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シリルお兄様が療養で滞在して3日が過ぎた頃に、コンコンとドアをノックする音が鳴り、ゼノが部屋を開けた。
すると、そこにシリルお兄様がいた。
「シリルお兄様!お体は大丈夫ですか?」
「うん。だいぶと落ち着いたよ。ごめんな。俺、メイシールにきつくあたったよな。」
「ううん、私にも回帰経験がありますので、どれだけ辛かったか少しだけ察しがつきます。」
「…これだけは言っておく。父さんには気を付けろ。」
「え?」
その言葉を聞いて胸がざわついてしまう。
「いや、そこまで不安に思うことはないんだ。ただ、父さんは欲深い人なんだ。それだけは分かっていてくれ。」
「え、えぇ。」
「それと、ユリドレ・レッドナイトの側にいれば、お前は幸せになれる。それだけは言っておく。」
「ちょ、ちょっと、お兄様!感情がめちゃくちゃになっちゃいますわ!」
シリルお兄様の言葉に胸がざわつき、複雑な感情が交錯する。 お父様の話を聞いて落ち込んだのに、ユリの話を聞いて気分が上がり、感情がめちゃくちゃになってしまった。
私は戸惑いながらも、兄の真剣な表情を見つめた。
「メイシール、俺がこうして何度も回帰して得た知識だ。 お前を心配してのことだから、聞いておいて損はないだろ。」
「はい… 分かりました。」
シリルお兄様は少しだけ笑みを浮かべ、私の頭を撫でた。
「お前も大変だろうが、頑張れよ。俺も、ここでしばらく療養しながら力になるから。」
「ありがとう、お兄様。」
シリルお兄様が去った後、私はユリの元へと足を向けた。 彼は新しく用意された子供部屋でルーと遊んでいた。
「ユリ、シリルお兄様から話があって…」
ユリは私の顔を見て、すぐに察してくれた。
「何かあったのですか?」
「ええ。お父様には気を付けるようにって言われたの。」
ユリの表情が一瞬険しくなり、それから穏やかに戻った。
「なるほど、お義父様は野心家ですか。また策を練っておきます。お義兄様の忠告も大切にしつつ、冷静に対処しましょう。」
私は頷き、ユリの手を握った。
「ありがとう、ユリ。ごめんね。また負担をかけてしまって。」
ユリは微笑んで、私の手を優しく包み込んだ。
「いえ。最近は俺の仕事がほとんどなくて紐にでもなった気分だったので、丁度良いくらいですよ。」
「ふっふふ。ユリが紐って面白いわね。」
「ひも!ひも!」
「きゃぁ!ルーそんな言葉覚えちゃだめよ!」
「ははっ。メイも今日は沢山遊んであげましょう。3日間くらいは、ルーと会えませんから。」
「そうね。」
「ルーにはゼノとミレーヌをつけますから安全なはずです。」
「えぇ。そうね。」
私たちは明日からゴールドキング公爵領のホテルに2泊3日泊まる予定だ。 長らく楽しみにしていたこの旅行が、いよいよ明日から始まる。
翌朝、私たちは荷物をまとめ、早めに家を出発することにした。 ルーはまだ眠っていたが、ゼノとミレーヌが見送りに来てくれた。
「ルーのこと、よろしくお願いしますね。」
「はい、心配いりません。お嬢様方も旅行を楽しんでください。」
「行ってらっしゃいませ。」とゼノも珍しく姿を現して送り出してくれた。
馬車に乗り込むと、ユリは私の手を取り、穏やかな笑みを浮かべた。
「さて、ルーに兄弟でも作ってやりますか。検査の結果、体質に異常もありませんでしたし。」
「もー!!」
そう、ルーの体質を検査した結果、異常はなく、この国の人と難なく子供を作ることもできるだろうとのことだった。 その結果を聞いた時、ユリは泣いていて、どれほど自分の体質が辛かったのかを知ることになった。きっと、公爵家の嫡男として、身内からかなりのバッシングを受けたのではないかと私は推測していた。
馬車は静かに出発し、景色が次第に変わっていくのを眺めながら、私たちは手を取り合い、馬車の中で静かに寄り添った。
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一方で、ミレーヌとゼノは子供部屋に入り、メアルーシュが目を覚ますのを静かに待っていた。 部屋は柔らかい日差しに包まれ、温かく穏やかな雰囲気が漂っている。 部屋の中央には小さなベッドが置かれ、その中でメアルーシュはぐっすりと眠っていた。
ミレーヌはベッドのそばに静かに座り、ゼノは少し離れた場所で警戒心を解かずに見守っていた。 ミレーヌは微笑みながらメアルーシュの顔を見つめ、小さな手をそっと握った。
