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私が目を覚ますと、外は既に夕暮れが迫っていた。部屋の中は静かで穏やかな雰囲気が漂っていた。
部屋の中は静まり返っており、ユリ、ミレーヌ、ルーの姿はどこにも見当たらなかった。。寝る前、ユリに激しく抱かれた濃密な時間が、今も私の心に残っていた。
「どこに…。」
扉が勢いよく開き、ユリがルーを抱っこしながら、血相を変えた様子で部屋に入ってきた。
「メイ!!」
彼の表情は驚きと焦りに満ちており、何か重大なことが起きたことを察することができた。
「どうしたの!?ユリ。」
「ルーを抱っこしていたミレーヌが階段から足を踏み外して頭を打ったようです。幸い二人とも命に別状はないようですが、ルーは衝撃で記憶を失ったようです。」
「そんな…。」
私は慌ててベッドから立ち上がり、ルーを抱き上げるためにユリのもとに駆け寄った。ユリからルーを受け取り、そっと彼を抱きしめた。ルーの小さな体を支えながら、私は彼の顔を見つめ、彼の状態を確認した。息子の表情は以前とはまったく違っており、キリっとした大人びた雰囲気は消え、ただの二歳児のように見えた。その様子に私の心は不安と同時に、やりきれない気持ちでいっぱいになった。
「ルー…。」
ユリは私を優しく抱きしめ、背中をそっと撫でてくれた。その温かな手に私の心はやわらいだ。
「命の別状がなくて良かった…。」
「はい。ミレーヌは念の為1週間ほど、療養させます。」
「えぇ。そうね。」
私はルーをベッドに降ろすと、彼の左足首に浮き出ていたブルービショップ家のタトゥーが消えているのに気付いた。
「え?…ちょっと待って、どういうこと?」
驚きのあまり声を上げると、急いでユリが駆け寄り、私の側にきた。
「どうしました!?」
「これ、見て、ルーのタトゥーが消えてるの。」
彼の表情も驚きに満ちていて、二人で息子の足首を見つめる。
「もしかすると、回帰能力も魔法の一種ですから、未来の記憶自体が魔法であり、それを失った今、そこに魔力が注がれず、このような状態になっているのではないでしょうか。」
ユリがそう言った途端、私は驚いた。その理論をすぐに思いつくなんて、流石情報ギルドのトップに立つ人だと感心した。
「…ルー。今度は絶対に1人にさせないわ。ユリもルーのことを私だと思ってちゃんと向き合うのよ?」
「もちろんです。必ず、未来を変えてみませますよ。誰もが笑顔でいられるような、そんな未来に。」
私の言葉にユリはしっかり頷いた。ユリが真剣に受け止めてくれていることに安心した。やれやれ、と思いつつも、これから二人でルーの未来を変えていくことに覚悟を決めた。
こうして私たちの生活には平和が戻ってきた。ミレーヌが休んでいる間、ユリと私は交互にルーの面倒を見ながら、書類処理に追われる慌ただしい日々を送っていた。
「ルー、もう少しおとなしくしてくれると助かるんだけど。流石男の子ね。」
「メイ、少し休んで。俺がルーを見るよ。」
「ありがとう、ユリ。」
忙しさの中にも、私たちは少しずつ新しい生活のリズムを見つけていった。
一方で、ユリはどう感じているのだろうか。
――――――――
―――――
この1週間、まるで風のように過ぎ去った。メイとルーのために奔走する毎日だが、不思議と悪い気はしない。
俺は眠っているメイとルーを起こさぬように優しくキスを送ってから、そっと部屋を出た。 静かな廊下を歩きながら、ミレーヌの部屋へ向かう。
ミレーヌは元気そうにしていた。 階段から足を踏み外したというのは、実は俺が指示した嘘なのだから、当然のことだった。
「ミレーヌ、明日から通常業務に戻れ。それと、もうあまり休まないでくれ…。この一週間まともに妻を抱けなかった。」
「はぁ…。」
ミレーヌは俺を変な目で見てきた。休ませたのは俺なのだからそれは当たり前の反応だった。
「くれぐれも、メイに悟られるなよ。」
「承知致しました。」
「…。」
「まだ何か?」
「トリントはお気に召さなかったようだな?」
「ユリドレ様、あまり私を舐めないでください。私が裏切らぬように脅しの材料を作ろうとしているのでしょう? 独身ならどなたでも私にあてがってくれるのでしょうか?」
ミレーヌの言葉に対して、深く考え込んだ表情を浮かべてしまう。 彼女が他に好きな男性がいるのかどうか、あるいはミレーヌのような優秀な女性であれば善処してもいいと考えていた。 彼女は自分のパートナーに対して何を求めているのか、どのようなタイプの人物が好みなのか…。
俺は、自分の立場や義務、そして心情を考慮しながら、この状況にどのように対処すべきかを慎重に考える。彼女はなかな頭が切れる。誰を指名する気だ?
