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ふと目が覚めると、太陽の光が眩しかった。体を動かすと、砂浜の感触が肌に伝わり、自分が砂浜に打ち上げられていることに気づいた。起き上がると、隣にゼノが倒れていた。
「ゼノ!」
私は急いで彼の側に駆け寄った。
ゼノは意識を失っているようで、呼吸は浅かったが、なんとか生きていることを確認できた。私はほっとしながら、周囲を見渡した。荒波の音は遠くなり、静かな浜辺の風景が広がっていた。
「ここはどこなの…?」
体中が痛むが、まずはゼノを介抱しなければならない。彼をゆっくりと横たえ直し、体を調べた。大きな傷はないようだったが、疲労が極限に達しているのがわかる。
「ゼノ、しっかりして…」私は彼の顔を軽く叩きながら呼びかけた。
ゼノはかすかに眉を動かし、ゆっくりと目を開けた。
「若…奥様…。」彼はかすれた声で言った。
「良かった、気がついたのね。」
私は安堵の息をついた。
ゼノはゆっくりと体を起こし、周囲を見渡した。
「ここは…シルバークイーン領の修練島なようですね。」
「修練島?」
「水の特殊能力を有する子供が、能力の発現と同時に、この島へ送られ、特殊能力をコントロールする修練を行うのです。」
「随分、詳しいのね。」
「シルバークイーンは、私の故郷ですから。」
「そっか。確かに、ゼノが銀髪だもんね。……ルーとユリは大丈夫かしら…。」
ゼノはよろよろとしながら自力で立ち上がった。
「そうですね…若旦那様とルー坊ちゃまのことも気になります。」
ゼノは濡れたシャツを脱いで絞った。その時、彼の上半身には夥しい数の古傷と謎の紋様のタトゥーがびっしりと刻まれていて、私は驚いて小さな声をあげてしまった。
「きゃっ…。ゼノ、その体…」
「これは過去の修練の痕です。気にしないでください。」
ゼノは冷静に言いながらシャツを再び着た。
ゼノは過去の修練の痕だと言ったけれど、これは恐らく、お義母様に酷い仕打ちを受けた痕だわ。こんなに酷かっただなんて…。ゼノはいったいどれほどの覚悟でユリの側にいてくれてたんだろう?
「若奥様、ご不安にさせてしまうかもしれませんが、かなり妙な状況です。」
「妙とは?」
「まず、若奥様のブルービショップ家のタトゥーを拝見しても宜しいですか?」
「えぇ、構わないわ。」
私は速乾ドレスの裾をめくって足首を見せた。
「……とりあえず、魔力は安定しているようですね。若奥様の体に異常はなさそうですね。あぁ、それと主は無事なようです。」
「え!?わかるの?」
「まぁ、色々と分かります。ですが、主がこの時間になっても若奥様を探しだせていないことが妙なのです。生きているのは確かですが、何かアクシデントが発生したのは間違いないでしょう。私の魔力が回復し次第、すぐに空を飛んで帰還しましょう。」
「空!?え?ゼノは飛べるの?」
「お任せ下さい。その為の全身のタトゥーです。ありとあらゆる特殊能力を使うことができます。」
「えぇ、一応ユリから聞いてるわ。でも凄いわね。やっぱり。」
「ありがとうございます。今はまず、少しでも魔力を回復させるために休息をとりましょう。」
私たちは砂浜の端にある少し影になる場所に腰を下ろした。ゼノは静かに瞑想を始め、魔力の回復を図っているようでした。私は彼の姿を見つめながら、心の中でユリとルーの無事を祈っていた。
「でも、少し暑いわね。喉が乾いちゃった。ゼノ…。」
「なりません。」
ゼノは少し被せ気味にいった。
「え!?あ…薪をあつめてきたら火って起こせるのかしらって聞こうとしたのだけれど…。ダメなのね。」
「火…ですか。でしたら可能ですよ。」
「なんだと思ったのよ。」
「水…かと。」
「あぁ、そっか。ゼノは水も生成することができるのね。でもどうして水はダメなの?」
「なんと説明すれば良いやら、私から生成される水を1滴でも口にすれば、その方は必ず私に陶酔してしまうんです。」
「えっ…それは…」
「はい、非常に困った能力です。過去に何度か試しましたが、全て同じ結果でした。なので、他の方法で飲み水を探しましょう。」
試したって、ゼノに惚れちゃってる犠牲者が何人かいるってこと?
