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シリルお兄様はズボンをめくり、右足を見せてくれた。 そこにはブルービショップ家の紋章があり、鎖が幾重にも連なって青白く光っていた。 私の目にそれが映ると、心臓が一瞬止まったかのように感じた。
「お兄様… これは…。」 私は声を震わせながら聞いた。
シリルお兄様は深いため息をつき、静かに答えた。
「俺は愛する人を何度も傷つけて、その度にここへ戻って来た。」
私は膝の上まで伸びた鎖を見つめ、言葉を失った。 兄の回帰は1度や2度ではなかったのだ。 何度もこの世界に戻り、何度も戦ってきた証拠だった。
「愛する人って…もしかして!?」
私はユリが前に言っていた、異国の血が混ざると体質が変わってしまうという話を思い出した。兄も私もお母様の異国の血がしっかりと混ざっている。なので、当然お兄様も、この国の人とは体質が合わず、結婚しても子宝に恵まれない。きっとそこで私のように関係が拗れてしまったのね。
「子供、子供って…なんなんだよ。そんなに跡継ぎが必要か?ブルービショップなんて滅びれば良いじゃないか。メイシール、回帰したお前なら分かるだろう?」
「お兄様…確かに、ユリと出会うまでの私はお兄様に賛同できたかもしれません。でも今は…。」
ブルービショップ家に生まれて良かったと思えてしまっている。ユリやルーの存在が、今はとても幸せだから。一度目や二度目の人生が覆ってしまうほどに。
「お義兄様、戻られたばかりでお辛いと思いますが、我が家で療養されてはいかがでしょうか?ご実家では落ち着かないでしょう?」
「はっ。ブルービショップの能力者でもない癖に、どうしてお前はいつも先を見通しているんだ。お前は何を話しても俺の話を理解する…。」
私はシリルお兄様の豹変した姿をみて、涙がこみ上げてきた。
「お兄様…」
ユリは立ち上がって、シリルお兄様に近寄った。
「メイを守るためなら、どんな犠牲も惜しくはない。俺の行動は恐らくですが、正しいのでは?」
「そういう意味では正しいな。すまない。また無礼を働いてしまった。気が動転しているんだ。」
「でしょうね。お義兄様が必要としている件は両親とも話はついています。どうされますか?」
「待て、ユリドレ・レッドナイト。あまりにも知りすぎている。知っていることを全て話せ。信用できない。」
ユリは笑顔を崩さなかった。
「良いでしょう。ですが、明日でもよろしいですか?」
「…何故だ。」
「お疲れでしょうし、少し頭を整理されたほうが良いですよ。俺は逃げませんよ。」
「・・・わかった。休ませてもらおう。」
ユリは手で合図すると使用人があらわれて、丁寧にシリルお兄様を賓客室に案内してくれた。
その夜、自室に戻り、ユリと二人でベッドの上に座り、私は、シリルお兄様のことを思い返しながらユリに尋ねた。
「ユリ、どうしてそんなにお兄様のことを知っているの?」
ユリは静かに私の手を握り、優しく微笑んだ。
「ん?メイを…いや、ブルービショップ家を相手にしているから、何通りもの可能性を考えて慎重に行動しているだけですよ。そのうちの1つが的中したまでです。」
「ユリ、疲れない?大丈夫?」
「メイが側にいる限り、俺は疲れを知りません。」
「そう?私にできることがあったら何でもいってね?」
「なら、今癒してもらっても?」
ユリはズイッと距離を縮めてきて、鼻と鼻がくっついてしまいそうになる。
「え!?今から!?」
「正直、途中で邪魔されて腹が立っておりまして。それに今なんでもと…。」
「ず、ずるいわ!ユリ!!だから、その顔で言われたら断れないって…。」
ユリは服を脱ぎすぎてて「母上に感謝しないといけませんね。」といって、私をベッドに押し倒した。
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―――――
翌日、目が覚めると昼過ぎだった。 ベッドから起き上がり部屋を見渡すと、ユリがルーと遊んでいるのが目に入ってきた。 ユリはすぐに私が起きたのを察した。
