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「父上、俺の部下にしたい子を拾いました。馬車に乗せていいですか?」
「む…?いや…、え?ソイツを乗せる気か?」
孤児を見るなり、父は嫌そうな顔をした。 その時はその理由がよく分からなかった。 しかし、彼を馬車に乗せてみると、その理由が明らかになった。 孤児の体臭がすぐに馬車の中に広がり、臭気が不快なものとなった。
「う”…。」
ゼノは俺が匂いに耐えかねている様子を見て、「ざまぁ見ろ」とでも言いたいかのような顔をしていた。 その様子を見て、俺はなぜか笑ってしまった。 彼のそんな反応さえ、なんとも不思議で面白いと感じた。
「お前、名前は?」
「ゼノフィリアス。多分7歳。」
「俺はユリドレ・レッドナイトだ。俺も7歳だ。」
ゼノは右足首から衣服をめくり上げ、そこにシルバークイーン家の家紋を見せてきた。 その家紋は優雅な模様で、銀色の光沢があり、ゼノの肌に映えていた。
「む…何故、シルバークイーン家の紋章持ちが、こんなところで孤児をしている。」
父の驚きに応えるように、ゼノは深くため息をつきながら答えた。
「私の家族は、私が不要だったので、捨てると言っていました。」
その言葉に父が驚きを隠せず、俺もまたゼノの辛い過去に同情を覚えた。 ゼノの表情は無感情だったが、それでもゼノが背負っている苦悩を感じ取ることができた。 その瞬間、俺はゼノの過去がゼノを強くさせたことを知り、ゼノが俺の成長に不可欠な存在だと強く確信した。
「もう一度言う。俺の部下にならないか。ゼノ。俺はお前を捨てない。捨ててくれと頼んでもな。どうだ?」
「いいですよ。どうせ貴方もすぐに私を捨てます。」
同い年くらいだけど、ゼノの声には苦い諦観が漂っていた。
その後、ゼノは慎重な身辺調査を受け、父の計らいでレッドナイト公爵家の使用人や騎士としての教育を受けることになった。
ゼノとは歳も同じだったから、幼い頃から一緒に遊んだことが多かった。 森や庭園で冒険し、秘密の隠れ家を見つけたり、一緒に騎士の修行をする日々が続いた。 ゼノとの友情は、年齢や身分を超えて深まっていった。
だが、ある日、静かな日常が壊れた。 まだその時、自分の母親が悪だと気づけなかった。 ゼノは俺にとって大切な存在だった。 しかし、その日、彼は俺の母親によって酷い目に遭った。
ゼノは大量の血を流し、息も絶え絶えに雨の下に野ざらしにされていた。
「ゼノ!!!ごめん…ごめん!!!俺が…お前を連れてきたせいだ!!!」
「いつも…こんなことをされているのですか?」
「もう喋るな!!今医者を呼んでいる!!」
「質問に答えて下さい。主。」
「……大好きなオモチャも、乳母も、使用人も騎士も、みんな俺が大切だと感じたら側から消えていく。それでも、目を背けたかったんだ。母上はそんな奴じゃないって信じたかった。今だって信じたい。」
「主…。」
ゼノは弱々しい力で俺のジャボを掴んだ。
「私を捨てるなよ。どれだけ罪悪感を感じても私だけは捨ててはいけない。主もそう感じだから私をここへ連れてきたのでしょう?」
「‥‥っ!?」
俺は心の奥底でそれを感じ取っていたのだろうか?