「うん、わかったわ。じゃあ、まず薪を集めて火を起こしましょうか。」
ゼノは頷き、私は周囲に散らばる乾いた木の枝や葉を集め始めた。ゼノの能力を活かして火を起こし、少しでも状況を改善するために協力し合った。それから砂浜に何か打ちあがっていないか調べていると鍋が打ちあがっていて、それを利用して淡水を汲み煮沸消毒をして飲み水を作った。
「やはり、若奥様の知識は豊富ですね。」
「そう?ここの水が海水じゃなくて良かったわ。」
私は焚火を見て、ほっと息をついた。
「奥様の能力はいったい何なのでしょうか。主が私にも秘密になさるくらい、大きな能力だという認識はしております。」
「え?あぁ。ブルービショップの。」
「…私の推測では未来視といったところでしょうか。」
ゼノはじっと私を見つめてきた。
「未来が見通せてたら、今こんな状況になってないわ。まぁ、少しだけ直観力が鋭くなるだけよ。」
「そう…ですか。」
《母さん…。》
突然頭にルーの声が響いた。
「ルー!?」
《母さん無事?》
「え?どこから?」
「どうしました?」
「今頭の中に直接ルーの声が響いたの。」
「は?」
《母さん、生きてたら、心の中で俺を思い浮かべて強く何かを念じてみて。》
心の中で強く?
ルー無事なの?ルー!!!
《無事…》
《やっと繋がった。無事みたいだね。そっちの状況を伝えれる?》
《島………ゼノ……一緒……魔力………枯渇………》
《なるほど、母さん、ゼノの手を握って魔力を分けてあげるといいよ。その練習をしたほうが回復を待つより早いと思う。母さんは御婆様から魔法使いの血を受け継いでるでしょ。俺にもできるから、母さんなら、きっとできるよ。それと、俺も父さんも無事。だから安心して帰ってきて。》
「えぇ!?そんなこと突然いわれても!!」
ゼノは私の様子を見て困惑していたが、すぐに冷静さを取り戻した。
ルーはどうやら回帰の記憶を思い出したみたいな口ぶりだったわね。無事とは言っていたけれど、大丈夫かしら。
「若奥様、メアルーシュ様はなんと?」
「私には魔法使いの血が流れてるから、ゼノに魔力を分けることができるって。練習してできるようになったほうが自然回復より早いっていわれたの。えっと、ブルービショップの直感力?みたいな?テレパシー的なので。」
ゼノは少し考えて込んだ。
「ますます不思議な家ですね。若奥様、ルー坊ちゃまの言うことを試してみましょう。私が指導いたします。」
「わ、わかったわ。ゼノ、どうすればいいの?」
「まず、私の手を握ってください。魔力の流れを感じるように集中してください。」
私はゼノの手を握り、深呼吸をした。心の中でルーの言葉を思い出しながら、ゼノに魔力を送り込むことに集中した。
む、難しいーーー!!しかも、非常事態とはいえ、こんなのユリが見たら絶対嫉妬しちゃうわ。でも、ユリもルーも無事なのよね…。安心したわ。
「大丈夫です、若奥様。焦らず、ゆっくりと感じてください。」ゼノの声が静かに響いた。
しばらくすると、何かが変わる感覚があった。私の中の魔力がゼノに伝わっていくのを感じた。
「そう、うまくいってます。もう少し…」
「これで、いいの?」
私は緊張しながらも、少しずつ自信を持ち始めた。
「はい、順調です。」
魔力が徐々にゼノに流れ込み、彼の顔に少しずつ力が戻ってくるのが見えた。私の心臓は高鳴っていたが、同時に希望が芽生えてきた。
これで帰れる!!心の中でそう呟きながら、私はゼノへの魔力の供給を続けた。
「もう大丈夫です。これなら十分空を飛ぶことができます。」
ゼノがそう言ったとき、空はすっかり夕焼けに染まっていた。太陽が水平線に沈みかけ、空がオレンジ色に輝いている。
「夕方になってしまったわね…」
私はふと空を見上げながら呟いた。
「はい、しかし、この時間帯の方が目立たずに移動できます。安全に帰るためには、少しでも人目を避けたほうが良いです。少し、失礼します。」
するとゼノは立ち上がって片手を私の背中に、もう一方を足にかけて、持ち上げた。
「随分、軽々と持ち上げるのね。」
「若奥様、前から申し上げようと思っておりましたが、貴女様は14歳です。軽いに決まっております。それに、こんなにできた14歳は不自然です。主でさえ14歳の頃は稀に駄々をこねていらっしゃいました。」
「えぇ!?そうなの?じゃあゼノは?」
「命がけで生きておりましたので、駄々をこねる余裕なんてありませんでした。ですが、そうですね。私も駄々をこねたいと思ったことくらいはあります。」
ゼノは再び集中し、周囲に風を纏った。次の瞬間、私たちはゆっくりと地面から浮き上がり、空へと舞い上がった。
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