「おはようございます、メイ。」
ルーもつたない喋りで「おあよー!ままー!」 といってくれた。 私は微笑みながら返事をしたが、突然思い出した。
「って! お兄様とお話する約束は!?」
「すみません、メイがあまりにも気持ちよさそうに眠っておりましたので、朝のうちに済ませてしまいました。」とユリは笑顔で言った。
「えっ、もう話したの? それならどうして起こしてくれなかったの?」
「メイが疲れているのはわかっていましたし、シリル様もそれを理解しておられました。お話は無事に終わりましたので、心配はいりませんよ。」
ユリの言葉に少し安堵しつつも、兄との話し合いを自分が見逃してしまったことに若干の焦りを感じた。
「お兄様はなんて?」
「感謝をされました。」
「それだけ?」
「はい。」
「そう…。 でも、やっぱり私も聞きたかった。」
「大丈夫ですよ、メイ。お義兄様はしばらくこの家で療養されるようですから、いつでも話す機会はあります。 それに、今日もいくつか予定があるでしょう?」
「そうね。」
「安心してください。昨夜も言ったでしょう?俺は何通りも仮説をたてて慎重に動いているだけだと。それをお義兄様に理解して頂いただけです。それに、未来で見知ったことは俺には何一つ教えてはくれませんでした。」
ユリの言葉に、何か引っかかる気がしながらも、彼の行動のすべてが私を守るためだと理解しているので、深く追及しないほうが良い気がした。 変に探って関係が拗れてしまってもだめだし。
「わかったわ。でも、本当に無茶はしないでね。もう私はユリ無しじゃ生きていけないんだからね!」
そう言うと、ユリはとても嬉しそうに微笑んだ。 その顔を見ると、やはり、もう何かを追求するのはやめようと思った。 ユリが幸せならそれでいい。 それに、私はルーの未来を守らないといけない。 これからは社交界にもしっかり出て、ルーの後ろ盾を固めないと。
昼食をユリとルーと一緒にとった後、私は大量に届いているお茶会やパーティーの招待状と睨めっこしていた。
「これ全部私宛なのね。」
私は思わずため息をついた。
「メイ、あなたの存在は今や注目の的ですからね。 」
「う…過去の自分が憎い。」
「俺がちゃんと付き添いますから、そんなに気構えなくても良いですよ。茶会も俺が透明になって側についています。」
ユリが私に優しく微笑みながら言った。 彼の言葉に励まされながら、私は一つ一つの招待状をチェックしていった。
「まずはどれから行くべきかしら…?ゴールドキング公爵家のパーティーには出席の返事はもう送ってあるとして、次はどうしようかしら。」
「それが終われば、お茶会や小規模な集まりに順次出席すればいいと思います。」
ユリの助言に従いながら、私は招待状を整理していった。
招待状の返事を書き終えると、次は領地関連の書類処理に取り掛かることにした。 これも今日中に終わらせておきたかった。 ユリは私のために様々なことをしてくれているので、私もこういった雑務は全てやってあげたかった。
机に向かい、書類の山を前にして息をつく。 書類には領地の財政報告や、農地の管理状況、治安報告などが含まれている。 これらの書類を一つ一つ確認し、必要な指示を書き込んでいく。
ユリは私の隣で、ルーと一緒に絵本を読んでいる。 彼の笑顔とルーの楽しそうな声が、私の疲れを癒してくれる。 時折ユリがこちらに目を向けて微笑んでくれるたびに、心が温かくなる。
「メイ、無理はしないでくださいね。必要なら手伝いますから。」
ユリの優しい声が耳に届く。 私は微笑んで首を振った。
「大丈夫よ、ユリ。これくらいはやらせてちょうだい。 あなたに支えられているから、私も頑張れるの。」
ユリは満足げに頷き、再びルーと絵本の世界に戻っていった。 私はその光景を見て、この幸せを崩させはしないわ。と心に強く誓うのだった。
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