあった。
ユリは少しずつリラックスし、私の肩に寄りかかってきた。私は彼の背中をそっと撫でてあげた。
しばらくしてお風呂から出た私たちは、体を拭いて寝室に向かった。ユリはまだ少しぎこちない様子だったが、疲れが見え隠れしていた。
「ユリ、ゆっくり休んでね。」
「はい。そう…ですね。」
ベッドに入ると、ユリはすぐに横になり、私はその隣で横になった。
「メイ、手を握ってもいいですか?」
「えぇ。」
私はユリの手を優しく握ると、やっぱりまだ顔を赤面させていて、どうして無理するのだろうと不思議に思うことしかできなかった。 けれど、流石に私も疲れていて、すぐに眠りに落ちていった。
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