「早く大きくなって、私の給料を今の4倍にして下さい。それで全てチャラです。」
「ゼノ…何言って…。」
その時、ゼノの顔は「ざまぁみろ」と言わんばかりの顔をしていた。俺はその顔をみてまた笑ってしまった。俺にはコイツが必要だと再び心に強く刻まれた瞬間だった。
その後、すぐに医者と使用人が駆けつけて、ゼノを助けるために手当てを始めた。
幸い、目に見えるところに傷は残らなかった。 しかし、ゼノの体は傷だらけで、その姿は事件の激しさを物語っていた。
「私は給料の為なら、傷くらい気にしません。4倍。期待していますよ。主。」
「…あぁ。」
その日から俺は、心を殺した。 母上に見つかれば、また傷つけてしまうかもしれないからだ。 ゼノもそれを理解していて、俺の側にはいるが必ず姿を見せないようにしていた。
俺はすぐに幼くとも、公爵としての実力を身につけていった。ゼノが俺を支えてくれた。やはり、 ゼノの存在が俺に力を与え、成長させた。
ゼノと出会ったおかげで、ガキ臭さが早く抜けたおかげか、8歳になった頃、公爵としての教育だけでなく、母上からは情報ギルドの仕事も教え込まれた。
物心がついているか怪しいような幼い頃から、俺は無茶な教育を受け続けさせられた。 ゼノは上手く立ち回り、母も彼に情報ギルドの仕事を教えていた。
そうして10歳になる頃には、ひねくれすぎた子供二人が、大人たちと並んで仕事をこなすようになっていた。
「ゼノ、しばらく俺の影武者を頼めるか?」
「は?」
「いつもやっててバレないだろ?」
「その言い方ですと、しばらく戻られないように感じますが。」
「戻らないかもな。」
「やはり、種無しという事実に逃避を……?私を捨てる気ですか?」
「いや、それじゃない。後、種無しとかいうな。ちょっと人と遺伝子が違うだけだろ…。後、俺はお前を捨てる気はもうない。お前が母上に殺されてもな。」
「なら、お好きどうぞ。早く給料増えてないですかね。」
「嫌味か?」
「そんなつもりはございません。」
「調査したいことがあるだけだ。心配するな。」
だが、調査に没頭するあまり、気づけば2年が経過していた。 公爵邸へ戻ると、俺の部屋は変わらず静寂に包まれていた。 扉をそっと開けて中に入ると、ベッドの上にうずくまるゼノの姿があった。 彼はまるで、俺の帰りを待ち続けていたかのように見えた。
痩せた体が、俺の知らない間にどれほどの苦労をしていたのかを物語っていた。
「ゼノ…」
ゼノはゆっくりと顔を上げ、その瞳に一瞬の安堵が浮かんだように見えたが、すぐにいつもの無表情に戻った。
「お帰りなさいませ、ユリドレ様。」
彼の声にはかすかに震えが混じっていた。
「何があった。」
俺は問いかけながらベッドに近づいた。
「何も。ただ…主が受けるべき愛を一身に受けていただけです。」
俺はその言葉に胸が締め付けられるような思いがした。母上がまた何かをしたようだった。
「脱げ。」
ゼノは一瞬こちらを見つめ、無言のまま視線を落とした。
「・・・。」
「服を脱げと言っている。」
ゼノはため息をつくと、ゆっくりと制服のボタンに手をかけた。 一つ一つの動作が慎重で、まるで過去の傷が再び開かれることを恐れているかのようだった。 彼がシャツを脱ぐと、俺の目の前に広がったのは、かつての傷痕が消えることなく刻まれていた。
しかし、それだけではなかった。 傷痕に交じって全身に奇妙なタトゥーが刻まれていた。 まるで暗号のように複雑な模様が体中を覆い、その一つ一つが何か意味を持っているかのようだった。
「何だこれは…?」俺は思わず呟いた。
「このタトゥーは、魔力さえあれば透明化の能力を使うことができるそうです。実験に使われました。」
俺はその言葉に驚きと怒りを覚えた。
「実験…?そんなことのために、お前を…」
「はい、主の母君は私を実験体として扱いました。このタトゥーがある限り、私は透明化の能力を使うことができます。」
俺は拳を握りしめ、ゼノの痛みに対する怒りがこみ上げてきた。
「そんなこと、許されるはずがない…」
「私は、良かったと思っています。これで主の仕事を手伝えます。」
その言葉に、俺は胸が締め付けられるような気持ちになった。 ゼノがどれほどの苦しみを抱えているのか、どれほどの犠牲を払っているのか、改めて痛感した。
「もう、こんな真似はするな。その能力には何らかの代償がいるはずだ。なんだ?」
「刻まれた痕が痛むくらいです。数年経てばおさまります。」
「もう無理はするな。俺の為に…こんな。」
「無理をしているわけではありません。ただ、これで給料5倍だなと考えておりました。」
俺は彼の目をじっと見つめた。口では給料の為だと言うが、その目には揺るぎない決意が宿っていた。 ゼノがどれほどの覚悟を持っているのか、痛いほど理解できた。
それから俺は、調査を一旦諦めて、時期公爵の地位を確実とするために奔走した。そして、ゼノと共に歩む日々は続いた。 ゼノの忠誠心と献身が、俺にとって何よりも大きな力となり、俺の成長を支えてくれた。
俺の地位が確実なものとなった今、ゼノの給料は誰よりも高い。 奴の努力と忠誠に報いるためには、当然のことだった。 しかし、俺にはもう一つ考えるべきことがあった。 ゼノのこれからの人生だ。 奴の未来をもっと豊かにするために、何かできないかと考えていた。
そんな時に現れたのがミレーヌだった。俺はゼノとミレーヌが一緒になることで、二人にとって良い影響を与えるかもしれない。 そう思った時、俺は決断を下していた。
あのちゃっかりもののミレーヌなら、ゼノの心の闇を取り除いてくれるのではないかと願って。
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