しばらくすると、メアルーシュが小さな声をあげて目を覚ました。 彼は寝ぼけた顔をしながら、ミレーヌの方に向かって手を伸ばす。
「おはようございます。メアルーシュ様。 よく眠れましたか?」
「おはよー、みーれーぬー。」
ミレーヌは優しくメアルーシュを抱き上げ、彼の体温を感じながらそっと揺らす。 メアルーシュはまだ半分眠ったままで、ミレーヌの胸に顔を埋めて甘えた声を出す。
「お腹空すいてませんか? 」
「うーん、あそびたい…。」
ミレーヌは微笑み、メアルーシュを優しくベッドから下ろすと、小さな手を引いて部屋の中を歩かせる。 ゼノは相変わらず、メアルーシュの周囲を見守りながら、いつでも対応できるようにしていた。
「では、今日は何をして遊びましょうか。」
ミレーヌはおもちゃ箱を開け、カラフルなおもちゃをいくつか取り出してメアルーシュの前に並べた。 メアルーシュは目を輝かせて、お気に入りのおもちゃを選び始める。
メアルーシュが選んだのは、小さな木製の車だった。 ミレーヌは微笑んでそれを手渡し、一緒に床に座って遊び始める。 彼女は優しく車を転がし、メアルーシュの手元に戻す動きを繰り返す。 メアルーシュは楽しそうに笑いながら、車を動かす手を止めない。
「ゼノさん、メアルーシュ様の食事の用意をしてまいりますので、少しの間お相手してあげてください。」
ゼノは一瞬凍り付いたような表情をした。
「もちろん、喜んで。」
ゼノはメアルーシュのそばに座り、小さな木製の兵士の人形を手に取って、メアルーシュと楽しげに遊んでいた。 メアルーシュは嬉しそうに笑い声をあげながら、ゼノと遊んでいてミレーヌはその様子を見て安心し、キッチンに向かって食事の準備を始めた。 彼女は手際よく料理を仕上げ、美味しそうな匂いが部屋に漂い始める。 しばらくして、食事の用意が整い、テーブルに並べられた。
「そろそろお食事にしましょう。」
ミレーヌが声をかけると、美味しそうな匂いに引き寄せられたメアルーシュは、おもちゃを放り出してミレーヌの側に駆け寄った。
「ごあん!」
「ゼノさんも一緒に食事をしましょう。」
「いえ、私は携帯食を…。」
「ゼノさん?」
ミレーヌは笑顔でゼノを威圧した。
「ありがとうございます。」
ゼノは穏やかに微笑み、テーブルに向かった。
ミレーヌが準備した食事は、栄養バランスが取れたもので、彩りも豊かだった。 小さなスープボウルには、野菜たっぷりのコンソメスープが注がれ、メインディッシュには、柔らかく煮込まれた鶏肉と色とりどりの野菜が並んでいる。 デザートには、新鮮な果物の盛り合わせが用意されていた。
メアルーシュは大きな目を輝かせながら、スープを一口飲んで「おいしい!」と嬉しそうに叫んだ。
「ふふふ。」
ミレーヌは微笑みながら、メアルーシュの頭を優しく撫でた。
ゼノも一口食べて、「とても美味しいです。」 と感謝の意を示した。
「味はしますか?」
その質問にゼノは一瞬だけピクリと眉を動かした。
「気づいたのですか?」
ミレーヌは何も言わず、ただ微笑んでいた。ゼノは幼少期からユリドレと共に酷い環境を生き抜いてきた。食事には毒物を盛られ、実験薬を盛られ、散々な生活をおくってきた。いつしかゼノもユリドレも食事の味がわからなくなっていた。
ミレーヌは何も言わず、ただ優しく微笑んでいた。 ゼノは一瞬目を伏せ、そして再び彼女の顔を見た。 彼の目には過去の辛い記憶が浮かんでいた。
ゼノとユリドレは幼少期から酷い環境を生き抜いてきた。 食事には毒物や実験薬が盛られることが常だった。 そのため、二人はいつしか食事の味を感じなくなっていた。
ミレーヌの微笑みはそのまま変わらず、優しくゼノの手に触れた。
「それでも、味がわからなくても、食べることができれば、それで十分です。それに、治そうと思わなければ治らないものですよ。」
ゼノはミレーヌの言葉にハッとし、心の中で一筋の希望が生まれた。 味覚を治すなんて、これまで考えたこともなかった。 彼は自分とユリドレが経験してきた過酷な日々を思い返し、深い感慨に耽った。
「治せ…ますかね?」
「本で読みましたが、諦めなければ可能性はあるそうです。」
「それなら…試してみようと思います。」
「それが良いと思います。何ができるか一緒に考えていきましょう。」
メアルーシュはそのやり取りを見守りながら、満足そうに食事を続けていた。
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