「良いだろう。善処してやろう。誰が欲しい。」
「では、ゼノさんを指名します。」
「・・・・は?」
俺の頭が少した。 ゼノを指名するという選択は予想外だった。 奴は忙しく、自由な時間など持てない男であり、女性に構う余裕もない。 ミレーヌの選択の理由が理解できないが、ゼノも結婚適齢期だ。様子をみてもいいな。
「いいだろう。ゼノにはそう命令しておこう。」
「ありがとうございます。」
人を好きなることに理由なんてないのは俺が一番分かっている。恐らく一目惚れでもしたのだろう。いや、どうかな。彼女は頭がきれる。何か企んでいるのか?
まぁ、例え企んでいたとしても、どうせメイシールを思ってのことだろう。
ミレーヌの部屋を後にした直後、ゼノが静かに後ろについて歩いてきた。 その姿勢はいつもの冷静な態度だったが、はゼノが何か言いたげな様子に気付いた。
「これはベッドの上に書類を置いたことに対する報復ですか?」
「そうだと言ったらどうする。」
「いえ、何も。ただ、これ以上仕事を増やさないで頂きたいと思いました。」
「正直だな。…面白いと思ってな。あの女。お前はどう思う?お前の未来の嫁候補だぞ。」
「どう…ですかね。もし私が彼女なら、私を選んだでしょうね。」
「何故だ?」
「邪魔にならないからです。」
「なら、邪魔をしてやれ。」
「それは仕事を増やすという意味でございますか?」
こいつはクソ真面目で、仕事好きの人間だ。仕事が増えるを気にする癖に仕事がないと何か仕事を探してみつけ、仕事するような変わり者だ。喜んでいるのか、本当に面倒だと思っているのかどちらか検討がつかんな。
「今はメイがほとんどやってくれているだろう?俺も時期に任務に出てやる。時間はできるはずだ。」
「私で遊ばないで頂きたい。」
自室に到着し、ドアの取っ手に手をかけながら、ふと天井を見上げた。
―――俺は遊んでいるのだろうか?確かに、クソ真面目で堅物のゼノが心を乱すところを見てみたいという気持ちがある。メイが側に来るまではそんな遊び心を感じたことは微塵もなかった。これは遊びか?いや、違う。これは…。
「幸せのお裾分け…だな。」
「は?」
静かにドアを開け、愛しの妻と我が子を起こさないようにそっとベッドに戻った。 息子の小さな寝息と妻の穏やかな表情が、部屋に幸せな雰囲気を満たしている。
―――俺はゼノにも、こんな気持ちを味わってほしいと思っているのかもしれないな。
ゼノと出会ったのは俺がまだ幼い頃だった。父に連れられて王都へ向かう途中、馬車の車輪がぬかるんだ地面にはまり、進むことができなくなった。馬車を降りて周りを見渡すと、ボロボロの姿の孤児らしき少年を見つけた。 彼はカゴの中に詰め込まれた野草を洗うために、何やら魔法のようなもので水を出していた。
俺は少年に近寄り、彼に家族がいるのかと尋ねた。 彼の返答は意外なものだった。
「 生きるために家族は必要ですか?」
孤児のその言葉に、俺は何か心の奥底が開かれるような感覚を覚えた。
「お前…俺とこないか?」
「見ての通り、僕はシルバークイーン家の血を引いているんだと思います。裏切るかもしれませんよ。」
水の特殊能力が扱えるのはシルバークイーンの血を引いている証拠だった。だが、その時のゼノの目がとても気に入っていた。
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